第3話 巻き戻ったのは5歳の年
視界がパッと戻った瞬間、ミリアムはベッドの上で小さく叫んだ。
手を見たら、指が短くてぷくぷくで、まるで赤んぼうのようだ。自分の部屋であることは間違いないが、どうにも違和感がある。
慌ててベッドから降りようとしたら、足がシーツに絡まって転げ落ちそうになる。鏡台の前に行くと、「えっ!?いくつ!?」
今まで毎回5年前に逆行していたものが、今回はどうみても小さな子どもだ。声もキンキンと高い。
これまで何度ループしても、いつも学園入学前だったのだ。ミリアムは何がおきているのかわからず、心臓がバクバク鳴って、必死にパジャマの胸元をギュッと掴んで耐えた。
前回はあんなに完璧だった。マダム・ミリアムの店もバズっていたたし、貴族令嬢たちとも仲良しだった。このままで良かったのに、なぜまた巻き戻ったのか。
子どもの体に戻ったせいか、涙が本当にあふれて泣きそうになっていたところに、コンコン、とドアを叩く音がした。
「お嬢様、おはようございます。朝のお支度のお時間です。」
聞き覚えのありすぎる声。ミリアムの当時の専属メイド、エレナだ。自分のミスをいつもミリアムのせいにしてきた、たちの悪い女。ミリアムが悪女と呼ばれるきかっけを作ったと言っても過言ではない。
ミリアムは慌てて涙をぐしぐし拭いて、どうぞと言った。声が高すぎてなんだか背中がむずむずる。かわいこぶっているわけではないのだけれど。
ガチャリ。
「おはようございます、ミリアムお嬢様。さあ、お顔を洗いましょうね。」
エレナが入ってきて、洗面器に入れた水を差し出してくる。
本来なら、夏でもなければ少しぬくめたお湯を持ってくることになっているが、エレナは面倒くさいのか、いつも水をそのまま入れて持って来ていた。
幼いミリアムはそういうものだと思っていたが、そうではなかったことが、大人になってから気が付いた。
2人の兄つきのメイドは、ちゃんとキッチンに行って、少し冷ましたお湯を洗面器に入れて運んでいたのだ。
「エレナ、ちゃんとお湯を持ってきたんでしょうね?」
「──はい?」
指摘されたことのない言葉を言われて、エレナが一瞬ぽかんとしている。
「今の時期の水は冷たいもの。ちゃんとお湯を沸かして冷ましたものを入れてきたんでしょうね?」
「ミリアムお嬢様?美肌の為には冷たいお水のほうが、肌が引き締まっていいんですよ?」
もっともらしいことを言って、エレナがニコニコしているが、こめかみがピクついていることにミリアムは気付いていた。
「こんな年齢に美肌を気にする必要があるの?放っておいても綺麗な年齢じゃないの。」
呆れたように腰に手を当ててミリアムが言う。
「お湯じゃないのなら、さっさと入れ直してきてちょうだい。風邪をひきたくないから。」
ミリアムがそう言った時だった。エレナがけつまづいたふりをして、ミリアムに冷たい水が入った洗面器を頭から浴びせかけたのだ。
絨毯にまで大きな染みを広げていく。思わず呆然とした時、エレナが大きな悲鳴を上げた。
「どうした!?」
従者たちが部屋に集まって来た瞬間、エレナは急にミリアムを指差した。
「お、お嬢様が私の足をひっかけて転ばせたんです!」
「……はあ?」
そういえばこんなこともあったわね、とミリアムは思った。
冬に冷たい水を浴びたことで風邪を引いてしまい、一週間も寝込んだのだ。あの時はエレナがわざとやったわけではなかったが、ミリアムのせいにされたのはあの時と同じだ。
「またミリアムお嬢様か……。」
「お嬢様、メイドをいじめるのはやめてください。」
「5歳だからって何でも許されると思ったら大間違いですよ?」
従者たちがこぞってミリアムをせめ、その後ろでエレナがニヤニヤと笑っている。とても5歳の子どもに、それも公爵令嬢にするようなことではない。
その時昔の記憶がバーッとフラッシュバックした。花瓶が割れたのも、犬を逃がしたのも、全部このパターンでミリアムのせいにされたことを思い出す。
5歳のミリアムに「生意気なわがまま令嬢」のレッテルを貼り、自分のミスも、わざとやったことも、すべてがミリアムのせいにしやすい環境を作られたのだ。
語彙力のない子どもだったミリアムは、それに言い返すことが出来ず、また子どもらしく癇癪持ちだった為、エレナのいいようにされていた。
その時、視界の端にキラキラ虹色に光る糸が見えた。エレナの体から出ている、謎の糸。エレナの周囲をその光が覆っている。
「あれ、なに?」
「あれこそ嘘のほころびだッピ!」
「あ、あんた!あの時のぬいぐるみ!」
皆がそれを見て首をかしげている。
「僕はミリぽむにしか見えないッピ!」
「そ、それを早くいいなさいよ!」
見えない何かを指さして騒いでいたことを、従者たちに見られたのだと思うと一気に恥ずかしくなる。
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