意地悪ばあさんのレベルがあがりました。7
次の週末、陣内はまたチエの家にやってきた。
今回は山田解体業へ乗り込むためだ。
チエは鎌とシャベルを陣内の軽トラの荷台に放り込んだ。陣内はリュックに虫取り網、ノート、封印石と封印鏡の欠片を詰め、スマホで山田解体の住所を再確認していた。
「じん、準備できたか? 山田解体まで15キロだ。運転は大丈夫か?」
「道案内してもらえれば……。なんせ田舎は道が入り組んでるんで。都会っ子じゃわかんねえんすよ。」
「じんの【嫌味ブースト】は効果ねえなあ」
「スキルないからただの嫌味にしかなりませんかねえ」
「いや、ただの事実だろ。じんは方向音痴ですって、ね。」
【嫌味ブースト発動! 陣内のスキル効果+10%、3ターン継続】
「えぇっなんで今【嫌味ブースト】かけるんですか! ――あ、@OccultSenninに欠片の写真送った、返信来てますよ。『残りの欠片、絶対集めて。1個でも足りないと封印失敗する』って。儀式の呪文もPDFで送ってくれました!」
陣内が軽トラの運転席を開け、持っていたスマホをチエに渡す。
チエはそれを受け取ってから、シートベルトを締めてスマホをのぞき込んだ。
DMにはたくさんの文字が書いてあるが、老眼のチエはすぐに読めない。スマホを返しながら毒づく。
「呪文ねえ。婆さんがラップみたいに読み上げればいいのか? 」
「山沢さんがラップしてるのちょっと面白いかもです! 儀式の動画、Xに上げたらバズりそうっすね!」
「そんなんでバズりたくねーな……それに、バズる前にゴミ捨て野郎をぶっ飛ばすのが先だ。行くぞ!」
軽トラがガタガタと細い道を走り出し、朝の田園風景を抜けて山田解体へと向かった。
道中、チエはタブレットでXをスクロールし、山田解体に関する投稿をチェックした。
「『山田解体のトラック、夜中に変な荷物運んでた』…『裏山でゴミ見つけたけど、解体業のロゴ入ってた車が捨てていった』…なかなか怪しい書き込みが多いようだな」
陣内はハンドルを握りながら、チラリとチエのタブレットを覗いた。
「かなり怪しいっすねえ。ロゴ入りの車とゴミって証拠になりませんかね。」
「それを撮影して、ネットに晒すか〜」
「お、それいいかもですね。儀式といい、一部でバズりそう。てか、@OccultSenninが言ってた儀式、準備どうします? 満月も近いし、湧き水と粗塩、白い布、今日中に揃えたいっすよね。」
チエは少し考え、手元のタブレットを叩いた。
「帰りにスーパー寄る。塩と布はそこで買える。湧き水は裏山の沢でいいだろ。問題は欠片だ。山田解体が持ってる可能性、でけえからな。」
チエは陣内の荷物から、封印石の欠片の数を確認した。
「封印石、あと3つ。封印鏡、あと1つ、か。」
「今日、見つかれば満月の23日までに儀式間に合いますね!」
「満月か。オカルトっぽくて嫌いじゃねえな。」
チエがニヤリと笑った、
30分後、軽トラは山田解体の敷地から少し離れた林の前に停まった。
会社は田んぼと林に囲まれた寂れた工業地帯にあり、錆びた鉄骨や廃材が山積みの広場が目に入った。事務所はプレハブで、入口には「山田解体株式会社」と書かれた看板が傾いて掛かっている。黒いバンが2台、広場の隅に停まっていた。
「ほら、じん。例のバンだろ。あのステッカー、『解体業』って書いてある。コンビニの防犯カメラに映ってたのとかなり似ているな」
チエが鎌を手に、山田解体株式会社のロゴの入った黒いバンに近づく。明らかに見覚えのある外見だ。
陣内は虫取り網を握り、リュックからスマホを取り出した。
「写真撮ります! これも証拠っすよね!」
チエは周囲を見回し、広場の奥にゴミ袋が積まれた一角を見つけた。
「おい、じん。あそこ、黒いビニール袋が山盛りだ。チェックしに行くぞ。」
