第10話 犬が逃げた理由と、ローゼンハイデン公爵の病気の理由
ミリアムはアレクシスの糸に手を伸ばしてみる。すると、
【ヒント:犬が逃げた理由と、ローゼンハイデン公爵の病気の理由】
と文字が現れた。
犬が逃げた理由が、まさかここに来て関係してくるとは。ミリアムは驚いて目を丸くする。
「ねえアリアドネ、どういうことだと思う?犬が逃げた理由と、お父さまの病気が、今回の事件に関係してるだなんて。しかもその鍵を握っているのが、アレクシスお兄さまだなんて……。」
ミリアムは空中に漂うアリアドネに小声で尋ねる。
「犬が嫌いなんじゃないッピ?」
とアリアドネが首をかしげる。
「犬が嫌い?でも、あの子はアレクシスお兄さまの犬だったのよ?……まさか、犬を逃がしたのが、アレクシスお兄さまだとでも言うの……?」
ミリアムがいじめたから犬が逃げたのだとされ、叱責されたことを思い出す。フワフワのウエーブがかった毛並み、小さな黒い瞳、可愛らしいたれ耳。あんな子をいじめたと思われたのが悔しくてたまらなかった。
「でも、犬が逃げたことと、お父さまの病気の関係なんてわからないわ。さっさと糸を引き抜いて、アレクシスお兄さまの口から語ってもらおうかしら。」
「まだ無理だッピ。もう少し相手を追い詰めてからじゃないと、引き抜けないッピ。」
アリアドネが流れ星が先端についたような杖をくるくると回しながら言う。
「そうなの?じゃあ、さっきもひょっとしたら引き抜けなかったのかしら……。というか、さっきどこに行ってたのよ。」
ジトリとアリアドネを睨む。
「知らないッピ!厨房でつまみ食いなんてしてないッピ!」
「つまみ食いでいなかったね。口の周りにクッキーの食べかすがついてるわよ。」
「ど、どこだッピ!?取ってほしいッピ!僕のフワフワの毛並みが汚れちゃうッピ!」
「嘘よ。……ていうか、あなたの体には嘘の糸が出ないのね。」
「僕はアテナさまの力を補助する精霊だッピ!そんなものは出ないッピ!」
「ずるっ!」
ミリアムは思わず大きな声を上げた。
「どうした?ミリアム。やっぱりお父さまのお膝でご飯を食べたいのかい?」
ミリアムに膝の上に乗せることを断られたローゼンハイデン公爵が、思い切り眉を下げて寂しそうにそう言ってくる。
「い、いえだいじょうぶですわ、お父さま。私ももう5歳ですもの。1人で食事を食べられるようになりませんと。」
「おお、そうかね、そうかね。ミリアムはかしこいな、しっかり食べるんだよ。」
とニコニコと相好を崩す。
もう少し相手を追い詰めるね……。ミリアムは思案する。
「アレクシスお兄さま、そういえば、犬が逃げてしまったのは残念でしたね。別の犬を飼いたいとは思いませんか?」
それを聞いたアレクシスがピクリと反応する。
「なんだい、突然。というか、君がそれを言うのかい?僕の犬を逃がしたのはミリアムじゃないか。」
「違いますわ!私は何も知りませんもの。」
「そう言えば、それを言い出したの、この間クビになったメイドだったな……。」
クリスティアンが思い出しつつ言う。
「そうですわ!エレナが私をおとしめる為に言い出したことです!私は何も知りません!」
「そうだったのか……かわいそうにな、ミリアム。よければ今度はお前の飼いたいペットを飼ってやろう。何がいいかね?」
ローゼンハイデン公爵がそう言った途端、アレクシスの眉がピクリと反応を見せた。
「お父さま……僕には尋ねもせずに犬を飼うことをお決めになられたのに、ミリアムには聞くのですか?」
「ミリアムは女の子だ。当たり前だろう。公爵家の嫡男が飼ってよいのは犬だけと決まっておる。前にもそう言っただろう。」
「……わかりました。」
はあ、とアレクシスがため息をつき、アレクシスにまとう虹色が一層強く輝いた。
「あの……ひょっとしてアレクシスお兄さまは、他に飼いたいペットがいたのですか?」
「僕は本当は猫が良かったんだよ。」
そう無表情に返すアレクシス。
「お父さま、でしたら私、猫がいいですわ!」
「──猫だけは駄目だ。」
ローゼンハイデン公爵が、ミリアムにデレデレになって以降、初めてピシャリとそう言った。
「なぜですの……?私、猫ちゃんがいいのです。アレクシスお兄さまだって、猫がいいとおっしゃっているではないですか。」
ミリアムがウルウルしてみせると、ローゼンハイデン公爵は眉を下げつつ、申し訳なさそうにした。
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