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ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第1章 立つ者 自宅警備員

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第2話 たたかったら負けだと思ってるんで

 ここはレイアノーティア。


 整合された、完璧な世界。


 人は役目に従い、


 正しく並び、


 正しく競う。


 勝つ者と負ける者がいて、


 物語は美しく回っていく。


 ――勝たない者の席は、


 だいたい用意されていない。



 冒険者ギルドの掲示板は、


 思っていたより殺気立っていた。


 討伐。


 討伐。


 討伐。


 その隙間に、


 申し訳程度の採取と護衛。


 貼り出された依頼書は、


 どれも似たような顔をしている。


 要するにこの世界では、


 強さは証明され、


 勝利は数えられるらしい。


 それが礼儀で。


 それが正しさなのだろう。



 俺は、


 手の中の登録証を見下ろした。


 トンヌラ。


 職業――ネームレス。


 刻まれた文字は薄く、


 札そのものも軽い。


 けれど。


 前例なしという事実だけは、


 やけに重かった。



「討伐依頼を出してくれ」


 受付へ戻ってそう言うと、


 受付の女性は俺の登録証へ目を落とした。


 ほんの一瞬だけ、


 笑顔の奥に迷いが浮かぶ。


「仲間がいないと受注できません」


「なんでだ」


「規則です」



 規則。


 完璧な世界において、


 たぶん最強の言葉だ。


 単独行動は危険。


 役割は分担。


 失敗の可能性は最小限へ。


 合理的で。


 正しくて。


 反論しづらい。


 だが。


 反論できないことと、


 納得できることは別だった。



「じゃあ、仲間を探す」


「見つかるといいですね」


 受付の女性は、


 柔らかな声で硬い現実を渡してきた。



 三十分後。


 仲間は見つからなかった。


 というより。


 声のかけ方が分からない。


 山に十五年こもっていると、


 そういう社会的な初歩から怪しくなる。


「なあ、俺と一緒に――」


 話しかける前に目を逸らされる。


 別の集団へ近づけば、


 ちょうど会話が終わる。


 偶然にしては、


 全員の連携が良すぎた。



「ネームレスだってよ」


「戦闘能力ゼロの?」


「前例なしって、逆に怖くないか?」


「荷物持ちにもならなそうだな」



 聞こえている。


 完璧な世界は、


 陰口まで妙に整っている。


(……詰んでね?)


