表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴカイ無双-unlimited "gokai"endless  作者: フラグメント水沢
第2章 支える者 管理栄養士

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/21

第18話 立つ者が止める

ここはレイアノーティア。

名は人を座らせ、役目は人を歩かせる。


だが、歩くための前提が崩れたとき、人は役目より先に——恐怖で動く。



朝の時点で、コムギは分かっていた。

用意が足りなかったわけでは断じて無かった。

しかし配分を組み替えるたびに想定外が上書きされ、もう全く別の依頼と言っても過言では無かった。


——もう、追いつかない。


コムギは隊列を止めた。

道の端。草の匂い。汗の匂い。乾いた喉の匂い。

誰も言葉を出さないまま、視線だけが集まってくる。


鍋も火もない。

この場に必要なのは調理ではなく、宣言だ。


コムギはリュックの紐を握り、帽子の影から全員を見上げた。

小柄な身体に似合わないほど、端まで届く声で言う。


「……正直に言います」


声が震えないように、息を一度だけ深く入れる。


「食材が、間に合いません」


ざわり、と空気が揺れた。

反論ではない。理解の揺れだ。


「この依頼内容、書類より厳しすぎます。

 想定より消耗が激しいし、魔物が活発すぎる。

 このままだと、生きて帰れなくなります」


“生きて帰れない”のところで、いくつかの視線が伏せられた。

もう、誰も薄々ではない。ちゃんと気づいている。


「だから、皆さんの協力が必要です」


コムギは続けた。


「拾える食べ物は拾ってください。

 水も節約してください。

 戦うんじゃなくて、生き延びるために動いてください。


 ——私ひとりでは、想定外が多すぎて、皆さんを支えられません」


最後の一文が胸に刺さった。

“私ひとりでは”は、昔の癖に反する言葉だ。

でも今日は、言わないと終わる。



最初に声を出したのは、別班の年配の冒険者だった。


「……そうだな。厳しすぎる」


その声が、場に一本の線を引いた。


「俺らも分かってる。お前のせいじゃない。

 できることをやろう。拾えるもんは拾って水も分け合う」


誰かが頷く。

次の誰かが「任せきりは違う」と言う。


「俺、野草の見分けなら少し」

「木の実ならいける」

「火起こしは俺がやる」


小さな声が重なって、場が“なんとかする方向”へ動き始めた。


コムギは喉の奥が熱くなるのを感じた。

責められる準備をしていた分、支えられる言葉が刺さる。


(……よかった)


よかった、と心の中で言った、その瞬間だった。



「ふざけんなよ!」


若い冒険者が前に出て、鋭い声を浴びせた。

顔は赤く、目は乾き、充血している。恐怖がそのまま怒りになった顔だった。


「それ、お前の仕事だろ!? 補給だろ!?

 なんとかしろよ! “できません”って何だよ!」


別の男も被せる。


「そうだ! 俺らは戦う係だろ!

 補給が崩れたら終わりだろ! 責任取れ!」


コムギの背中が冷たくなる。

耳の奥で、あの日の声が鳴る。


——お前のせいだ。


止めに入る声も上がった。


「やめろよ、今それ言うな!」

「分かってるだろ、異常なんだよ!」

「喧嘩してる場合じゃねえ!」


止める側と責める側。

言葉がぶつかり、肩がぶつかり、押し合いになる。


「触んなよ!」

「触ってねえ!」

「ふざけんな!」


拳が上がりかける。



トンヌラが、前へ出た。

腕を組んだまま、いつもの調子で言う。


「やめろ」


声は低い。

だが今日は、それだけでは足りない。


責める側の目がトンヌラを刺す。


「……お前が強いなら止めろよ」

「団長だろ!? 何とかしてくれよ!」

「強いんだろ!? だったら——!」


誤解が、ここで牙をむいた。

“強いはず”の人間に解決を押しつける形で。


トンヌラの喉が乾く。

何を言っても、どこかが壊れる気がする。


「俺は——」


言いかけて、止まる。


“何もしてない”ことが、今日は仇になる。

言えば無責任に聞こえるし、黙れば悪化する。


空気が言っている。

——もう限界だ、と。


(詰んだか……)



