5 僕のパーティーにいてくれよ
きゅっと唇を結んで、誤魔化すように笑う。
「いや! ほんと、なんでもない。なんでも、なくって……」
聞けばいいじゃないか。なのに、なぜ誤魔化すのか。己の弱い心に、辟易する。聞きたくないからだ。答えを聞いてしまったら、そこで何もかも終わってしまうような気がして、怖いのだ。
友達だから。可哀想だから。それで満足できていたら、ファンリッタになんて、来ていない。
だからって、そんな、心まで弱くて、どうする。
ぎゅっと拳を握りしめる。
「なんでもなくなんて、ない。……頼む、リヒト。なんで、なんで俺なんだ? 俺は、パーティーに必要なのか? はぐらかささずに、教えて欲しい。どんな答えだって、受け止めるから」
「そんな焦る必要ないだろ、イノ。ほら、酒を飲みながらだって……っ」
「俺は真剣なんだよ、リヒト」
なんで、ファンリッタに来たのか。
ハッと息を吸い込んで、リヒトの顔を真っ直ぐに見つめた。
「……俺には、夢があるんだ。願うのもおこがましいような、大きな、大きな夢がさ。多分話したら、アルバとかイツキは、笑うかな」
リヒトはただ、黙って、真剣な顔で話を聞いてくれる。
「俺はね、Sランク冒険者になって、ギルド【白冬の夜明け団】に入りたいんだ。命の恩人がいてさ。ダルドフッド・メルベン。あの人の隣に立つのが、俺の夢」
「良い夢だね」
「ありがとう。だから、このままみんなにおんぶに抱っこで、荷物持ちとしての役割しか果たせないなら、きっと、パーティーの邪魔にもなるし……俺の成長にも、良い影響は生まれない。だから、正直に言ってくれ、リヒト。このパーティーに……俺の力は、必要かな」
「必要だよ」
即答だった。思いもしていなかった力強い返答に、息を呑む。
「同情ならいらない」
ムキになっているのか自分でも理解に苦しむが、とにかく反骨心を孕んだ返答が口からこぼれた。
「同情なんかじゃないさ。君は勘違いをしているよ、イノ。僕は、優しくもないし、強い人間でもないさ。むしろその逆。どこまでも強情で、強欲。だから……これは別に君のためじゃないんだ」
リヒトはしたり顔でこちらに指をさすと、「コルタノット・イノセント」と厳かな声で俺の名を呼んだ。
「”僕”の夢を叶えるために、君の力が必要だ。だから、君がよかったら、僕のパーティーにいてくれよ」
「……リヒトの、夢?」
「ああ。……まだ、詳しくは言えない。ごめんね。きっといつか、話すから、それまで待っててよ」
ああ、クソ。
……こんなにも心を躍らされて、阿呆みたいだ。嬉しくて笑みを隠せないぐらいニヤニヤしちゃってるの、ほんと俺、チョロすぎる……。
「いや、大丈夫。じゃあ、まだもうちょっと、お世話になるよ。力になれるよう、俺だって頑張るし」
「ああ。心配させたね、イノ。ごめん」
「いいって、別に」
リヒトは楽しげに歩き出す。数歩後ろをとぼとぼ着いていく。
「ただ、僕にはね、たくさん夢があるんだ。例えば、アレ」と指先を向けたのは、パンケーキ屋だった。シロップとか、フルーツ、バターだとか。どれもファンリッタでは手に入らない輸入品だから、わりかし高価な嗜好品だった。
甘い甘い夢をぎゅっと詰め込んだ宝石箱みたいなデザートで、ブルジョワには人気。
「ああいうのを、好きなだけ食べたい。何にもしばられなくらい、強くなりたいんだ。あとは、みんなともう少し仲良く慣れたらって思うけど、どうだろ。……俺、才能ないんだ。みんなをまとめる力、っていうのかな。それも、夢の一つ」
「いいね。……良い夢だ。そうだ、Aランクになったらさ、みんなで食べにこよーよ、パンケーキ。アルバとかも誘ってさ。来ないかもしんないけど、俺が引きずってでも連れてくるから」
言うと、ぷはっと吹き出すようにリヒトは笑った。腹を抱えて笑うリヒトの姿なんて、珍しい。
「なんか笑う要素、あった?」
「いや、ごめん……イノがアルバを引きずってる姿、想像したら、なんか面白くってさ」
「それ、俺が弱いこと馬鹿にしてないか!?」
「違う、違うって! それに、イノは、弱くなんかないさ。むしろ、その逆だよ」
リヒトは空を見上げた。俺には無機質に見えるあの黒い空も、リヒトには輝いて見えるのだろうか。
「もし、あの黒い空から、魔物が雨みたいに降ってきて」
「なんだよ、そのキモい設定」
茶化すように笑う。
けれど、リヒトは真剣な声で続けた。
「それでこの世界に、魔物が溢れかえったとしたら」
どんな表情を浮かべているのか。後ろからではうかがえなかった。
「そのとき生き残るのは、イノ」
ふと、リヒトが俺を振り返る。目があった。あまりにも哀しげな表情をしているから、つい言葉を失った。なんだよ、その顔。
「君の方だと、思うんだ」
「なんだよ、それ。意味分かんないし。なんで、俺の方なわけ?」
「……なんでも。さあ、肉を食べに行こうか。もう腹ペコアオムシだよ」
ああ、また、はぐらかされた。
……ま、いいけど。今は、誤魔化されていても別に良いさ。
「てゆーか」足早にリヒトの背を追いかけて、その元気のない背を叩いた。「腹ペコアオムシって、なんだよ」