2 リバイバル
「――汝らに神の加護を与えん……ッ! 【奇跡の加護】!」
第三迷宮【リガイン神殿】、17層。
宝に誘惑された愚かな冒険者が陥る、とめどなくモンスターが湧いてくる『トラップルーム』にて、爽やかな男の声が響き渡った。
腕に光の紋様が浮かび上がる。ぬかるみに浸かったように重たい体が、すっ、と軽くなった。体から疲労感が抜けていく。鍔迫り合いになっていた骸骨騎士の剣を、なんとか押し返した。
「し、死ぬかと思った……」
息が切れる。
キ、キツイ……。いや、俺にはレベルが合ってないっていうか……。
「イノ、ボサっとしてないで! 前、前っ!」
甲高い女の声に急かされるように顔を上げ、「ひぇっ」と情けない声が漏れた。咄嗟に屈み込むと、上空から剣が空を裂く音が聞こえてくる。
死ぬ、まじで死ぬ……無理、無理無理無理っ!
「だぁれだよまじでっ! こんな雑魚連れてきたのはッ! くそったれがぁぁああッ!」
太い男の咆哮が、10畳ほどの部屋に響き渡る。
パーティーの要であり、最前線を切り開く勇敢な男、【餓狼の戦士】アルバ。
【戦の神】と契約を交わし、【餓狼の書】なんて魔導書《物語》を所有している彼は、街ではいずれ勇者と肩を並べる存在になると有名だ。
彼は腰を抜かす俺に指をさすと、「追放だ! 帰ったらぜってぇに追放する! 今夜こそだぜ!」と怒鳴り散らす。
「そう言って……毎回リヒトにはぐらかされてんじゃん……?」
嫌味な言い方で棘を刺したのは、【陽炎】イツキだった。彼はいわゆる暗殺者で、幻影魔法や目の錯覚を利用するトリックスター。パーティーの最大火力だ。
「うるせぇイツキ! つかテメェ、さっさと裏取れやアホ!」
「はぁ? トラップルームみたいな狭くて敵が密集する空間では、暗殺者はいわゆる”死に役”なんすけど? だったら後方支援に回んのがベストって、普通に考えたら分か……って、アルバには無理か! ハハ!」
「アルバ、イツキ……少し黙れ。今は目の前の敵に集中しろ!」
一喝するのは我らがリーダー、【付与術師】のリヒトだ。温厚で誰にでも優しくて、俺をパーティーに誘ってくれたのもこいつ。外からの評価はぶっちゃけ『リーダー』って程度で、アルバやイツキには劣る印象を受けるが、れっきとしたパーティーの支柱だ。
アルバもイツキも、それを理解している。圧倒的リーダー。だから、みんなリヒトには必ず逆らわない。
「イノッ!」
尻もちをつく中すかさず追撃してきた骸骨剣士と鍔迫り合いになる中、俺の名を呼ぶリヒトと不意に目があった。
「……耐えられるな?」
「耐えるだけなら……!」
「よし……」
体の奥底から力が湧き上がる。
リヒトのバフ魔法は、不思議だ。俺は、彼が詠唱する姿を見たことがない。魔法名を唱える姿も、使用する素振りさえ。
彼の言葉がそのまま、すっと力に変わるような、不思議な感覚。
「アルバの消耗が激しい! ココナはすぐにヘルプに回って!」
「う、うん! わかった!」
「ヒルデ、詠唱が終わるまでは僕が君を守る! だから、信じて魔法を貯めて! 君の最高位の光魔法で全てを破壊する!」
「ほんと、頼りになるわね……っ!」
指揮者のように指を繰り、あちこちに檄を飛ばすリヒトの後ろ姿に思わず羨望する。リヒトは、凄い。みんな彼を過小評価しているが、多分、リヒトは英雄の生まれ変わりかなんかだと思う。アガリアでも見たことがない、本物の天才。
故に思う。……なんでだろう。リヒト、なんで君は、僕みたいな凡夫をこのパーティーに招いたんだ?
いつか、教えてくれるのかな。
「【聖なる光】ッ!」
ヒルデの叫びが耳をつんざくと同時、目に寄り添うような優しい光が部屋中を埋め尽くした。
対アンデッド特攻魔法。目を開けると、弾け飛んだ灰がぱらぱらと、光の残滓を浴びてきらめいていた。
「……やったな」
アルバがリヒトを振り向いて頷く。
「きっかり5分……。うん、【第三迷宮】トラップルーム、攻略完了だ」
◇
「すげぇ……あれ、リバイバルじゃね?」
「やっべ、今日たまたま酒場来て良かったぁ……」
「やっぱ、オーラからちげーよな」
「でも、なんか……雰囲気、悪くね?」
エルメールの酒場。
周囲のパーティーから受ける好奇心まみれの視線の中心で、俺達は酒を一杯ずつ頼んで思い思いに行動していた。
イツキは目を伏せてダガーを磨き、ココナは難しそうな顔で報酬の銭を数え、ヒルデは学術本とにらめっこ。
アルバに至ってはそそくさと荷をまとめており、今にも席を立ちそうな勢いだ。
酒場に来たというのに、誰も口一つ発さないあまりにも険悪なムード。
これが、俺達リバイバルのいつも通りだ。ギルドで報酬を受け取り、その分け前を分配するために酒場を利用して、酒を一杯飲み干したら即帰宅。
……っていうか、アルバ、もう荷物抱えて立ち上がっちゃったし。
「……アルバ。今日は、一緒に飲もうよ。せっかく、目標も達成したんだし」
困った笑みでリヒトが声を掛ける。アルバはといえば、その仏頂面を変えるつもりはないらしい。
「仲良しこよしがパーティーってわけじゃねぇだろ。俺には無駄な時間だ。帰って、少しでも剣の腕を磨く」
取り付く島もなさそうだ。と思ったら、急に首だけを振り返らせて、リヒトを見つめた。
「今日の戦闘、間違いなくイノは足手まといだった」