意地悪ばあさんのレベルがあがりました。5
チエと陣内は、ゴミ袋を手に裏山を下りながら、沈む夕陽を背に家へと向かった。チエの鎌は肩に担がれ、陣内のリュックからは封印石と封印鏡の欠片が入ったビニール袋がチラリと覗く。獣道の雑草を踏みしめる音と、遠くで鳴く鳥の声が、戦いの余韻を静かに包み込んでいた。
チエはさっきまで鎌で大活躍した自分の右手を眺め、それからステータスウィンドウを確認した。
【山沢チエ】
種族:ヒューマン 年齢:65歳
レベル:16 (経験値:1750)
スキル:【嫌味ブースト】
アイテム:【魔獣の牙】(未装備)
「ふん、レベル16か。ネズミ10匹で結構経験値が入ったな。」
チエが手を振ると目の前のステータスが消えた。まだまだステータスの仕組みもよく分からないなと呟く。
隣を見ると陣内もスキルボードを見ながら、自分のスキルを確認しているようだった。
その陣内がぱっと顔を上げ、でチエの方に振り向いた。キラキラした表情で、いいものをみつけた子供のような顔だ。
「山沢さん、俺の新しいスキル、試していいですか? 【魔獣の牙】と鎌を貸して下さい」
「ほう。じんの新しいスキルか。」
「これです。えーと、スキル【アイテム合成】!!」
陣内の手元で【魔獣の牙】と鎌が赤い色の光を放った。【魔獣の牙】が液体となり、鎌に染み込むように合成されていく。
「おぉぉぉ……!」
「自分でやっておいて、驚きすぎだな」
「まさにファンタジーですよ! はい、山沢さん。どうですかね?」
チエは鎌を受け取る。見た目は色が変化して鎌先がやや赤みががったことと、使い古した鎌だったがちょっと綺麗になったくらいか。大きさや重さは変わらない。
ブンブンと振り回すと、手のひらにフィットする感触がした。ふと、ステータスボードを開く。
【山沢チエ】
種族:ヒューマン 年齢:65歳
レベル:16 (経験値:1750)
スキル:【嫌味ブースト】
装備:【魔獣の鎌】攻撃力+18 すばやさ+25
「お、【魔獣の鎌】だと。攻撃力とすばやさが上がっているな」
「やった! 【アイテム合成】成功ですね! また【魔獣の牙】が手に入ったら、合成しましょう」
「そうだな、じんの武器も必要だしね」
喜ぶ陣内の隣で、チエはしばらく鎌を素振りしながら帰路を歩く。陣内は「次は動画で【アイテム合成】撮ってネットにあげようかな」など呟きながらスマホを覗き込む。
スマホに夢中になるあまり、時折草むらに足を取られてよろける陣内に少し笑う。
チエが鎌を軽く振りながら口を開いた。
「なぁ、じん。今回のことで一つわかったぞ。」
「え、なんすか? その鎌の使い心地ですか?」
「いや、【アイテム合成】もそうだが、お前の【弱点分析】も地味に使えるってことだ。尾っぽ狙えなんて、全く思いつかなかった。」
陣内は照れくさそうに頭をかき、スマホを手に取った。
「へへ、そりゃどうも。でも山沢さん、めっちゃ強かったですよ! あの鎌の振り方、ヤバすぎ…。やっぱりレベルアップ効果なんですかね。」
「あー、レベル16ってのは強いんかね」
「まあ少なくとも俺より強いですからね。―――てか、Xにさっきの投稿、めっちゃ反応来てますよ!」
陣内がスマホを見せると、チエは老眼鏡をかけ直し、画面を覗き込んだ。彼の投稿『神社でヤバい石見つけた。封印石の欠片って出たんだけど、誰か知ってる?』には、すでに数十件のリプライがついていた。
「『それ、呪物じゃね? 燃やさず専門家に相談しろ』…『うちの近くの神社でも似た話あった! 動物でかくなった』…ふん、案外こういう話、珍しくねえのかな?」
チエが眉を上げた。
「ですね! なんか、『封印石は異世界の魔術師が作った』とか、書いてる人がいるな。プロフィール見ると、異世界帰りの呪術処理専門家、だって。試しにリプくれたこの@OccultSenninって人にDMしてみます? 」
チエは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「異世界とか呪物処理ってかなり胡散臭いな…まぁ、いい。すでにリアルがファンタジーになってるわけだしな。DMしてみな。本当に変な奴だったら即ブロックするだけだ。」
「了解っす! 」
陣内が笑いながらスマホを操作し、DMを送信した。
家に戻ると、チエは玄関の鍵を開け、陣内をリビングに通した。テーブルの上には、さっきの麦茶のピッチャーがまだ置いてあり、チエは新たに煎餅の袋を開けて陣内に放った。
