無口な婚約者が、十年後はやたら甘かった
魔塔は、いつ来ても不思議な現象が起こる。
生き物は形を変え、景色は歪み、時間さえ狂う。
…けれど、それはすべていつものことだ。
「ミリア…今日も野に咲く可憐な花のようにかわいい」
「…は?」
わたしは運んでいた食事の籠を落とす。
ものすごい音を立てた気がするが、それどころではない。
まじまじと口を開いた人物を上から下まで眺める。
「その間抜けな顔もかわいい」
(だ、だれ!?)
見た目は完全に見知った顔だ。
無駄に整った顔も、無愛想な目つきも…。
それなのに…有り得ない。
あの、レオンが、こんなセリフを吐くわけがない。
無口で、必要なことしか話さない、わたしの婚約者が…!
「いや、あの…どちらさま?」
「レオンだ」
「いや、分かるんだけど…!分かってるんだけど…!」
まるでわたしがおかしいかのような顔をされ、余計に混乱する。
レオンはスっと目を細めた。
「…十年後の、レオンだ」
「…は?」
サラリととんでもないことを言われた気がする。
「この髪型…十年前のミリアだ」
そう言ってわたしの髪をひと房すくい上げる。
「今のロングなミリアもかわいいけど、この時の編み込みミディアムなミリアもかわいい」
チュッとその髪にキスをされ、思いがけない行動にピシリと石よろしく固まる。
気付けば、そのまま抱き締められていた。
逃がすまいとするように、腕がきつくなる。
(じ、十年後のレオン…?こんなに性格が変わるものなの?)
改めて見ると髪も背も伸びている気がする。
サラリとレオンの黒髪がわたしの首にかかりくすぐったい。
そのくすぐったさで正気を取り戻す。
「ちょっ、ちょっと待って。…離れて!」
ほぼ悲鳴にも近い声をあげると、レオンは名残惜しそうにわたしを離してくれた。
「ミリア…照れちゃった?」
困ったように笑い、首を横にコクリと曲げ、降参ポーズを取るレオンに、カッと熱が顔に集まる。
ハクハクと口を動かし抗議したいが、言葉が発せない。
分かってしまった。十年後のレオンなのに。
このオトコ…!
(わたしをからかって楽しんでる…!!)
半歩、後ろに下がるとグイ、とレオンに引っ張られる。
「…そっちは危ない」
「えっ?」
さっきまでわたしがいた床がガラガラと崩れ落ちた。
ぽっかりと空いた穴を見つめる。
いくら魔塔がなんでもありだからって、レオンといたときはなにも起こらなかったのに。
「…さて、行こう。ミリア」
そのままわたしの手を引いて、どこかに行こうとするレオンに戸惑う。
「で、でも、レオンのお昼…」
「十年前の、レオンの昼だろ。それよりも今はこっちだ」
「こっちって…なにがあるの?」
レオンはチラリとわたしを見るとまた前を向き、そのまま手を引いて歩く。
「…未来で、必要なもの」
「それって…レオンにとって大事なの?」
「ああ。命より」
(重っ…!)
あまりにも重い答えに言葉が詰まる。
はぁと小さく息を吐いた。
この状況にずっと置いてかれてる気がするが、もう放っておけなくなってしまった。
昔から、レオンがやると決めたことを止めたことはない。
止められない、が正しいのかもしれない。
それでも…いつも、隣にはいた。
わたしは歩幅を速めてレオンと並ぶ。
「それなら、取りに行こ。でも、どこに行くか説明して欲しいかも」
「ああ。…できる範囲で」
「できないところもあるの!?」
ククッとレオンが笑う。
その笑い方は今と変わらない。
「あのさ…一応ね、一応伝えるんだけど。わたしは、魔法とか使えないよ。ただ魔塔に遊びに来てるだけだからね」
案に役に立たないということを伝える。
もしかすると、未来のわたしは魔法を使えるかもしれないし。
「…知ってる」
レオンの短い回答にガックリと肩を落とす。
「未来でも、使えないままかぁ…」
「あぁ」
「…少しくらい使えるようになってもいいのに」
「使えなくても…」
レオンは少し言葉に迷ったようだった。
「隣にいれば、それでいい」
「なっ…」
そういう言い方はちょっとずるいなあとボヤく。
当の本人はなんでもないような涼しい顔で少し悔しい。
(…未来でも、振り回されてそう)
「…来るぞ」
なにが?という問いかけは口にできなかった。
急に襲ってきた浮遊感に身体がヒュンとする。
視界もグニャグニャと揺れ感覚が鈍くなる。
「なっ…なっ…!」
「掴まってろ」
グイと身体を抱え込まれる。
次の瞬間…視界が弾けた。
「なにここ…」
壁はひび割れ、家具は倒れ、空気もホコリっぽい。長い間、使われていないような部屋だった。
コホコホと咳をしながら突き進む。
胸が詰まるような感覚がした。
「なんだか…見覚えがあるような…?」
レオンは何も言わずにわたしの後ろをついてくる。
ピタリとダイニングテーブルだと思わしき場所で止まる。
「このカップ…」
薄汚れて色が見づらいが、レオンからプレゼントでもらった白に紫色の花が描かれているのにそっくりなような…?
