第7話 朝食の席の異変
朝食の席。ローゼンハイデン公爵家の広大なダイニングホールは、普段なら息子たちの鍛錬や勉強の成果をローゼンハイデン公爵が尋ねて、息子たちがこたえるだけの、静かな朝食の時間だが、今日は違った。
従者たちが目線を落としつつチラチラと。息子2人も驚いた表情を浮かべてそれを見つめている。
テーブルの上座に座るジョスラン・フォン・ローゼンハイデン公爵は、膝の上に小さな娘を乗せていた。ミリアムだ。
5歳の彼女は、ふわふわの銀髪をリボンでまとめ、父親の膝の上で小さく体を揺らしながら、フォークで父親が切ってくれた肉を突ついている。
「ミリアム、美味しいかい?もっと食べて大きくなるんだ。」
「はあ〜い、お父さま。」
ローゼンハイデン公爵は普段の冷徹な表情とは打って変わって、ニコニコと相好を崩した笑みを浮かべ、娘の口元に切り分けた肉を運んでいる。
ミリアムは少し照れくさそうに口を開け、あーんと頬張った。というか、実際には何度もループしたせいで、既に父親の実年齢を精神年齢が超えている為、だいぶきまずい。
「ありがとう、父さま。おいしいわ。」
それでも愛らしい娘を演じる為に、嬉しそうにしてみせるのだった。
ローゼンハイデン公爵は満足げに頷き、さらにはミリアムの頭を優しく撫でた。
テーブルの左右に向かい合って座る、長男のアレクシスと次男のクリスティアンが、まるで幻でも見ているかのように固まっていた。
アレクシスは10歳。既に後継者教育を受けているため、表情は常に冷静で、感情を表に出さない。
髪をきちんと整え、背筋を伸ばして座り、ナプキンを膝に広げて肉を切っている手が、とまったままだった。
灰色の瞳が、父親と妹の様子を呆然と見つめている。向かいのクリスティアンは7歳。好奇心旺盛で、赤みがかった茶色の髪を少し乱れさせながら、フォークを握りしめたまま口をぽかんと開けていた。
「……え、何これ?」
クリスティアンが小声で呟く。アレクシスは無言で視線を逸らし、なんとか切り分けた肉を口に入れて咀嚼を開始したが、フォークを持つ手が微かに震えていた。
公爵はそんな息子たちに気づくと、にこやかに言った。
「アレクシス、クリスティアン。ミリアムの作ったハンカチのおかげで、父の体調がとても良いのだ。お前たちも見習うといい。」
「ハンカチ……ですか?」
加護縫いのことを知らない兄弟たちは、ハンカチで体調がよくなるなどありえないことだと思い、日頃は子どもたちに興味がなさげな父とはいえ、幼い末娘にプレゼントをもらったことが嬉しくて、気分がいいということなのだろうと考えた。
「アレクシスお兄さまお肉、おいしいですか?」
アレクシスは一瞬言葉に詰まり、ようやく低く応じた。
「……美味しいよ、ミリアム。父さまを喜ばせるなんて凄いね。」
「はい、父さまの健康を願って刺繍を致しました。」
クリスティアンは目を丸くして、ローゼンハイデン公爵からの質問に答える以外の会話が発生していることに驚いていた。
公爵はさらにミリアムを甘やかすようにフルーツを次々と与え続ける。ダイニングホールにいる使用人たちも、普段見慣れない主の姿に、こっそり視線を交わしていた。
朝食が終わると、アレクシスはいつものように家庭教師の授業に向かおうと、長い廊下を歩き始めた。
背筋を伸ばし、足音もほとんど立てず、完璧な貴族の歩き方だ。そこに後ろから慌てた足音が追いかけてくる。
「待てよ、アレクシス兄さま!」
クリスティアンが息を切らして追いつき、アレクシスの袖を掴んだ。アレクシスは立ち止まり、はっきりとは振り返らずにチラリと目線を横に向けて言った。
「……何だ、クリスティアン。用件は?」「何だじゃないよ!さっきの朝食、何あれ!?父上がミリアムを膝に乗せて、チヤチヤホヤしてたぞ!?いつも『マナーがなっていないから同席させるな』って言ってたのに!あれ見てなんとも思わなかったってのかよ!?」
クリスティアンは興奮して手を振り回す。アレクシスはため息をつき、歩きながら答えた。
「知らない。父上の体調が良くなったからだろう。体調が悪ければ、誰だって機嫌のひとつも悪くなる。体調がよくなったのと、ミリアムのハンカチの件が重なって、機嫌が良くなったんだろうさ。」
「ハンカチ?ミリアムが作ったってやつか?本当かよ?だって5歳だぜ?それにあいつ、いつも泣きわめいて癇癪起こす問題児じゃなかったのか?」
「興味ない。」
アレクシスは少し足を速め、クリスティアンを振り切ろうとするが、弟はしぶとく追いすがる。
「そういやさ、最近厨房で変なこと起きてるって知ってるか?食料が勝手に減ってるって、使用人たちが噂してる。パンとかチーズとか、夜中に消えるんだってよ。」
それを聞いたアレクシスは一瞬ピクリと反応を見せたが、すぐに無表情に戻った。
「ふん。ネズミか泥棒だろう。僕には関係ない。食料のことも、ミリアムのことも。」
アレクシスは冷たく言い放って、興味がないという態度を全面に出している。その態度にクリスティアンはムッとして、アレクシスの背中を軽く叩いた。
「関係ないって、お前だって気にならないのか?父上があんなにミリアムにデレデレしてるの、絶対おかしいって!絶対何か秘密があるんだ。俺、絶対この謎を暴いてやるからな!」
アレクシスはようやく立ち止まり、弟を振り返った。表情は変わらないが、声に僅かな苛立ちが混じる。
「……好きにしろ。ただ、僕を巻き込むな。父さまにかせられた課題をやるのに、忙しいんだ。じゃあな。」
そう言い残して、アレクシスは再び歩き去った。クリスティアンは悔しそうに舌打ちしつつ、もと来た道の方角を睨みながら呟いた。
「絶対、なんかある……。俺たちにはまるで興味を示さないのに……。ミリアムばっかり、おかしいだろ……。」
クリスティアンは、ローゼンハイデン公爵と楽しげに話す、ミリアムの笑い声が、かすかに聞こえてきたような気がした。
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