二人は事務所の目を避け、廃材の陰を縫ってゴミ袋の山に近づいた。袋はコンビニと同じメーカーのもので、中には石やガラス片らしきものがチラリと見えた。
「山沢さん、これ、絶対封印石っす! 【鑑定】します?」
「待て、じん。誰か出てこないか確認しよう。バレたら面倒だ。」
チエが鎌を低く構え、事務所の窓をチラリと見た。
人影はないようにみえる。休日だからだろうか。
チエが陣内に目配せすると、頷いて袋に手をかける
「袋は全部で12個ありますね。全部チェックしたいけど、時間かかりそ―――」
「しっ! 誰かくるっ!」
チエの声に、陣内は自分の口を押さえる。チエは陣内の腕を引っ張り、慌てて物陰に隠れる。
事務所のドアがすーっと開き、存在感の無さそうな作業着姿の男が出てきた。見た目はこれと言って特徴がない男。40代くらいで、帽子を深くかぶり、コンビニの防犯カメラに映っていた男に似ている。
「いないかと思ってました……」
「あの存在感のうすさは、もしかしたら何かのスキルかもしれねえな」
男はゴミ袋の山に近づき、袋をトラックの荷台に放り込み始めた。
「山沢さん、欠片全部持ってかれちゃいます……!」
陣内が焦って囁いた。
チエは舌打ちし、鎌を握り直した。
「くそっ、じん、【鑑定】だ。あいつのレベル、チェックしろ。戦うか、尾行するか、決めるぞ。」
陣内は手を振って【鑑定】を発動。男の頭上にウィンドウが浮かんだ。
【人間:山田靖夫(Lv.8)】
HP:120/120
攻撃力:20
防御力:15
特技:ステルス ゴミ隠蔽(不法投棄の痕跡を隠す)
職業:解体業者 山田解体の社長
「山沢さん、レベル8! HP120で、特技がステルスとゴミ隠蔽! ゴミ隠蔽なんて、明らかに怪しいゴミ捨ててますよね」
陣内が興奮気味に囁いた。
チエはニヤリと笑い、鎌を肩に担いだ。
「レベル8か。私のレベルの方が上だな。だからステルスで存在感薄くても気づけたのかもしれんな」
「じん、援護準備しろ。【嫌味ブースト】でバフかけてやる。」
「了解! でも、戦うならバレないようにしないと…。」
「じんの方がレベル低いが、存在感のなさならステルスに勝てそうだな」
「うぇっ、酷い!!」
【嫌味ブースト発動! 陣内のスキル効果+10%、3ターン継続】
チエはゴミ袋の陰に身を隠し、男に近づいた。そして、わざとらしく咳払いをして声を張った。
「おい、そこのおっさん! なんでこんなゴミ、うちの裏山に捨ててんだ? 」
男はビクッとして振り返り、チエを睨んだ。
「なんだ、婆さん? ここは俺の敷地だ。ゴミの話なら、知らねえよ。」
陣内はゴミ袋の陰で【鑑定】を発動。目の前の袋から封印石の欠片1つと封印鏡の欠片1つを確認した。
「山沢さん、欠片、ありました! この袋、確保っす!」
「お前ら、勝手にゴミ漁ってんじゃねえ! 出てけ!」
男は陣内の動きに気づき、ポケットからナイフを取り出した。
チエは鎌を構える。
「じん、袋持って下がれ。こいつは私がが片付ける!」
男がナイフを振りかざし、チエに突進。チエは軽やかに身を翻し、鎌でナイフを弾いた。
【チエ:防御成功! ダメージ0】
陣内はゴミ袋をリュックに詰め、虫取り網を手に男の背後に回った。【弱点解析】を掛けるが、チエとの戦いで気がついていない。おそらく嫌味ブーストの効果であろう。【弱点解析】もいつもより早く解析出来たようだ。
「山沢さん、弱点見つけました! こいつのナイフ、握力が弱いっす! 腕狙えば落とせます!」
「ナイス、じん! 腕だな!」
チエはニヤリと笑い、鎌を低く構えた。チエが鎌を振り上げ、男の右腕を狙った。
【クリティカルヒット! 山田に80ダメージ! ナイフを落とす!】
男は叫び声を上げ、ナイフを地面に落とした。チエはすかさず男の足を鎌で払い、転ばせた。
【追加攻撃! 山田に30ダメージ! HP:10/120】