汚れを拭こうと、手を伸ばす。
「触らない方がいい」
伸ばした手をレオンに取られる。
その手が僅かに震えている気がする。
表情も少し固い。
「…レオン?大丈夫?」
顔を覗き込むと、レオンがハッとする。
顔の半分を手で隠し、苦笑された。
「…ミリア」
「え、なに?」
小さな呟きで聞こえない。
レオンはチラリとわたしを見て、目を逸らす。
「…すきって言ってくれないか?」
「なっ…えっ…?」
言葉の意味が分からず目を瞬く。
レオンはフッと眉を下げて笑う。
「なんて…冗談」
それ以上は深く言えず、かと言ってすきとは恥ずかしくて言葉に出来ずにわたしはキョロキョロと目を泳がす。
(…冗談、なんだよね?)
「えっと…」
沈黙が怖くて、なにか言わなきゃと口を開く。
「と、取り敢えず、進んでみる?」
そう言ってレオンの手を握り返す。
ぴくりとレオンの指が動き、強く握り返された。
「…あぁ。進もう、先に」
手を引かれ、一歩踏み出すとグシャリとなにかを踏んでしまった。
落ちている黒ずんで、ホコリまみれのなにかを拾い上げる。
「…リボン?」
「それ…」
レオンがわたしの手から奪うように取り上げる。
「ちょっ…汚れてるよ?」
「いいんだ」
ぽつりと呟くとレオンの指先が淡く光る。
(…魔法だ)
いつ見ても温かい光を放っている。
汚れていたリボンが、元のラベンダーの色を取り戻した。
「綺麗になったね…」
「じっとしてろ」
え?と思うと背後に回り、髪に触れられる。
シュルシュルと布が擦れる音がした。
レオンの顔が見れないが、丁寧に髪を触ってくれているのが伝わる。
「…できた」
「え?あっ、結んだの?」
結ばれている髪の毛をひと房取る。
編み込んだ途中に、ラベンダーのリボンが差し込まれていた。
茶色の髪の間で、ひっそりと揺れている。
肩に触れ、クルリとレオンの方へ向けられる。
「…かわいい」
それだけ言って眩しそうに目を細める。
(レオン…?)
大丈夫?と聞こうとするとまた地面がグニャグニャと揺れる。
「わっ…、ま、また…!?」
「掴まれ」
わたしは衝撃に耐えるため、レオンをぎゅうと掴む。
そしてまた、視界が弾けた。
恐る恐る目を開けると、隣にいたはずのレオンがいない。
慌てて探し出す。
「れ、レオン…?いないの…?」
なにが起きるか分からないので慎重に歩みを進める。
クスクスと笑い声が聞こえ、振り返る。
「ねえ、どう?似合う??」
ぼんやりと見える人物に身構える。
次の瞬間、グニャリと空気が歪み、ぼんやりと見えていた人物もユラユラと揺れる。
「…まぼろし?」
魔塔なら有り得る現象だ。
そう思い至り、肩の力が抜ける。
それでも、そのまぼろしから目を逸らせない。
「リボンだなんて、ちょっと幼くない?」
「…全然。かわいい」
(この声…レオン?)
さきほどまで一緒にいたはずのレオンなのに、なにかが違う。
「すごく…似合ってる」
トロンとした声。
優しくて、やわらかい、甘い声の響き。
聞いてるこちらが恥ずかしい。
レオンがラベンダーのリボンに触れる。
(あれ…?そのリボン…)
思わず、自分の髪に触れる。
さきほど結ばれたばかりのリボンがそこにはある。
同じ色。同じ結び方。よく見ると、ぼんやりした人物の髪色も自分と同じ茶色の栗毛色にも見える。
「…わたしと、一緒…?」
(じゃあこれ…未来のわたし…?)
呆然とまぼろしを見つめる。
二人は親しげに肩を並べて笑い合っていた。
「せっかく、プレゼントしてくれたから、これからは毎日付けようかな〜」
「…そんなに気に入ったのか?」
「そうじゃなくて…レオンが、似合ってるって言ってくれたから」
「…そうか」
どこか安堵したような声だった。
スっと辺りが急に暗くなる。
「わっ、な、なに…?」
ボッと空気を裂くように炎が噴き上がる。
「ひ、ひぇっ…!」
辺り一面炎で包まれ、足から力が抜け、床に座り込んでしまった。
(あれ?でも…)
炎に囲まれているのに熱くない。
パチパチと音だけが近く聞こえる。
崩れ落ちる瓦礫が、目の前を横切った。
反射的に身を引いたのに、なにも当たらない。
(あ…まぼろし…?)
