突然の訪問者
「ど、どうしてキミがここに!?」
「ア、アハハハ……」
大晦日の夜に突然我が家に訪問する彼女。急な事態で困惑するが、さすがにこのままにはしておけないので……
「まぁ、取り敢えず入ってくれ」
急いで家の中に入るように促してやる。
「し、ししし失礼しままます!」
よっぽど寒かったんだろう。彼女はダッシュでお邪魔すると、サッカー選手並みのスライディングで滑り込むようにコタツへ足を突っ込む!
「すすすいません……寒かったもので、つい……」
「あ、ああ……それは別にいいんだが……あ、お茶を入れてやるから……いや、コーヒーがいいかな?」
「お、おおおかまいなく、ガチガチ……」
本当に寒かったのだろう。気の毒なくらいに震えている。それに今さらに気づいたのだが、頭の天辺には白いものが……どうやら外では雪が降っていたらしい。
「二人共お待たせ~! 特製年越し蕎麦が完成ですよ~!」
「お、タイミングがいいな!」
飲み物よりもこっちの方が暖まるはずだ。オレは娘を手伝ってお盆に乗っていた四杯の蕎麦を配る。
まずは妻の分だ。
「今年もオレ達を見守ってくれてありがとな」
汁を溢さないよう慎重に仏壇へ供えると、次は客人の彼女に娘……っで、最後はオレだ。
「うわぁ~! これ雫ちゃんが作ったんですか?」
「フフン、まあね♪ 天ぷらも私が揚げたんだよ」
娘の言う通り、確かに蕎麦には見事な竹輪の天ぷらが乗っている。ちなみに天ぷらが竹輪なのは単純に娘の好みだからだ。
「じゃあ、いただきま~す! ズルズル……ふぁ~美味しい! モグモグ……天ぷらもサイコーですよ雫ちゃん!」
「へへ~ん、どんなもんだい!」
仲良さげに食べながら話す二人。だが、ここでオレにはある疑問が頭によぎっていた。
「ところで、キミはどうしてここへ来たんだ?」
そう、オレは彼女がここに訪れた理由を知らないでいた。
「あ、それはですね……ズルズル……雫ちゃんが……ズルズル……」
本当にうまそうに食べてるな。
「お父さん、彼女は私が呼んだのよ……ズルズル」
「呼んだって……雫がか?」
「ズルズル……うん。コンビニの前でさ、お父さんがこの人と一緒に歩いていた話はしたよね?」
「あ、ああ……」
「じつはあの時、私は二人をこっそり尾行してたんだ」
「尾行!?」
何て行動的な十歳児!
「あ、ちなみに私はズルズル……雫ちゃんの存在に気づいてズルズル……ましたよ?」
「マジで!?」
「ハイ。後ろの方で小さな女の子がコソコソしてたから、ずっと不思議に思ってました」
……ぜんぜん気づかなかった。やっぱり若いから勘がいいのか?
「それでね、お父さん。ズルズル……二人が別れた後、私はそのままお姉さんの尾行を続けて……ズルズル……適当な場所で声をかけたの」
「ハイ、最初は新手の勧誘かなと思っていたらズルズル……課長の娘さんと言われて……ズルズル……ビックリしちゃいました」
どうでもいいが、説明する時に蕎麦をすするはやめて欲しい。
「それじゃあ何か? 娘とキミは今日たまたま知り合ったってことになるのか?」
「「そうそう……ズルズル」」
二人とも仲がいいな。
「なるほど。出会いの経緯はだいたい把握した。では、こんな年も押し迫って時間に彼女がウチへ訪れた理由は?」
今となっては手遅れ感ある質問だが、一応聞いておきたい。
「あ、それはですね……」
「待って、お姉さん。その先は私が話すから!」
「雫ちゃんが?」
「いいから任せて。お父さんの扱いは、娘の私が一番慣れてるからね!」
親を前にして慣れてるとは大きく出たな。まぁ、否定はしないが……
「私がお姉さんに声をかけたのは、お姉さんがお父さんをどう思っているかを知りたかったからなの」
「どう……って、娘は本当にそんなことをキミに訊いたのか?」
確認のために彼女へ視線を向けると……
「ふぁぐ、ふぁぐ」
竹輪の天ぷらを口一杯に頬張って喋れないのか、懸命に首だけで頷いてる。
「それでね。ちゃんとお話しようって流れになって、近くの喫茶店へ寄ったの」
「喫茶店?」
「うん。ケーキを奢ってもらったよ!」
「ケーキって、お前……」
舌で口元を舐め回す娘。よほど美味しかったんだな。
「雫ちゃん、三つも食べてましたもんね♪」
「エヘヘヘ……」
三つも……娘よ。まさか話にかこつけて、彼女にたかった訳じゃあるまいな?
