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ゴカイ無双-unlimited "gokai"endless  作者: フラグメント水沢
第2章 支える者 管理栄養士

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第16話 帳尻合わせの風

第16話 帳尻合わせの風


ここはレイアノーティア。

名は人を座らせ、役目は人を歩かせる。


だが世界は、歩き続ける者から順に削っていく。

削り方は静かで、理由はだいたい“後から正しくなる”。



補給任務の五日目。

昨日より空が乾いていた。乾いているのに、汗だけが増える。


小獣が多い。

大きくはないが、出方がいやらしい。

一匹を追えば二匹目が出る。二匹目を追えば三匹目が喉元へ来る。呼吸と集中を削るために、わざと出てきているようにバラバラに現れる。


「……また来ます」


ガルドが呟き、前に立つ。

構えない。怒鳴らない。立つ。

それでも、今日は“止まらない個体”が混じる。


別班の冒険者たちは、いよいよ乱れていた。

短剣が小さく空を切る。

当たらない苛立ちではなく、当たっても終わらない苛立ちだ。


「ちっ……何なんだよ、今日」


「終わらねえぞ」


声が荒れ、呼吸が荒れ、歩幅が荒れる。

荒れた歩幅は、消耗を増やす。

増えた消耗は、また苛立ちを増やす。



コムギだけが、ずっと別のものを見ていた。


減っていく水と塩、砂糖。

火を起こし、鍋を回しながらそれを全部、頭の中で書き換える。


背中の大きなリュックがぐらりと揺れる。

はみ出したおたまが、カチャ、と鳴る。

その音が今日は落ち着かない。


トンヌラは腕を組んだまま、横目だけで彼女を追う。

何がどうおかしいのかは分からない。

分からないのに、彼女だけが辛そうだった。

怒りではなく、不安に近い。

このままではどこかで必ず無理が来る。



昼前にまた小獣が出た。


別班が前に出て、ガルドも動いたその瞬間だった。荷の後方で、布が裂ける音がした。


「……え?」


コムギの声が、初めて明確に揺れた。


小獣が一匹、荷袋に頭を突っ込んでいた。

牙で食材を引きちぎる。

乾燥豆がこぼれ、干し肉が泥に落ち、塩袋が裂ける。


「やめ――!」


コムギが駆け寄る。

だが間に合わない。

小獣は一口分だけ奪い、そのまま茂みへと消えていった。逃げ際にさらに布を裂き、残りをばら撒くみたいに。地面に散ったのは、食材だけではない。


コムギは地面にしゃがみ込み、すごい勢いで集め始める。

手つきが速い。速すぎる。

速さは落ち着きではなく、焦りの形だった。


「……大丈夫か?」


ガルドが声をかけると、コムギは顔を上げずに答えた。


「大丈夫です。……拾えば、まだなんとかなります」


言葉は冷静だ。

しかしその反面、コムギの硬い表情と必死さが、周囲へ伝染する。


トンヌラは喉の奥が乾くのを感じた。

状況が悪いのは分かる。 


だがそれ以上に――


盗られたというよりも、要の部分だけ抜かれたように感じた。

偶然の顔をしているくせに、偶然にしては筋が通りすぎている。コムギも多分、同じことを思っているのを黙っているのがなおさら嫌だった。



そのとき、別班の男がこちらへ来た。


顔色が悪い。

汗が乾いて白くなり、唇が割れている。

武器を握る手も、細かく震えていた。


「……なあ」


声が擦れている。


「食材……分けてくれ」


コムギの手が止まった。


「うちも減ってます」


「分かってる。でも――」


男は唇を噛む。

背後では別班の仲間が地面に座り込み、肩で息をしている。


「こっちは、もう立てない」


それは命令じゃない。

脅しでもない。

ただ、追い詰められた人間のそれだった。


コムギは拾い集めた豆を手のひらで押さえたまま、言葉を探す。

探しているのは断り方ではなく、配分だ。

壊れた前提の上に立つほど、彼女は雑じゃない。


別班の男の視線が、トンヌラへ滑った。


「……団長」


言い方が、妙に自然だった。


「あなたなら、何とかしてくれるだろ」


その瞬間、空気が一段だけ変わった。

期待というより――寄りかかりの重み。


ガルドが固まる。

コムギの肩が、小さく跳ねる。


トンヌラは胸の内側がざわついた。

こういうときの言葉は、間違えると壊れる。

相手も、自分も、コムギも。


勢いで言えば、勢いのまま誤解が育つ。

沈黙すれば、沈黙のまま責任が落ちる。


だから彼は一拍だけ黙った。

その一拍で、コムギが小さく息を吸う音がした。


先に背負うな。

言葉にしないまま、そう思う。


トンヌラは腕を組んだまま、視線だけを男に向けた。


「団長じゃない」


