第14話 アンナソフィアの変化
「立ち話もなんですから、そこにお座りなさい。ちょうどお茶にしようと思っていたところです。」
「はい、ありがとうございます。」
ミリアムがソファーに腰掛けると、アンナソフィアは自ら茶器を手に取り、慣れた手つきで紅茶を淹れてくれた。香ばしい香りが部屋に広がる。
誰よりもお茶を入れるのが得意で、かつ趣味でもあるアンナソフィアが、侍女が運んで来た茶器を使って、手ずからお茶を入れてくれたのだ。こんなことは過去のループをかえりみても初めてのことだった。
巨大なテーブルの向こう側で、ミリアムが包を差し出すと、距離がある為専属侍女がそれを受け取り、アンナソフィアに手渡した。
包装を解いたアンナソフィアの目が、驚嘆に見開かれた。
「まあ……なんて美しい……。凄いわ……。」
アンナソフィアは素直に感嘆の声を漏らした。現れたのは、華やかでありながら優しい色合いの薔薇模様のハンカチだった。
金糸が光を反射し、花弁の一枚一枚が生きているように見える。
「これを、本当にあなたが?」
「はい。お母さまがお仕事でお疲れなのを、いつも見てて……少しでも元気になって、ずっとお綺麗でいてほしいって、願いを込めて刺繍しました。」
アンナソフィアはハンカチを手に取り、そっと撫でた。次の瞬間──淡い金色の光がハンカチから溢れ出し、アンナソフィアの体を優しく包み込んだ。
「こ、これは……?」
アンナソフィアの声が震える。疲れが一気に抜けていく感覚。
肌に血色が戻り、髪に艶が蘇る。頬のこけがふっくらと戻り、目の下の隈が消えていく。 侍女が慌てて手鏡を持って駆け寄って、アンナソフィアに手鏡を手渡した。
「奥さま、鏡をご覧ください!」
鏡を覗き込んだアンナソフィアは、自分の顔を見て息を呑んだ。
「これは……どういうこと?……肌が、髪が……まるで二十歳の頃の私に戻ったみたいだわ……!」
震える手で頬に触れる。信じられないという表情を浮かべていた。だが手に触れるなめらかな頬が、それを現実だと告げていた。
「加護縫い……というそうですわ。お父さまから聞きました。愛情を込めて刺した刺繍には、時に力が宿るのだそうです。」
「加護縫い……?ルーパート王国でしかできないとされるものだわ。あなたのお父さまも体調の為に探したけれど、叶わなかったものよ。それを……ミリアム、あなたが?」
「はい。私はお父さまもお母さまも大好きだから……その気持をこめて刺繍をしたら、力が宿ったみたいなんです。」
アンナソフィアはまだ信じられない様子だったが、目の前で起きた奇跡は否定しようがなかった。信じる他なかった。
ミリアムは微笑んで、そっと言った。
「お母さま、ずっとお元気で、美しくいてくださいね。ミリアムむはお母さまが本当に誇らしいです。お母さまのような強い女性になりたいです。いつまでも、私の目標でいてくださいね。」
アンナソフィアの目が、初めて柔らかく細められた。
「知らない間にあなたも立派なお姉さんになったのね、嬉しいわ、ミリアム。ええ、もちろんよ。お母さまはこの国のすべての女性の目標にならなくてはならないのだもの。」
そして、静かに微笑んだ。
「このハンカチ、大切にさせてもらうわ。ありがとう、ミリアム。」
「はい、ではこれで失礼致しますね。せっかく早くお帰りになれたのですから、今日はゆっくりとお休み下さい。」
「そうさせてもらうわ。でももう少し、お茶を飲む時間くらいは、私と過ごしてちょうだい。あなたとこうしておしゃべりする時間も、私にはなかったのだもの。」
「もちろんです!嬉しいですわ、お母さま。」
二人は紅茶を飲みながら、アンナソフィアの王宮での話を聞き、最近アレクシスが猫を飼ってもらえるようになった話をし、笑い合った。
久しぶりに訪れた、穏やかで温かな時間。 その夜、アンナソフィアは家族全員と夕食をともにし、様子の変わった長男に目を細め、元気になった夫に微笑み、幸せを噛みしめて眠りについた。
翌朝、目覚めたアンナソフィアは、体の軽さに驚いた。昨日よりも更に元気になっている気がする。枕元にはミリアムのハンカチ。
触れるだけで力が湧いてくる気がした。今日は男装で登城の日だ。
正装した胸ポケットにハンカチを挿すと、まるでそのために作られたかのように、華やかでいて控えめな女性らしさが際立った。
その仕上がりに、アンナソフィアはいたく満足した
「……やるわね、私の娘も。」
独り言を呟くと、初めて登城した日のような意気揚々とした足取りで、王城へ向かった。
その日から、アンナソフィアは変わった。 どれだけ仕事が遅くなっても、ハンカチに触れれば活力が湧き、疲れが癒される。美しさも日ごとに増していった。
アンナソフィアが再び、「アンバスター王国の薔薇」と呼ばれるのに、そう時間はかからなかった。
そして、長年手つかずだった税務書類に取り掛かった時、彼女は異変に気づいた。
何年も凶作を申告し、税免除を受けていたとある地域。その地域の商人たちが納める税金が、異常に多いのだ。
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