炎も、倒壊もまぼろしのようで、ふぅと息を吐く。
「レオン、どこー!?」
「ミリア…!」
場面が二人に移り変わる。
炎の海のなか、わたしがレオンに駆け寄ろうとしていた。
「火が…!早く逃げないと!魔法は!?」
「…ダメだ。もう、使えない」
膝をついているレオンをわたしが肩で支えようとしているところで、ブツブツと映像が途切れる。
(なに…?よく見えない…)
ドンッと鈍い音が響き、二人の間には瓦礫が積み上がっていた。
「…行って。逃げて、レオン」
「ミリア…!ダメだ!」
ブツブツとまた映像が途切れる。
「ミリア…!…まだ…言えてないことが…!」
手を伸ばし、絶叫するレオンの声がこだまする。
その瞬間目の前が真っ暗になり、誰かに抱きとめられる。
「ここにいた…ミリア」
「…レオン?」
真っ暗だと思ったのは、レオンに目を塞がれたせいだった。
塞がれた手を引っ張る。
視界が晴れると、炎も瓦礫も、全てなくなっていた。
振り向くと、困ったような、なんとも言えない表情のレオンがいる。
「レオン…ひょっとして、わたし…」
ピクっとレオンの眉が動く。
(あ…)
「えっと…魔法が、見たいなぁって」
「え?」
「あの、ほらっ!魔塔が変で、せっかく十年後のレオンに会ったのに全然魔法使ってるところ見れてなかったし」
ダメかなぁと苦笑いすると、レオンがフッと笑う。
ぽつりとなにか呟くと淡い光が広がる。
「うわぁ…」
様々な光がわたしたちを照らす。
光に照らされたレオンの顔に心臓がドッと鳴る。
「ミリア…オレは…」
「ダメだよ」
なんとなく、聞いてはいけない気がした。
「えっと…それ…多分、今のわたしじゃない」
レオンは遮られると思ってなかったのか、目をパチパチとさせる。
グッと強く唇を噛み締め、わたしを強く抱き寄せた。
「レオン…?」
ゆっくり、わたしを離すと仕方ないなというようにフッと笑った。
「…そうだな」
あまりにも寂しそうな顔で、わたしは袖を引こうとして空をかく。
「え…?」
「…時間切れか」
レオンをよく見ると、透き通って向こう側が見える。
(透けてる…!)
「…未来に、戻るの?」
「あぁ…」
そう言ってわたしから顔を逸らす。伏せられた睫毛が、少し濡れてる気がした。
(…放っておけない)
レオンの肩を掴んで無理に顔を上げさせる。
「ミリア…?」
「また、会いに来て…!」
真っ直ぐ、自分が瞳に映るくらい見つめながら言い切った。
「約束!」
その瞬間、グラリと身体が前に倒れる。
必ず、という小さな返事が聞こえた気がした。
白い煙が一面を包む。
さきほどより、少し小さい人影が見えた。
「…レオン!」
「ミリア…?ここは…?」
十年前のレオン…いや、今のレオンが周りを見渡す。わたしは、ついさきほどまでいた、レオンの姿を探すよう視線が揺れる。
(…約束、したもんね)
状況を飲み込もうと唸っているレオンを見やる。
「やっぱり、今のレオンが一番いいや」
「は?」
「十年後のレオンが来たんだけどさ、そこで…」
「そこで?」
言葉が詰まる。
かわいいと言われたことや髪にキスされたことを思い出し徐々に顔に熱を帯びた。
「…なにされた」
「えっ、いや…その…」
「そのリボン。…持ってなかったよな」
「えっ…あっこれは…」
「…十年後からもらったんだな」
「うっ…。あの、その…」
「なに…された」
一言一言区切り、ジリ…とわたしに近づいてくる。
距離を取ろうと後退し、壁にぶつかり、レオンに手を取られる。
逃げられない…。
「ミリア…」
「な、なにもないよ…」
レオンが鋭くわたしを見つめる。
「誤魔化すな」
顔もどんどん近づき、耐えきれずに目を瞑る。
ぱっと手を離されゆっくりとわたしは地面に座り込んだ。
「なっ…なっ…」
フルフルと肩を震わせていると、レオンがわたしを覗き込んだ。
顔を赤くすればいいのか青くすればいいのか分からない。
フッとわたしを見て満足気に笑う。
「…今のオレだけ、見てればいい」
(……あれ?)
胸の奥が、ざわめく。
(…レオンって、こんな感じだった?)
無口で表情も分かりづらかったはず…?
ひくりと喉が鳴る。
でも、こんなレオンも嫌じゃないと思った。
お読みいただきありがとうございました^^




