第8話 怪しい荷物
ローゼンハイデン公爵家の厨房は、慌ただしかった。使用人たちが遅い朝食の後片付けを終え、食料の納入と、昼食の仕込みが始まっていたからだ。
クリスティアンは、好奇心を抑えきれず、厨房の隅に隠れるように立っていた。数日前から耳にしていた噂──パンやチーズが盗まれるという事件を探る為である。
だが誰も盗みを働く気配はない。昼間に人気が多いところではやらないのかも知れない。夜にまた来てみるか、と思い、こそこそと四つん這いで外に出ると、廊下の先にミリアムが立っていた。
「何してるんですか?クリスティアン兄さま。」
「わっ!!……なんだミリアムか。ビックリさせんなよ。なんでもねえよ、あっち行け。」
シッシッと払うように手を振る。そこに業者の馬車がやって来た。
「あれなんですか?兄さま。」
「あ?食材をおさめにきた業者だろ。そんなもんが珍しいのか?」
「はい、初めて見ます。」
ミリアムは窓からじっと馬車を見ていた。御者から虹色に光る糸が出ているのを見ていたのだ。御者が邸宅に近づくにつれ、思わす外に駆け出した。
「あっ、おい、なんだよ急に!」
クリスティアンは駆け出したミリアムにおいつくと、ミリアムの肩に手を置いた。
「なんだよ、どうしたってんだ?」
「クリスティアン兄さま……あの馬車なんだかおかしくありませんか?」
「なんだよ、何がおかしいってんだ?」
空中に手を伸ばし、何かに触れるような仕草をするミリアム。
「何してんだ?お前。」
奇妙な行動をする妹に、やっぱりこいつは変わりものだと思いながらそうたずねる。
その時ミリアムの視界には、ヒント:泥に沈む馬車の車輪の深さ、という文字が書かれたポップアップが立ち上がっていた。
「クリスティアン兄さま、あの馬車、妙に沈んでませんか?」
「確かに重そうだな。泥の中にずっしりと馬車の車輪が食い込んでやがる。でもこの家には従者がたくさんいるんだ、全員分の食料と考えれば、そう不思議でもねえだろ。」
ミリアムは御者が荷下ろしする木箱にたいして、厨房の下働き人が台帳とてらしあわせて数を数えているのをじっと見つめていた。
塩、砂糖、コショウ、オリーブオイル、ナツメグ。次々に調味料の木箱が積まれていく。これらは平民ではなかなか手に入らないものばかりだ。
だがローゼンハイデン公爵家を出て暮らしていたミリアムには、これらがこの木箱いっぱいに運ばれて来た場合、公爵家全員の分の料理に使ったとしても、1年はもつであろうことを知っていた。
だが、下働き人の台帳には、コショウ1/3→2/3などと書かれている。つまり、1はもともとあった数で、2になったのは今仕入れたから。
つまりローゼンハイデン公爵家の家族5人分で、木箱3箱ぶんを常にキープしていることになる。
だがコショウなど、特に最高級品で、従者の料理に使うことなどないことを、ローゼンハイデン公爵家を出てから知った。
5人家族の1年分として、コショウが木箱3箱は多いのだ。それに調味料はそんなに長持ちするものではない。
生鮮食料と比べれば、乾燥しているので長持ちではあるが、塩だって砂糖だって、ずっと置いていれば湿気をすって塊になってしまう。
だから一度にそんなにたくさん仕入れては、管理が大変になってしまう。この量は明らかに異質であった。
確かに袋に入った調味料は重たい。だが運び込まれている木箱は20箱。ひとつが20キロだったとしても、せいぜい400キロ。
あの馬車は日頃乗合馬車にも使われるサイズのもので、大人の男性が12人は乗れる。大人の男性の体重がだいたい70キロ前後だと生前聞いたことがある。
つまりは大人の男性6人分もないのだ。それなのにあんなに重たそうに、車輪を沈ませているのはおかしいのだ。
「中身を見せて貰えませんか?私、興味あります!」
ミリアムがそう言うと、御者が思わずギョッとしたような表情を浮かべた。
どうやら中身に心当たりがあるらしい。
「別に面白いもんでもないですよ?お嬢さま。」
厨房の下働き人が、困惑したようにそう告げる。
「でも、見たいです!」
「やめときなってお嬢ちゃん、粉まみれになっちまうし、俺もいいもんをおさめる義務ってもんがよ……。」
「でも、こっちに置かれているものは、もう受け取りが完了していますよね?だったらあなたの手をはなれているのでは?」
「まあ、検品が終わった分はいいですよ。俺が怒られたら、ちゃんとお嬢さまがいい出したって言ってくださいよ?」
「もちろんよ。」
「ちょ、ちょっと待……!」
厨房の下働き人が、釘で打たれた木箱に釘抜を差し込むと、その蓋が外された。
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