表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴカイ無双-unlimited "gokai"endless  作者: フラグメント水沢
第1章 立つ者 自宅警備員

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/18

第2話 たたかったら負けだと思ってるんで

ここはレイアノーティア。整合された完璧な世界。


人は役目に従い、正しく並び、正しく競う。勝つ者と負ける者がいて、物語は美しく回る。


――勝たない者の席は、だいたい用意されていない。



ギルドの掲示板は、思っていたより殺気立っていた。


討伐。討伐。討伐。

その隙間に、申し訳程度の採取と護衛。


紙に書かれた文字はどれも似たような顔をしていて、要するにこの世界では強さが証明され、勝利が数えられるらしい。


それが礼儀で、それが正しさなのだろう。


俺は手の中の登録証を見下ろした。


トンヌラ

職業:ネームレス


文字は薄く、軽い。だが“前例なし”という事実だけはやけに重かった。


「討伐依頼を出せ」


受付に戻ってそう言うと、受付嬢は俺の登録証を見て、ほんの一瞬だけ視線を止めた。


「仲間がいないと出せません」


「なんでだ」


「規則です」


規則。

完璧な世界において、たぶん最強の単語だ。


単独は危険。役割は分担。失敗は最小化。

合理的で、正しくて、反論しづらい。


――だが。


「じゃあ仲間を探す」


「見つかるといいですね」


柔らかい声で、硬い現実を渡された。



三十分後。


仲間は見つからなかった。


というより、声のかけ方が分からない。山に十五年こもると、そういう社会的な初歩から怪しくなる。


冒険者たちは、俺を見ると自然に視線を外した。


「ネームレスだってよ」

「前例なしって怖くね?」

「荷物持ちにもならなそう」


聞こえている。


完璧な世界は、陰口も妙に整っている。


(……詰んでね?)


十五年の山籠もりが、じわじわ溶けていくような気がした。


俺は強くない。役割もない。実績もない。

あるのは“前例なし”という空白だけだ。



そのとき、壁際に立っている男が目に入った。


背が高い。細い。だが妙に安定している。


鎧はない。剣もない。

それなのに、ふらつかない。


ただ、立っていた。


座らない。寄りかからない。逃げる準備でも、戦う準備でもない。ただそこにある、という感じだった。


「……仲間、探してる?」


声をかけると、男はびくっと肩を震わせた。


「は、はい」


声は小さい。

だが足は動かない。


「俺、トンヌラ。ネームレス」


「が、ガルドです……自宅警備員で」


同業者だった。



自宅警備員。


それは世界の底の方で静かに光る称号だ。誰も褒めないが、誰かは必要とする。たいてい本人以外に。


「討伐、行きたいんだけど」


ガルドは即座に首を振った。


「む、無理ですよ」


「なんで」


少し間があってから、彼は言った。


「たたかったら負けだと思ってるんで」


真顔だった。


冗談ではないらしい。



その言葉には、変な重みがあった。


勝てないから戦わない、ではない。

負けるのが怖いから避ける、でもない。


戦った瞬間に、勝ち負けの枠に入れられる。

そこに入った時点で、何かが壊れる。


そういう言い方だった。


「何が壊れるんだ」


ガルドは視線を落とした。


「……自分、ですかね」


家にいれば、少なくとも壊れなかった。


評価も、順位も、役割も与えられない代わりに、負けも確定しない。外に出れば、強いとか弱いとか、必要とか不必要とか、そういう見えやすい言葉で分けられる。


それが怖いのだろう。


「だから、立ってるだけなら、まだ負けてないんです」



俺は改めてガルドの立ち方を見た。


重心が低い。

無駄に動かない。

逃げないが、前にも出ない。


“立つ”という行為だけに妙に最適化されている。


「……それ、才能だぞ」


「え?」


「空気、変わってる」


本当だった。

ガルドが立っていると、半径一歩ぶんだけ空間が安定しているように見える。


本人は何もしていないつもりなのだろうが、何もしていないにしては、存在感が妙に働いている。


「俺よりマシだ」


登録証を見せる。


「前例なしだぞ?」


ガルドはそれをじっと見てから、小さく言った。


「ちょっと、かっこいいですね」


救われた。


この男、たぶんいいやつだ。



「一回だけでいい」


俺は言った。


「後ろに立っててくれればいい」


「立つだけで?」


「ああ。立つだけで」


戦えとは言わない。

勝てとも言わない。

ただ、並ぶだけだ。


ガルドは迷っていた。


逃げる癖と、外に出てしまった事実が、顔の上でぶつかっている。


やがて、小さくうなずいた。


「……それなら」


完璧な世界の列に、ほんの小さな隙間ができた気がした。



受付に戻る。


「仲間、見つかりました」


「職業は?」


「自宅警備員です」


受付嬢の眉が、ほんの少しだけ歪んだ。


「規則上は……問題ありません」


「だろ?」


胸を張る。

根拠はないが、勢いならある。


渡された依頼は軽い見回りだった。


勝つための仕事ではない。

だが負ける可能性は、当然ある。



外へ出てしばらくしてから、ガルドが聞いた。


「勝てますか」


「勝たない」


「え?」


「負けなきゃいい」


ガルドは首をかしげる。


俺は空を見上げた。


空は普通だった。普通すぎて腹が立つくらい、いつも通りの空だ。


「戦うと、勝ちか負けになる」


「立ってるだけなら、まだ選べる」


ガルドはしばらく黙っていた。


それから、少しだけ困ったように笑った。


「……変な人ですね」


「よく言われる」



そのとき。


ギルド奥の水晶が、かすかに明滅した。


誰も気づかない。

だが記録だけが揺れる。


《ネームレス:同行者確定》


順序は正しい。


名。仲間。依頼。

今はまだ、何も狂っていない。



ここはレイアノーティア。整合された完璧な世界。


勝つ者と負ける者で回る。


――だが今日。


勝たないと決めた二人が並んだ。


その誤差がどこまで広がるのか、まだ誰も知らない。



第2話 了


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