「まあ、そんな話はさて置いて……私はお姉さんに訊いたの。『お父さんをどう思っていますか?』ってね」
「どう……とは?」
戸惑いながらももう一度彼女に視線を向けると、今度は何故か目を合わせない。
「ひゅーひゅー」
しかも、口笛を吹いて何かを誤魔化している様子……吹けてないのに。
「……お父さん、話聞いてる?」
「あ、すまん」
オレは慌てて娘に向き直す。
「でね、私は思い切って提案してみたの!」
「どう思っているかを、お父さんに直接言おうってね!」
「はぁーーー!?」
あまりにも突拍子もない発想に、オレは思わず声をあげて驚く。
「雫……お前なぁ……」
「私思ったのよ。人の気持ちというものは、きちんと言葉にして相手に伝えることが大事だってね!」
確かにそのかも通りだが、それは……
「じゃ、じゃあ何か? お前は彼女にその“気持ち”を言わせるために、わざわざここへ呼んだと言いたいのか?」
「うん、そう。だから……」
「ふざけるな!!」
オレは娘のあまりにも大人を舐めたやり方が我慢ならず、怒りに任せにテーブルを叩く!!
「お、お父さ……?」
「いい加減にしろ雫! お前は子供のくせに一体何を考えてる!?」
「…………!!」
場の雰囲気は一気に静まり返るなか、テレビからは知らない芸人の笑い声だけが空しく聞こえる。
「いいか雫? お前がオレのことを想ってくれるのはありがたい。だがな、その想いに他人を捲き込むことは絶対に許さん!!
それに、人が誰かに自分の気持ちを伝えるというのは、そんな思いつきでやらせるもんじゃないんだ!!」
「え、でも……私はお父さんのためにって……」
「何がお父さんのためだ! オレがいつ、どこで何をお前に頼んだ!!」
「だ、だって……だっで、わだじ……」
娘はオレの迫力怯えるが、だからといって簡単に看過出来るものではない!
現に、他人である彼女を巻き込んでいるのだから。
「キミ!」
「ハ、ハイ!」
声をかけられた彼女は、緊張した面持ちでこちらを見つめる。
「悪いが、帰ってくれ」
「え、でも……」
「いいから! これ以上は我が家の事情に首を突っ込まないで欲しい!」
「まっ、待って、お父さん! お姉さんは、ただ……」
「お前もお前で、大人に迷惑をかけるんじゃない!!」
「そ、そんな……お父さん……わ、私……私、う、ううう……うわあああ~ん!」
一目もはばからずにとうとう泣き出す娘。しかし、それで許してやる程今回の件は簡単ではない。
「あ、あの、課長……」
「ああ……そうだったな。もう遅いからこれを……」
オレはおもむろに財布から一万札を取り出すと、帰りのタクシー代として彼女へ強引に手渡す。
「あ、あの課長……」
「いいから、今日は帰ってくれ」
「で、でも、私……」
「頼むから……キミも大人なら状況を察してくれ」
とにかく、これ以上は彼女がここにる必要はない。だから無理矢理にでも追い出そうかと考え始めた頃……
「う、うう……ぜっがぐ、おどうどかいもうどが出来たのにぃ……」
娘のヤツ、まだ泣いてるな。まったく、何が弟に妹だ…………え? 今何て言った!?
「オイ、雫! お前、今何を言って……」
「弟か妹が出来たって言ったんですよ。雫ちゃんは」
「え……え!?」
背後に立つ彼女からそう言われた瞬間、オレは今年一番……いや、人生で一番に狼狽えることになる!