そのとき、ガルドが真ん中へ入った。


迷いのない一歩で前に出る。

殴るでも止めるでもなく、ただ間に立つ。


——それだけで、空気が止まった。


殴ろうとしていた拳が止まる。

押し返そうとしていた肩が止まる。

喧嘩の勢いが、急に行き場を失う。


誰も、ガルドを殴れない。

殴ろうとした瞬間、そこから先へ進めなくなることを身体が知っている。


それが《バトル・ウォーデン》だった。

立つことで境界を作る職。


ガルドの息は上がっていた。足も重い。

それでも立っている。


「……やめてください」


声は大きくない。

なのに、全員に届く。


「ここで仲間同士……」


一度、目を閉じる。


勝ち負けの枠に入った瞬間、壊れる。

昨日までの自分が言い訳にしていた言葉が、今は守りの技になっている。


「戦ったら、負けだと思います」


誰かが唇を噛む。

責めていた男の肩が震える。


「俺たち、死にたくないんだよ……!」


突然、声が割れて涙が落ちた。


怒鳴っていたのに、泣いている。

泣きながら拳を下ろしている。


「……怖いんだよ。

 こんなの、依頼じゃねえ……帰れないのかよ……!」


その涙は恥ではない。

全員が同じ場所にあると、認めた涙だった。



コムギの視界が、一瞬だけ暗くなる。


焚き火の煙。

空になった鍋。

冷たい布。

そして、動かない人たち。


また昔の苦い思い出が続く。


あの日も、誰かが泣いた。

泣いたあと、誰かが倒れた。

倒れたあと、帰って来れなかった人がいた。


全滅ではない。

だが想定外の犠牲が出た。喉の奥がきゅっと縮む。


(また……)


同じになる。

また、自分の配分が足りなくて。

また、誰かが動かなくなって。

また——。


そこで、ガルドの声が重なる。


「……止めます」


小さな声。

でも芯だけが硬い。


「ここで、壊れないように」


ガルドは立ったまま、コムギを見る。

責めない目だ。逃げろとも言わない。背負えとも言わない。


ただ、“一緒にここにいる”という目だった。


コムギは息を吸う。

止まりかけた手が、リュックの紐を握り直す。


震えは消えない。

でも、逃げない。



トンヌラが、ようやく声を出す。


勢いではない。

飾りでもない。

静かに言葉を落とす。


「……協力しろ」


命令の形を借りた、お願いだった。


「生きて帰るために、今はコムギに従え」


責める側も止める側も、目を伏せて頷く。

無言の合意だ。


コムギは全員を見回した。


「……ありがとうございます」


声が少し震れる。

震れたまま、続ける。


「私も、逃げません。

 でも——一人では無理です。手を貸してください」


さっきと同じ言葉なのに、今度は違う重さで届いた。


誰かが言う。


「分かった」

「やる」

「拾う」

「火は任せろ」


その声の束が、ようやく“隊”になる。



ガルドは、まだ立っていた。


喧嘩は止まった。

怒りも止まった。

涙は、止まっていない。


でも、殴り合いは終わった。

終わらせたのは強さではない。立ったことだ。


トンヌラは腕を組んだまま、心の中でだけ言う。


(……俺、今、何もしてないどころじゃないな)


焦りが胸の奥で音を立てる。

だが焦りに飲まれたら終わる。


だから、いつもの雑さで前を見る。


「拾えるもん拾いながら行くか」


コムギが小さく頷く。

ガルドも頷く。

涙の男も袖で顔を拭いて頷く。


(あの時とは違う。1人じゃないんだ)


コムギの手に、力が入った。





ここはレイアノーティア。

不足は、人を責めるために現れるわけじゃない。


だが不足の中で、

誰を責めないかを選べたとき——


物語は、まだ折れずに続く。



第18話 了


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