まず、それを置く。


男が言い返す前に、トンヌラは続けた。


「……倒れるのは嫌だ」


それは誰かに命じる言葉じゃない。

ただの本音だった。


「分けよう」


男の目が揺れる。


「だから好き勝手に持っていくのは無しだ」


声は低いが威圧ではない。彼なりの精一杯の気遣い


「配分は――」


トンヌラの視線が、しゃがみ込んだコムギへ落ちる。

彼女の指は豆の数を数え直している。

指先が少しだけ白い。


「コムギが決める」


コムギが顔を上げた。

驚いたような目。

だがその奥に、少しだけ光が戻る。


別班の男が眉を寄せる。


「子ど――」


言いかけて、止まる。

帽子と小柄な身体が、どうしてもそう見える。


コムギは豆を握りしめたまま言った。


「子どもじゃありません!」


声が少しだけ震える。


「心も体も立派な大人のレディです!」


勢いだけは戦士のそれだった。

けれど今日は、その勢いが必要だった。


トンヌラが短く言う。


「落ち着け」


優しいつもりはない。

ただ、壊れないための声だった。


コムギは一度だけ目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。


「分けます」


静かな声。


「でも分け方は変えます。今まで通りだと、全員が中途半端に倒れます」


別班の男が唾を飲む。男もわかっていた。今回の依頼が、もうすでに普通ではなくなっていることを。


「……どうする」


コムギは拾い集めた食材を小さく分けた。

干し肉の欠けた分を豆で補う。

こぼれた塩を布に移し、量を測る。

全員が拾ってきた野草ときのこをそれに合わせる。


「まず、水です」


コムギが言う。


「水を先に守ります。喉が乾くと判断が遅れます。遅れた判断が、次の獣を呼びます」


ガルドが小さく頷いた。

立ち続ける人の顔で。


「次に、糖分です」


別班の男の目が見開く。


「最後に、塩です」


「切らしません。切らしたら、立つ人が倒れます」


言いながら、コムギはガルドを見た。

それだけで、ガルドの背が少し伸びる。


トンヌラは胸の内側で小さく息を吐いた。

まだ危ない。

だが今、コムギは一人で背負っていない。


それだけで、少しだけ楽になる。



鍋に火が入る。

湯が鳴り、香りが立つ。


ただの即席鍋だ。

だが今日は、ただの鍋じゃない。


別班の者たちが黙って椀を受け取る。

ひと口飲んだ瞬間、表情が変わる。


「……温い」


誰かが呟いた。


それは褒め言葉だった。

熱さではない。身体の内側に戻る温度。


ガルドも飲み、息を吐いた。


「……力が湧く」


コムギは頷いた。

自分が立つわけではない。

だが立つ人を立たせる仕事を、今やっている。


別班の男がトンヌラを見る。


「……ありがとう」


トンヌラは肩をすくめた。


コムギがむっとする。


「礼は私にもください!」


「じゃあ、ありがとう」


言うと、コムギは少しだけ目を泳がせた。

それから、ぎゅっと鍋を抱き直す。


(……いい人たちだ)


その顔に、そう書いてあった。



食後。

別班の男が、さっきより軽い声で言った。


「俺たち……助かった」


軽いのに本気が混じる。


「さっき、団長って言ったのは……」


言いかけて、止める。

謝るのか認めるのか、そのどちらでもない言葉が宙に浮いた。


トンヌラは面倒そうに手を振る。


「勝手に呼べ」


受け流しのはずだった。

だがその雑さが、また余計な意味を作る。


別班の男は妙に納得した顔で頷いた。


「……やっぱり、そういう人なんだな」


何が、とは言わない。

言わないまま、誤解は育つ。


トンヌラは胸の内側で、薄い冷や汗をかいた。

止める言葉がない。

止めたところで止まらないから、もう前を向くしかない。



再出発の前。

コムギが荷を背負い直す。

大きなリュックがぐらりと揺れ、おたまが陽に光る。


揺れを押さえながら、彼女が小さく呟いた。


「……足りない、って嫌い」


聞こえるか聞こえないかの声。


トンヌラは聞こえないふりをしなかった。

代わりに、前を向いて、短く言う。


「足りないなら、足りないなりに行く」


コムギの肩が、ほんの少しだけ軽くなる。それを見て、トンヌラは静かに思う。


焦ると危ない。

そして、それを焦らせる何かが――今回の依頼にはある。



ここはレイアノーティア。

不足は、誰かの責任にされやすい。


だからこそ足りないまま進むには、

“責任の受け皿”が必要になる。


その受け皿に、今――小柄な補給担当がなりかけている。



第16話 了

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