第44話 王子妃選定ティーパーティー
王妃は不安の残るフィリップ王子を、国外に出すことを恐れた。手元においておけば、国内の貴族であれば、フィリップ王子に問題があったとしても黙らせることが出来る。
だがユリウスが貴族との婚姻をよしとしなかった。王子妃をこんな弟の犠牲にすることは出来ないと思ったからだ。
しかし、巻き戻り前の世界では、ミリアムの悪評が広がるにつれ、そんな令嬢であれば貰い手はないだろうし、フィリップ王子の犠牲にしてもよいのではないかと考えた。
幸いローゼンハイデン公爵家の令嬢で、王妃さまも望んでいた。親友のアレクシスも、あの妹が政略結婚により、少しでも家の役に立つのであれば、と認めてくれた。
その結果、ミリアムとの婚約が決まったのだ。だが今のアレクシスは、ミリアムをフィリップ王子にやるつもりはない。ユリウス王子にもそのつもりがない。
王妃さまもルーパート王国との婚姻のほうが利があると思っている為、今生では誰もフィリップ王子とミリアムの婚約を後押しする人間がいなかった。
「さあ、反省文を書きなさい。ローゼンハイデン公爵令嬢を罵倒したこと、侍女の家に責任を被せたこと。本当はこんな反省文ごときで許されるようなことではないからね?」
「さあ、ここに座って書いてください。自分の何がわるかったのかを、自分の言葉で。」
アレクシスが座るよううながす。
「わ、わかりました……書きます……。」
家庭教師の授業をサボりがちのフィリップ王子は、まだあまり字をうまく書くことが出来ない。それでも反省文を書き始めた。
ユリウスは満足そうに頷き、ソファに戻って紅茶をもう一口。
「アレクシス、僕は家庭教師の授業に出るから、終わったら報告に来てくれ。フィリップがちゃんと反省したか、確認したいからね。」
「承知しました。さあ、10枚は書いていただきますよ。」
アレクシスはフィリップ王子の後で、腕組みしながら仁王立ちして睨んだ。
フィリップ王子は、部屋を出ていくユリウス王子を振り返った。
「ユリウス兄さま……助けて……。」
「反省文、忘れないようにね。原稿用紙で10枚。明朝までに。」
フィリップ王子のすすり泣く声が廊下に遠く響いた。ユリウス王子は、家庭教師の待つ部屋へと、一人静かに歩いていた。
「……まったく。あの子も、もう少し賢くならなきゃ、いつか本当に取り返しのつかないことになるよ。」
まさかまったく賢くならないまま大人になるとは思わず、ため息をつきながら授業に向かうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ビーイング侯爵令嬢メリーアンは、母親の部屋の扉の前で足を止めた。中から漏れる母親の苛立った声が、廊下に響いている。
「……あのローゼンハイデンの小娘が、王妃のお茶会に呼ばれたなんて。しかもルーパート王国の第一王子、ランディー殿下まで同席ですって?まさか、ルーパート王国と婚約を結ぶとでも言うの?」
部屋の中の物を壁に向かって投げつけ、親指の爪をギリギリと噛みながら、不機嫌を隠そうともしないビーイング侯爵夫人。
メリーアンは怯えて中に入ることが出来なかった。母はいつも、ミリアムの名前を出すと顔を歪める。
ローゼンハイデン公爵家を目の敵にしている母親。必ず王家に嫁げと言ってくる母親。だからいい子でいる為には、ミリアムに勝たなくてはならない。
「フィリップ殿下の婚約者は、私の娘でなければならないのに……。そうすれば、ローゼンハイデンに勝てるのに。ルーパート王国が出てくるだなんて。」
ビーイング侯爵夫人の陰謀は、前世の記憶を持つミリアムにとって、決して許せない過去の傷だった。
前世では、ビーイング侯爵夫人は第三王子フィリップの婚約者だったミリアムを、徹底的に貶め、追い落とすために暗躍した。
社交界での陰口、偽の証言。聖女アイリーンをイジメた噂も、ビーイング侯爵夫人と、夫人に命じられたメリーアンの手によるもの。
学校ではメリーアンが。社交界ではビーイング侯爵夫人が、ミリアムのイメージをおとしめていた。
だが今世では、ミリアムの選択が変わったことで、歴史は少しずつ歪み始めていた。
ミリアムが刺繍の才能を早くから発揮し、ムードン伯爵との事業で社交界を席巻した結果、周囲はローゼンハイデン公爵家をもてはやし、ミリアムを貶めようとしたことを知られているビーイング侯爵夫人は、ますます孤立を深めていく。
しかし、侯爵夫人自身は、決して諦めていなかった。王妃からフィリップ王子の婚約者選定ティーパーティーの招待状が届き、我が娘が選ばれるよう画策しようとしていた。
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