第15話 見かけない美少年
「凶作なら住民は貧窮し、買い物などできないはず。なのに商人が潤っている……?」
即座に現地調査を命じると、領主が実際の収穫を隠し、税を過少申告していたことが発覚した。
税金で領主一家が贅沢をし、それが商人を潤わせていたのだ。
アンナソフィアはこのことを国王に直訴した。すぐに過去に遡って追徴課税が決定し、本来の3倍の税金をおさめることとなった領主は支払い不能に陥り、領地没収と爵位を剥奪されることとなった。
この領主こそ、前世でミリアムの婚約者を奪った聖女アイリーンの父親だった。
父親が領地を奪われ、爵位を失い、没落したアイリーンは教会の修道女見習いとなり、貴族の子弟が通う学校へは行けなくなった。
運命が、静かに捻じ曲がった瞬間だった。
追徴された税金で王室財政が潤い、アンナソフィアには褒賞として長期休暇が与えられることとなった。
「──全員で別荘に行くわよ!」
まるで娘時代のような元気を取り戻し、若々しい声を上げたアンナソフィアの宣言で、ローゼンハイデン公爵家は、家族全員で初めての旅行に出ることになった。
一度も全員で足を運んだことのない、飛び地の領地の別荘は、アンナソフィアの実家、メイベリン侯爵領と隣接している。
それがきっかけで幼い頃から親しくなり、政略結婚ではあったが、幼い頃、そこで出会い、恋をして、最終的に恋愛結婚になった2人の思い出の土地だ。
公爵は仕事を家令をはじめとするほかの従者たちに任せ、まだ就学前の子供たち全員と、アレクシスの愛猫アレクサンドラを連れて、穏やかな日々を過ごした。
最初は慣れない場所に怯えていたアレクサンドラも、しばらく様子を見て、怖くないのだとわかった途端、アレクシスの隣で堂々と腹を見せて眠りこけている。
湖畔のテラスで、アンナソフィアはミリアムの隣に座り、優しく髪を撫でていた。
「今日もかわいいわね、ミリアム。お母さまの自慢の宝物よ。」
こんなことを言われる日がくるとは思ってもみなかった。ミリアムは恥ずかしそうに頬を染めながらも、満面の笑みで答えた。
「お母さまこそ、世界で一番お綺麗ですわ。私の自慢のお母さまです。」
するとローゼンハイデン公爵が眉を下げて2人見て言った。
「おいおい、ミリアムを独り占めするつもりかい?おいで、ミリアム。お父さまが狩りの腕を見せてあげよう。」
そこに、目を覚ましたアレクサンドラを抱いたアレクシスが割り込んでくる。
「ミリアム、僕と一緒にアレクサンドラと遊ぼうよ。」
家族に囲まれ、愛されるミリアム。その光景を遠くから見つめるクリスティアンは、苦い表情を浮かべていた。
ついこの間まで家族に無視されていたミリアムが、家族に取り合われるという異様な光景。胸の奥で、複雑な感情が渦巻く。
無視され、疎まれ、時にはローゼンハイデン公爵の体調悪化の原因のようにさえ言われていた妹。
それが今や、皆がミリアムを中心に笑っている。父親は優しく声をかけ、母親は髪を撫で、兄は楽しげに誘う。
クリスティアンただ1人が、ミリアムを取り巻く家族ハーレムの輪の中に入ることが出来ないでいた。
なぜだ?どうして急にこんなに変わったのか?自分は何も変わっていないのに。家族の輪が、クリスティアンを置いてきぼりにして広がっていくような気がする。
クリスティアンは幼い頃から、次男としての微妙な立場に苦しんでいた。長男のアレクシスは未来の当主として期待され、ミリアムもその破天荒さを見せるまでは、唯一の女の子として可愛がられていた。
自分は、ただの兄のスペア。予備。特別な才能もなく、目立つ功績もなく、家族の会話で話題になることも少ない。
ミリアムの変化が本物なら、ますます自分の存在が薄くなるのではないか?と。
誰も自分を必要としないのではないか?
そんな恐怖が、足を重くする。
だが、その瞳の奥には、怒りよりも不安と、そして羨ましさが色濃く浮かんでいた。俺と……と言いかけた声は震え、拳を握る手は白くなるほど力が入っていた。
羨ましい。悔しい。寂しい。心の中では叫びたい衝動が抑えきれなかった。心の底から叫びたい衝動が湧く。自分も家族の輪に混ざりたいのに、なぜ自分だけが外側にいるような気持ちになるのだろうと。
なぜ素直になれないのだろう。本当は、ミリアムにも近づきたいのに。家族の笑顔を、近くで感じたいのに。
気付けば家族から1人離れて遠ざかっていた。その背中がどこか寂しげに見えた。
一人で庭を歩いているうちに、気づけばメイベリン侯爵領に入り込んでいた。
木々の間を抜け、湖の畔に差し掛かると、そこに一人の美少年が立っていた。
黒髪に、見たことのない鮮やかな赤い瞳。上級貴族の正装に近い身を包み、気品が漂っているようにすら感じた。
メイベリン候爵家は全員赤みがかった茶髪に青い目だ。当然、この少年は彼らの子ではない。だが服装によって、ひと目で侯爵家以上の家の子どもなのだとわかった。
「お前、誰だよ?」
クリスティアンが警戒を込めて尋ねると、少年は臆することなく微笑んだ。
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