 十五年かけて育てた確信が、


 少しずつ溶けていく。


 俺は強くない。


 役割もない。


 実績もない。


 あるのは、


 前例なしという空白だけだ。



 その時。


 壁際に立っている男が目に入った。


 背が高い。


 細い。


 鎧はない。


 剣もない。


 空いている椅子はあるのに、


 座ろうともしない。


 だからといって、


 誰かへ話しかける様子もなかった。


 ただ。


 そこに立っている。



 人が横を通っても動かない。


 壁へ寄りかかりもしない。


 逃げる準備でも、


 戦う構えでもない。


 ただ立つという行為だけが、


 妙に身体へ馴染んでいる。


 俺は、


 その男へ近づいた。


「……仲間、探してるのか?」


 男の肩が、


 びくりと跳ねる。


「は、はい」


 声は小さい。


 けれど、


 足は動かなかった。


「俺はトンヌラ。職業はネームレス」


「が、ガルドです。職業は……自宅警備員で」



 同業者だった。


 正確には、


 俺は元自宅警備員。


 ガルドは現役。


 先輩と後輩のどちらになるのかは、


 判断が難しい。



 自宅警備員。


 それは、


 世界の底の方で静かに光る職業だ。


 誰も褒めない。


 冒険者向きでもない。


 守っているはずの家から、


 本人が守られている場合も多い。


 少なくとも、


 俺はそうだった。



「討伐へ行きたいんだけど、一緒に来ないか」


 ガルドは、


 即座に首を振った。


「む、無理ですよ」


「なんでだ」


 少し間があった。


 それから。


 ガルドは真剣な顔で言った。


「たたかったら、負けだと思ってるんで」



 冗談ではないらしい。


 その言葉には、


 妙な重さがあった。


「どういう意味だ」


 ガルドは視線を落とした。


「外に出ると、すぐ決められるじゃないですか。強いとか弱いとか。役に立つとか立たないとか。家にいれば、少なくとも負けたとは決められないので」


 気持ちは、


 少し分かった。


 勝負の場所へ行かなければ、


 負けは確定しない。


 何もしなければ、


 失敗もしない。


 俺も長いあいだ、


 そうやって自分を守っていた。



「でも、立ってるだけなら」


 ガルドは、


 自分の足元を見る。


「まだ負けてないんです」



 俺は、


 改めてガルドの立ち方を見た。


 重心が低い。


 無駄に動かない。


 前へ出る気配はないが、


 簡単に崩れそうにも見えない。


 立つという行為だけに、


 妙に最適化されている。


「……それ、才能だぞ」


「え?」


「お前が立ってる場所だけ、空気が少し安定してる」


「そんなわけないですよ」


「本当だ。半径一歩くらい」


「狭くないですか?」


「最初はそんなもんだろ」


 根拠はない。


 だが、


 何もしていないにしては、


 存在感が妙に働いている。



「俺よりましだ」


 登録証を見せる。


「前例なしだぞ」


 ガルドは、


 そこに刻まれた《ネームレス》の文字をじっと見た。


 笑われるかと思った。


 だが。


「ちょっと、かっこいいですね」



 救われた。


 この男、


 たぶんいいやつだ。



「一回だけでいい」


 俺は言った。


「戦わなくていい。後ろに立っててくれればいい」


「立つだけで?」


「ああ。立つだけで」


 戦えとは言わない。


 勝てとも言わない。


 ただ、


 同じ場所へ並ぶだけだ。



 ガルドは迷っていた。


 逃げたい気持ちと。


 すでに家の外へ出てしまった事実が、


 顔の上でぶつかっている。


 やがて。


 小さく頷いた。


「……それなら」



 完璧な世界の列に、


 ほんの小さな隙間ができた気がした。



 受付へ戻る。


「仲間、見つかりました」


 受付の女性が、


 俺の後ろへ目を向けた。


「職業は?」


「自宅警備員です」


 笑顔が、


 一瞬だけ固まった。


「規則上は……問題ありません」


「だろ?」


 胸を張る。


 根拠はないが、


 勢いならある。



 渡された依頼書には、


 森道の見回りと書かれていた。


 討伐ですらない。


 危険度も低い。


 初心者二人には、


 ちょうどいい仕事らしい。


 勝つための依頼ではない。


 けれど。


 外へ出る以上、


 何かに負ける可能性はある。



 街を出て、


 しばらく歩いたところで。


 ガルドが尋ねた。


「勝てますか」



「勝たない」


「え?」


「負けなきゃいい」



 ガルドは首を傾げる。


 俺は空を見上げた。


 普通の空だった。


 普通すぎて腹が立つくらい、


 いつも通りの空だ。


「見回りなんだから、勝つ相手なんていないだろ。何かが出ても、帰ってこられれば負けじゃない」


「それは、勝ったことにはならないんですか」


「違う」


「どう違うんです?」


「……たぶん違う」



 自分でも、


 うまく説明できない。


 だが。


 勝とうとすれば、


 勝てなかった時に負けになる。


 最初から勝ちを目指さなければ、


 まだ別の道が残る。


 戦うか。


 逃げるか。


 立つか。


 それを決める余地がある。



「お前が言ったんだろ」


 俺はガルドを見る。


「立ってるだけなら、まだ負けてないって」


 ガルドは、


 しばらく黙っていた。


 やがて。


 少しだけ困ったように笑う。


「……変な人ですね」


「お前に言われたくない」



 同じ時刻。


 ギルドの奥に置かれた水晶が、


 かすかに明滅した。


 誰も触れていない。


 誰も気づかない。


 ただ。


 記録だけが、


 静かに書き換えられる。



《N-LESS:同行者確定》



 名。


 仲間。


 依頼。


 順序は正しい。


 今はまだ、


 何も狂っていない。



 ここはレイアノーティア。


 勝つ者と、


 負ける者で回る世界。


 けれど今日。


 戦闘能力ゼロの男と、


 たたかったら負けだと思っている男が、


 同じ道へ並んだ。


 勝たないと決めた二人の誤差が、


 どこまで広がっていくのか。


 まだ、


 誰も知らない。



 第2話 了

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