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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

救えなかった異世界ですが、せめてひと暴れはさせてもらいます。

作者: 25BCHI

――神なんざ、斬るために存在してる。


文明が崩壊し、神に喰われた世界。


火の中で剣を振るうのは、かつて“人類の救世主”たり得た男。


これは、すべてが滅んだあとに現れた、最後の《戦士》の物語。


神殺しのラグナ・クロウ、短編連作予定です。

シリーズ第1弾、はじまります。

 燃えていた。


 それは村の家々でも、倒れ伏した兵の遺体でもない。

 この世界そのものが──燃えているように、彼女には見えた。


 焦げた空気が、喉を焼く。

 灰色に染まった空から、微かに光が差す。それはもう“太陽”とは呼べないほど、鈍く滲んだ光だった。


「セリス様……っ、早く避難路に──!」


 少女が叫んだ。

 血塗れの顔。必死に立っているだけの年端のいかない少女。足元には、もう動かない仲間。


 セリス・ヴェルディナは剣を抜いた。

 柄に巻かれた王家の布は、すでにすすけ、焼け焦げていた。


「行きなさい。……私が、時間を稼ぐ」


 震える指先を、力で封じ込める。

 王家の姫など、もう意味を持たない。ただの人間。ただの剣士。それでも──


「……ごめんなさい。」


 少女は最後に一度だけ振り返った。

 セリスは、無言で頷いた。


 そして、振り向いた。


 ──そこには、“神”がいた。


 いや、本当は違う。


 あれは、かつて人だった。

 この村で、何度も話したことのある男だった。

 娘と妻を大事にしていた、小さな羊飼いだった。


 けれど今、彼は、神に喰われていた。


 眼はぐにゃりと滲み、左右の瞼が上下に入り乱れて瞬く。

 裂けた口元からは黒い煙が漏れ、頬の皮膚はただれて流れていた。

 首からは、まるで誰かが囁いているかのような声がいくつも漏れている。


 肉体の輪郭は膨れ、肩は骨の関節ごと逆向きにねじ曲がっている。

 なのに、その顔には──微笑が、残っていた。


「セリスさまァ……あなたは、選ばれているのです。救済の光を、受け容れてください。ああ、どうして抗うのです……?」


 声が、頭に響いた。

 肉声ではない。思考に、直接、囁きが食い込んでくる。


 神性。それは人を狂わせるだけではない。

 “理解”そのものを、ねじ曲げてくる。


「──っ!」


 セリスは、叫びとともに飛び込んだ。

 剣が唸る。

 刃が喉元に届く前に、“神の舌”が飛び出してきた。


 反射で身を翻す。空気が裂けた。頬に熱い血が走る。

 一瞬遅れれば、胴体ごと裂かれていた。


「抗うのですね……哀れな……だから人は、救えない」


「黙れ……! お前たちに、人の何がわかる……!」


 叫び、突く。斬る。退く。


 それは“戦い”ではなかった。“生き延び”だった。


 神の体が膨張するたび、空間が軋む。右腕が刃に変わり、瞬時に迫る。

 セリスは紙一重で跳び退き、足元の石畳を蹴り上げた。

 瓦礫が神の顔面に当たり、微かに体勢が崩れた隙に──喉元へ一閃。

 だが、刃は寸前で止まる。空間が捩じれ、異様な重力がセリスの剣を軌道ごと狂わせた。


 ……終わる。

 分かっていた。力も、時間も、限界だった。

 子供たちが逃げ切るには、あと数十秒。

 だが、もう身体が動かない。


 足元が、崩れた。


 ──そのときだった。


 ズンッ──! という重い音が、地面を叩いた。


 風が吹いた。

 焦げた空気が、裂けた。


 神憑きの顔が、突然、別の方向を見た。

 その瞬間、セリスも気づいた。


 ──何かが、近づいている。


 否。

 何者かが、歩いてくる。


 黒い。

 焦げた布をまとい、背丈のある剣を、引きずっている。


 それは、男だった。

 だが、人とも言い切れない。

 歩くその足元に、地獄がまとわりついているようだった。


 男は、神憑きの目の前で、足を止めた。


「……まだ、燃えてるのか」


 ぼそりと、呟いた。


 その声に、空気がざわついた。


 神憑きが、ひとつ笑った。


「おまえ……名は?」


「女を襲う化け物に、名乗る名なんてねぇよ」


 男はそう言い捨て、肩に担いでいた剣を、ゆっくりと構えた。


