第43話 フィリップ王子の罪
この頃には、アレクシスが、妹のミリアムを目の中に入れても痛くないくらい可愛がっていることが、王宮内に浸透しており、ミリアムをけなそうものなら、絶対零度の視線を浴びると誰もが思っていた。
にもかかわらず、アレクシス本人の目の前でミリアムをけなしたのだから、お仕置きも当然であった。
むしろユリウス第1王子殿下がいたことで、本人にお仕置きされているとわからせる方法でやっているだけ、優しいのである。
15分が経過した頃、フィリップの絶叫は完全に途切れ、代わりに小さな嗚咽と時折の「ひっく……ひっく……」という音だけが窓の外から聞こえてくるようになった。
アレクシスは無言で窓辺に近づき、指をパチンと無らした。すると氷の縄はするすると解け、フィリップの体はゆっくりと氷の足場の上に降ろされた。
ぺたん、と氷の板の上に尻餅をついたことで、冷たさに思わずフィリップは「あっ」と小さく声を上げたが、それ以上は震えて動けなかった。
部屋に戻されてからも、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。しゃがみこんで泣いている。
「まだだよ、フィリップ。」
ユリウス王子が優雅に立ち上がり、フィリップ王子を見下ろした。
その笑顔は、まるで弟をからかう兄そのものだったが、目はまったく笑っていない。
「謝罪の言葉が足りないんじゃないかな?誰に対して、何を謝るのか、ちゃんと順番に言ってみてごらん。」
フィリップは顔を上げ、震える唇でなんとか言葉を絞り出した。
「……ミ、ミリアム……様に……ブスって言って……ごめんなさい……。あと……アレクシスにも……ごめんなさい……。」
アレクシスは紅茶のカップを静かにテーブルに置き、ゆっくりとフィリップ王子に目線を落とした。
「…………ブス、と言った回数は?」
フィリップ王子の顔がさらに青ざめた。
「に、に回……です……」
「では、もう一度、正確に。なんと言ったのか、自分の口で言ってください。」
「……ミリアム嬢のことブスって……二回……言いました……。顔は我慢してやるって、俺がもらうって言ってごめんなさい!もう一生言わないです……!本当に……ごめんなさい……!もう二度と言いません!」
アレクシスは小さく息を吐き、ようやく視線を外した。
「次に同じ言葉を口にした瞬間、氷の縄ではなく、氷の棺桶を用意します。……これはけっして冗談ではありませんので。」
「は、はいっ!わかりました!」
ユリウスがくすりと笑い、フィリップに向かって手を差し出した。
「ほら、立て。まだお前にはやることがある。ここに座って反省文を書くんだ。」
「は……反省文!?」
フィリップ王子はユリウス王子の手を取って、慌てて立ち上がったが、困惑したようにユリウス王子を見上げている。
「僕が何も知らないとでも思っているのかい?フィリップ。お前は侍女に後ろから蹴りを入れて、手入れをしていた壺を落として割らせたね。侍女は王宮の仕事をクビになり、彼女の家は賠償責任を取らされて、もう王宮に顔出しも出来ない。」
「は……はい……。」
フィリップはガクガクと頷いた。もう抵抗する気力は完全に折れていた。
「王子のやったことに、責任を問える人間は王宮内にいない。それこそ、僕や国王や王妃さまくらいのものだね。」
フィリップ王子はユリウス王子から目線をそらしてうつむく。
「だけど王妃さまはお前に甘い。国王さまは口出しをしない。だから僕が責任を問う。フィリップ。お前は王族として恥ずかしい。婚約者候補選定だって?とんでもないよ。」
ユリウス王子はフルフルと首を振る。
「僕が知ったときには、もう各家に招待状を出して、返事をもらった後だったから、ティーパーティー自体は止められない。でもね。お前に婚約者を大切にするのは無理だ。」
「ティーパーティー自体は開催とし、今回は王子妃候補の選定は見送るよう、国王さまに打診させていただきました。だからもしも妹がティーパーティーに来たとしても、婚約者にすることは出来ません。」
アレクシスが冷静に告げる。
過去に6歳のミリアムが参加したティーパーティーで、フィリップ王子の婚約者が決まらなかったのは、ユリウス王子とアレクシスが止めたからである。
ミリアムが陥れられ、ティーパーティーがうやむやのうちに中止にならずとも、この時誰かが婚約者として選ばれるということはなかったのだ。
このことを、ミリアムとランディー王子は知らなかった。だが、ランディー王子からの打診がなければ、今回王妃さまはミリアムを婚約者にするつもりでいた。
運命が変わったことにより、婚約が早まる予定であったのを、ユリウス王子は自分が止めたつもりでいたが、実際にはランディー王子が滑り込みで防いでいたのだった。
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