第17話 ルーパート王国での加護縫いの扱い
湖畔の上で柔らかな陽光がきらめき、水面に細かな金色の欠片を無数に散らしていた。
湖のほとりは静かで、まるで世界で2人だけのようで、クリスティアンは久しぶりに家族のことを気にせず過ごしていた。
クリスティアンとランディーは、さっきまで大はしゃぎで駆け回り、それに疲れると、拾った木の枝に自分の髪の毛を何本か巻きつけ、地面の柔らかいところをほじくって見つけた太めのミミズを髪の毛で縛って作った、即席の釣り竿で釣りに興じていた。
笑ってしまうほど原始的で貧相な道具だったが、それでも二人は真剣そのものだった。
小さな魚の影がちらりと見えたかと思うと、すぐに消える。
いちどかかったのだが、ランディーが焦ったことで魚が逃げてしまい、釣ることが出来なかった。だが、しばらく待っていると、再び魚がエサを飲み込んだのが、引き具合でわかった。
「ほら、来たぞ!見ていろ、今度こそ釣り上げてやる!」
「いや、まだだ!深く引くまでじっとしてろって!しっかり飲み込ませるんだ!」
焦るランディーに、クリスティアンがエサをしっかり飲み込むまで待つよう告げる。なにせ釣り針がないのだから、奥まで飲み込んでもらわないことには釣ることが出来ない。
湖に垂らした糸の先で、魚影がゆらゆらと揺れるのをじっと見つめながら、二人は声をひそめて囁き合っていた。
ランディーは釣りをしたことがなかったらしく、いたく楽しんでくれた。せっかくかかった魚が、木の枝の細さに負けて折れてしまい、結局釣り上げられなかった。
一匹も釣れなかったが、2人して地面に寝転んで笑い転げていた。
「ははっ……何やってんだ俺たち」
クリスティアンが膝を抱えて座り込み、額の汗を袖で拭う。釣り上げられるのでは?という期待に興奮して叫びまくったことで、息が少し上がっていた。
隣のランディーは、釣れなかったことで、もう近付くなとでも言うように、湖面に小石を投げながら、にこにこと笑っていた。
即席の釣り竿を脇に放り出し、クリスティアンとランディーは、湖畔の柔らかい芝生にどっかりと腰を下ろしていた。
黒髪が風に揺れ、赤い瞳が陽光を反射してきらめいている。やはりきれいな子どもだ、とクリスティアンはランディーの横顔を見つめながら思った。
「楽しかったよ。ルーパートじゃ、こんな遊びしたことないもの。いつも侍従とか護衛に囲まれてさ。王族には自由がないんだ。」
「……そっか。お前、王子なんだもんな」
クリスティアンはふっと息を吐き、膝に顎を乗せた。少し間を置いて唐突に口を開く。
「俺の家族さ、最近変なんだ。妹が急に刺繍を始めたかと思うと、刺繍を渡された父さまの病気が治ったり、母さまが急に若々しくなったりしてさ。みんな妹に夢中なんだ。」
ランディーの手がピタリと止まった。小石を投げようとしていた指が宙で固まる。少し驚いた顔をしてから、ゆっくりと口元を緩めて、クリスティアンを振り返った。
「へえ、妹さん?それって、加護縫いってやつじゃないかな?」
「加護縫い?なんだそりゃ。」
ランディーは投げる手を止めていた小石を投げて、湖面に小さな波紋を広げながら、静かに語り始めた。
「ルーパート王国ではね、それは加護縫いって言って、すごく特別な力なんだ。普通の刺繍職人が布に模様を縫うのとは全然違う。布そのものに、祝福や加護を『込める』ことができるのさ。」
「聞いたことねえな。」
「アンバスター王国には、加護縫いの使い手はいないからね。それこそ、ルーパート王国にしかいないんだよ。少なくとも、僕は他の国に加護縫いの使い手が現れたという話を知らない。」
「じゃあ違うだろ、ローゼンハイデン侯爵家に、ルーパート王国の血が入ったなんてことは、聞いたことねえからな。」
「だけど、それは間違いなく加護縫いだと思うよ。……それも、普通の人間じゃ絶対にできないレベルの、強い加護が扱える力さ。」
「なんでそれがわかるんだ?」
「ルーパート王国にだって、病気が治せるほどの加護縫いが出来る人間は、今はいないからね。病気が治せるともなると、それはとても強い加護だということになるんだ。」
クリスティアンは困惑して言葉が出なかった。
「……妹さん、うちの兄弟たち、というか、うちの兄弟たちの母君に、狙われるかも知れないね。強い加護が扱えるのなら。」
ランディーの言葉に、クリスティアンは眉を寄せた。
「なんでミリアムが狙われるんだよ?」
「ルーパート王国ではね。強い加護縫いの使い手は平民であっても立場が強いんだ。……特に強い加護を扱える女の子を妃にした王子は、国王に一番近い位置に立つことになるんだよ。」
「それがどうしたってんだ?」
「だって、加護縫いで作られた軍旗や兵士の服は、戦場でとんでもない力を発揮する。回復の加護なら負傷者が激減するし、身体強化なら最強の兵士ができる。それがどういうことかわかるかい?」
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