「ほら、腹減っただろ。食いながら次の作戦考えよう。」
陣内は煎餅を齧ろうとして、あまりの固さにびっくりする。どうにかひとかけら齧ってもぐもぐとする。袋には鬼硬煎餅と書いてあった。目の前のチエは普通にパリパリとたべている。
陣内は少し首を傾げてから、ノートに今日の出来事を書きなぐった。
「で、山沢さん。封印石と封印鏡の欠片、ひとまず家で保管っすか? それとも、どっか安全なとこに預けます?」
チエはソファにどっかり座っている。彼女のステータスウィンドウが一瞬光り、【嫌味ブースト】の詳細を確認しているようだった。
「保管ねえ…」
チエはステータスウィンドウを手を振って消し、考え込んだ。
「この家、物置に古い金庫があるんだ。夫の親父さんが昔、農協の金でも隠してたのか知らねえが、頑丈なやつだ。あそこに入れとけば、ネズミも食わねえだろ。」
「それがいいですね! じゃあ、明日、金庫にぶち込みましょう。あと、裏山のゴミ、また増えないように監視カメラとかつけます?」
チエは鼻で笑った。
「監視カメラ? そんな金ないよ! 見回りして、不法投棄のバカどもを追い払うしかないかな」
陣内は笑いながら、ノートに「監視カメラ案」「金庫保管」とメモを追加した。
その時、陣内のスマホがピロンと鳴った。@OccultSenninからのDMだ。
「山沢さん、返信来ました! ちょっと読んでみますね。」
@OccultSenninのDM
「封印石の欠片と封印鏡の話、動物の魔物化に関係しているかもしれない。異世界の封印術の一部で、魔力を閉じ込めるためのアイテムだよ。欠片が散らばると、魔力が漏れて周辺に異常現象が起きる。燃やすのは最悪の選択。魔力が拡散して、もっとでかい魔獣が生まれる可能性がある。欠片は全部集めて、特定の儀式で再封印する必要がある。俺、正体は明かせないけど、その封印石があった異世界から帰ってきたんだ。ちゃんと説明できないから、どう考えても怪しい奴でしかないだろうけど、信じて欲しいとしか言えない。最近起きてる動物の魔物化を止めたいだけなんだ」
陣内がDMを読み上げると、チエは眉をひそめた。
「儀式ねえ…。またオカルト板みたいな話だな。こいつ、信用できんのか?」
陣内はスマホをスクロールし、@OccultSennin
のプロフィールと過去の投稿をチェックした。
「投稿見ると、異世界だとか封印だとかの話ばっかで、一見ヤバイ奴ですけどね。……まぁ、DMだけで話す分にはリスクないっすよね?」
チエは煎餅をバリッと噛み砕き、頷いた。
「なら、話だけ聞いてみるか。異世界だとか胡散臭いけど、実際に目の前にステータスボードだとか魔獣の牙とかあるわけだしなあ。ただのホラ吹きだとしても、その儀式とやらをやらないよりやってみるだけならタダだろ。じん、どんな儀式か、ちゃんと聞き出せ。」
「了解しました! 今、返信します!」
陣内がDMを打ち始める中、チエは「ステータスオープン」と呟き、ステータスウィンドウを開いた。【嫌味ブースト】の効果を試すため、試しに陣内に嫌味を飛ばしてみる。
「おい、じん。煎餅の欠片、床に落とすんじゃねえぞ。婆さんの家、ゴミ屋敷じゃねえんだからな。」
【嫌味ブースト発動! 陣内のスキル効果+10%、3ターン継続】
陣内はクズを拾いながら笑った。有名な鬼硬煎餅なのに、握ったせんべいの欠片は一瞬で粉になり、ごみ箱へさらさら落ちていく。
「うわ、スキル発動した! 山沢さん、これ、戦闘中に使ったらバフめっちゃ強いっすね!」
「くくっ、婆さんの嫌味は武器になるってことか。あはははははは。」
「じゃあ、たくさん嫌味言ってくださいねー!! あー疲れた……このまま寝ていいですか?」
「―――ここに泊まるってことか?」
「もうこれ以上、動けない……から……ふぁ……」
喋りながら目を閉じた陣内は、そのまま寝息をたてていた。
その顔はかつて眺めていた子どもたちと同じ、幼い寝顔であった。なぜだか可愛かった末の娘によく似ていた。チエも知らず知らずのうちに母親の顔になる。
「美咲……っ、他人のそら似、か。いや、よく見ると全く似てないな」
ため息をついたチエは、押し入れから毛布を引っ張り出して陣内に掛けた。
「許可を得る前に寝てんじゃねえか。―――もっと警戒しなさい。心配だよ、おかあさんは。」
【山沢チエ】
種族:ヒューマン 年齢:65歳
レベル:16 (経験値:1750)
スキル:【嫌味ブースト】
装備:【魔獣の鎌】攻撃力+18 すばやさ+25