男は地面でうめき、逃げようとしたが、陣内が虫取り網で男の足を絡め、動きを封じた
「山沢さん、確保っす! 」
「よし、よくやった。そのまま男が動かないようにするんだ」
「えいっ、と。紐で縛り上げたんで、このまま動けないはずです。」
チエは鎌を男の首元に近づけ、ジロリと睨んだ。
「おい、ゴミ野郎。封印石の欠片、どこだ? 全部吐け。さもないと、この鎌でこのジャージみたいにズタズタにしてやるぞ。」
チエの息子のお下がりジャージは、確かにズタズタになっていた。息子が使い込んでいたせいで、今の戦闘はあまり関係ないが。
しかし、あまりのチエの凄みに男は震えながら、トラックの荷台を指した。
「あ、あそこ…袋に…全部、捨てるつもりだった…。」
陣内は黒いバンのトランクを開け放ち、ゴミ袋をチェック。封印石の欠片2つを確認し、リュックに詰めた。
「山沢さん、欠片、揃いました! 封印石10個、封印鏡5個、全部っす!」
チエは男を一瞥し、鎌を下ろした。
「じん、こいつ、警察に突き出そうぜ。ゴミ捨ての証拠、たっぷりあるだろ。あと、必要な石と鏡の欠片以外は警察に引き取ってもらおう。」
陣内はスマホで写真を撮り、Xに投稿を開始。
「『山田解体の不法投棄、ガチ証拠ゲット! 』…これ、バズりますかね!」
「バズらなくても、動物を魔物化させる怪しい石がなくなるのが一番だがね。まあ、警察だけじゃなく、社会的にも罰されて欲しいところだな。」
男はうなだれ、抵抗する気力を失った。チエは軽トラに戻り、鎌を荷台に放り込んだ。ついでに荷台に乗り込み、大の字2転がる。
「じん、警察呼んでおけ。ババアはすこし休憩させてもらうよ。どうせ警察とかお上は被害者ですら、事情聴取が長いからな。」
警察が到着し、山田を連行。ゴミ袋と黒いバンの荷物は証拠として押収された。チエと陣内は事情聴取を受けたが、不法投棄の告発者として扱われ、思ったよりすぐに解放された。実は以前に、裏山の不法投棄について警察に相談していたのだ。その時の事情聴取の長さから上記の発言となったのだが、短く済んでも文句と嫌味が口から流れ出ていて、陣内を苦笑いさせていた。
チエの家に戻ると、陣内はノートに今日の成果を書き込んだ。チエは冷えた麦茶と鬼硬煎餅を出す。
「封印石10個、封印鏡5個、確保。山田逮捕。儀式の準備、残りは湧き水、塩、布。…山沢さん、めっちゃ順調っすね!」
チエはソファにどっかり座り、ステータスウィンドウを開いた。戦闘で経験値が溜まり、レベルが上がっていた。
【チエ:レベルアップ! Lv.16 → Lv.17】
新しいスキル:【威圧オーラ】(敵の攻撃力を10%減少、3ターン継続)
「へっ、【威圧オーラ】か。ゴミ野郎ビビらせんのにピッタリだな。じん、お前もレベル上がったろ?」
陣内はウィンドウをチェックし、ニヤリと笑った。「Lv.7っす! スキルに【証拠収集】追加! ゴミの証拠、もっとバッチリ集められそうっす!」
チエはタブレットを手に、@OccultSenninにDMを送った。
「欠片、全部揃った。儀式の呪文、詳しく教えろ。23日の満月、間に合うぜ。」
陣内はスーパーで買った粗塩と白い布をテーブルに並べ、裏山の沢から汲んできた湧き水をボトルに入れた。
「山沢さん、準備バッチリっす! あと5日、儀式まで何します?」
「何って? 裏山の見回りだ。ゴミ野郎の仲間が報復に来ねえとも限らねえ。じん、お前は仕事があるだろ? 私ひとりで充分だ」
「えっ…ひとりで大丈夫ですか」
「私はレベル17だそ? ……あーだから、それまでちゃんと力を蓄えとけよ。じんには当日に頑張ってもらうからな」
「わかりました。当日にまたきますね。気をつけてください、無理しないでくださいよ?」
陣内は何度も振り返りながら、軽トラで帰って行った。
満月の夜の儀式にまで、裏山の祠は静かに月光を待っていた。