第24話 ミリアムの狙い
あれから別荘にいる間、クリスティアンとランディーは楽しく遊んでいたらしい。
ローゼンハイデン公爵が、メイベリン候爵に許可を取り、ローゼンハイデン公爵家の敷地と、メイベリン侯爵家の敷地であれば、遊んでもよいという話になったようだった。
ルーパート王国王太子であり、将来の王太子であるランディーが、幼少期にアンバスター王国に来ていたなどという話は、前世でも今世でも聞いたことがない。
ミリアムがクリスティアンにコッソリ聞いたところによると、どうも命を狙われてのことだったらしい。
つまり、命を狙われていたから、お忍びでアンバスター王国に幼少期逃げてきていて、今までミリアムがメイベリン侯爵家の隣の別荘にこの時期遊びに来たことがなかったから、出会うことがなかったのだろうか?
それならば、前世でなかった出来事が起きた理由としては、納得出来なくもなかった。
それでも、ランディー王子がミリアムの過去に言及した理由にはならない。
「まさかランディー王子も、過去に巻き戻っているのかしら?だから私に会いに、わざわざメイベリン侯爵家を選んだ……なんてことはないわよね?どう思う?アリアドネ。」
窓の外で楽しげに遊ぶ、ランディーとクリスティアンを見ながら、窓に手を当てて、ミリアムはアリアドネに尋ねる。
「僕にはわからないッピ!それよりも、このクッキー美味しいッピ!」
アリアドネは、メイベリン侯爵家の料理人に焼いてもらったという、ランディー持参のクッキーを頬張って夢中になっている。
「はあ……頼りにならないわね。いいわ。刺繍の続きをするから。」
ミリアムはそう言って、椅子に座って刺繍の続きをさしはじめた。
「それは刺繍大会に出すやつだッピか?」
「いいえ、これはアレクシスお兄さまに差し上げる分よ。クリスティアンお兄さまに差し上げたことで、アレクシスお兄さまにだけ、差し上げてないことになってしまったから。」
「確かにアレクシスは、とっても羨ましがってたッピね!」
「ええ。だから先に作ろうと思って。刺繍大会用は、少し休憩ね。」
アレクシスは、前世で第1王子の補佐になり、宰相候補と言われていたアレクシスだ。
いずれ必要になると思い、知能上昇と目の疲れを取る祝福をこめた刺繍をさしていた。
今やハンカチ1枚分程度は、ほんの手慰み程度、それこそ休憩がてら(?)に作ることが出来る。
ミリアムは出来上がったハンカチを、メイドに丁寧にラッピングするよう告げた。
可愛らしくラッピングされたそれを携えて、庭で本に夢中になっているアレクシスに近付く。
「ミリアム!?」
気配に気付いたアレクシスが、パッと本から顔を上げる。その膝の上にはアレクサンドラが眠っていた。
もともと一緒に遊ぼうと誘われていたが、刺繍を完成させたいからと断っていたので、アレクシスはたいそう嬉しそうな笑顔だ。
「遅くなりましたが、アレクシスお兄さまの分を作らせていただきました。……もらっていただけますか?」
ミリアムが恥ずかしそうにそっと差し出せば、アレクシスはクールな表情を崩して、頬をうっすらと染めてはにかんだ。
「嬉しいな、ようやく僕もミリアムの刺繍が貰えたよ。」
「頭がよくなる願いと、目の疲れを取る願いを込めさせていただきましたわ。」
「僕にピッタリだね!ありがとう。良かったら一緒にお茶をしない?」
アレクシスは、少しモジモジとしながら、ミリアムをお茶に誘った。
「はい、では少しだけ。まだ、刺繍大会用の刺繍が残ってますので。」
アレクシスが侍女に軽く手を上げると、傍らの侍女が茶器を準備し、ミリアムにお茶を淹れてくれた。
「ずいぶんと大作を作ってるんだね?あんまり遊んでくれないから寂しいんだけどな?」
ほんの少し口を尖らせつつ、すねたようにアレクシスが言う。
「そうでもありませんわ。ほんの少し、大きいというだけですもの。せっかく別荘に来たのにごめんなさい。ちゃんとお兄さまたちと遊ぶ時間を取るようにしますから。」
ほんの少し、どころではなかった。ミリアムは刺繍を燃やした犯人の注目を、自分の作品に向けるつもりでいたのだ。
オスマン伯爵家は、取り立てて功績のない家だ。建国からの歴史があるわけでもなく、事業が上手くいっているわけでもなく、王妃を排出したことがあるわけでもない。
新興貴族とほぼ変わらない立場で、伯爵家の中では序列が低いほうなのだ。だがオスマン伯爵夫人が毎年刺繍大会で優勝し、注目を集めてきたことで、社交界での立場は強い。
だからオスマン伯爵夫人は刺繍大会にかけていて、毎年巨大な大作を披露する。
巨大な作品に挑戦する人は他にもいるが、誰かの手を借りてやったとわかるほど、場所ごとに刺し方がバラバラだったりして、その差は一目瞭然だ。
ミリアムがそれ以上の作品を出せば、当然それがオスマン伯爵夫人の物であると誤認させることが出来るだろう。
ミリアムの狙いは、自分の作品を燃やさせることだった。別荘での滞在期間を使って、遊びに来るランディーに警戒しつつ、ミリアムは大作を完成させたのだった。
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