 刹那。


 剣が、神を断った。


 鋭い風鳴りが、閃光のように走った。


 踏み込みの一撃だった。

 男の動きには、いかなる余計もなかった。

 土を蹴り、腰を捻り、剣の重量と慣性を一点に集める。


 ──斬撃。


 空気が断たれ、大地が裂ける音が響いた。


 神憑きの腕が、爆ぜるように吹き飛んだ。

 あまりの速さに、セリスの目は追いつかなかった。


 脳が現実を処理しきれず、一瞬、時間が止まったように思えた。


 神が呻く前に、男はさらに一歩踏み込んだ。

 両手で剣を構え、胸のあたりに深々と突き立てる。

 黒い血が噴き出し、男の顔を染めた。


 だが、怯まない。

 剣を引き抜き、半回転──背面から、肩口を断ち割る。


 それは既に、人間の動きではなかった。

 殺意の塊。

 神性を斬るためだけに作られた、剣の動きだった。


「ぁ、が……あ……」


 神の声が乱れる。

 その存在は、絶対であるがゆえに、“傷”を理解していなかった。

 戸惑い、よろめき、意味を見つけようとした瞬間──


 男は、もう一度、振った。


 刃が閃き、胸元から腰へと深々と斬り裂く。


 骨ごと断たれた肉がずれ落ち、黒い瘴気が噴き出す。


 それは“技”ではなかった。

 ただ斬る。それだけ。


 だからこそ、圧倒的だった。


 ──その日、神は斬られた。


 倒れた神憑きの体から、黒い瘴気が溢れる。

 蠢く影が、逃げ出すように空へ舞う。

 それは形を持たず、ただ世界のどこかへと溶けていった。


 男は、息ひとつ乱さず、その光景を見ていた。

 剣を肩に戻すと、何事もなかったかのように背を向ける。


「……待って」


 セリスは思わず声を上げていた。


 それは、無意識だった。

 それでも、叫ばずにはいられなかった。


「あなたは……いったい、何者なんですか」


 男の足が止まる。

 半身だけ振り向く。その顔には、微笑にも皮肉にも似た線が浮かんでいた。


「何者か、ねぇ」


 空を見上げる。その目は、深い。


「この世界にはさ……何度も転がり込んでるんだよ。

 神を殺すために。……そう造られたんだ、俺は」


 セリスは息を呑んだ。


 “造られた”──その言葉は、あまりにも軽く発されたのに、背筋が冷たくなった。


「俺にとっちゃ、神も人も、大して変わんねぇよ。

 どっちも、いつか俺を殺しにくる。それなら……」


 男は一歩、歩き出した。


「……殺せる方を、先に殺すだけだ」


 それは、ひどく冷たい言葉だった。

 だがセリスには、そこに一滴の“熱”を感じた。


 戦いが好きなだけ。

 それでも、目の前の命は、確かに救われた。


「……あなたの名前を、聞いても?」


 最後にそう尋ねたとき、男はようやく止まり、肩越しに一言だけ返した。


「ラグナ。ラグナ・クロウ」


 そして、こう続けた。


「名なんて、いくつもあったが……今は、それで落ち着いてる」


 風が吹いた。


 焼けた空気の中に、微かに、冷たさが戻りつつあった。


 セリスはその背を、ただ見送った。


 血の匂い。灰の匂い。死と火と、それでも“生きている”者の背中。


 世界は滅んだ。


 だが、そこに歩く男は、まだ生きていた。


 そしてきっと──彼が生きている限り、

 この世界に“人間”の名は、残り続けるのだろう。


 ──彼はきっと、本来なら人類の救世主にでもなれる存在だった。

 既にその人類は、滅びかけている。

 それでも私は、その背中に“希望”を見た。


「……まだ、終わっていないかもしれない」と

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


本作は、文明崩壊後の終末世界で、“神殺し”の男が暴れまわる

剣と血と灰の《異世界バトル・ファンタジー》です。


彼の名は、ラグナ・クロウ。


かつて人類を救うはずだった男。

もう救うべき人類は、ほとんど残っていない。

それでも彼は歩き続ける――「神を殺す」ために。


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※次回作も構想中です。「敵が人型」や「神そのものとの対話」など、より深いテーマも予定しています。

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