意地悪ばあさんのレベルがあがりました。3
チエの家は、舗装されていない細い道の先にポツンと佇む古い一軒家だ。
庭には雑草が伸び放題、物干し竿には洗濯物がなく、まるで時間が止まったような雰囲気だなと我ながら思っている。
玄関先でぼんやり待っていると、軽トラが狭い道をガタガタ揺らしながらやってきた。
「す、すいません!! ちょっと道に迷ってしまいました!」
陣内は慌てて軽トラから降りてきた。これがウサギを轢いた車体なのだろう。ナンバープレートがちょっと歪んでいる。
「ここらの田舎は道が細くて入り組んでんだよ。まぁ、都会っ子にゃわかんねえな。ほら、さっさと上がれ。」
チエの口の悪さに、陣内は苦笑いを浮かべる。
リビングに通された陣内は、チエが用意した麦茶を飲みながら、改めて昨日の話を切り出した。
「山沢さん、裏山の神社って、どんなとこなんですか? なんか、ネズミが増えたのと関係ありそうな気がして…。」
チエはソファにどっかと座り、タブレットを膝に置いた。そのタブレットを操作して、以前に撮影した神社の画像を出してみせる。
陣内はそれをのぞき込むが、特にこれと言って特徴は無さそうな神社であった。
「神社っつっても、ボロい祠があるだけだ。昔は村の鎮守様とか言われてたらしいが、今じゃ誰も参らねえ。夫の親父さんが農家の神様だかなんだか祀ってるって言ってたが、詳しいことは知らないんだ。で、2ヶ月くらい前かな。裏山にゴミが不法投棄されてて、ムカついたから片付けたんだ。それからネズミがやたら増え始めた。」
「ゴミ…? どんなゴミだったんですか?」
陣内が身を乗り出す。チエは少し考えて、眉をひそめた。
「普通のゴミじゃなかったな。黒いビニール袋に、変な石っころとか、欠けた鏡みたいなのが入ってた。なんか、妙に重くてさ。気味が悪かったから、全部まとめて焼却炉で燃やした。……まぁ、燃やしちまったもんは仕方ねえだろ。」
陣内は目を丸くした。
「それ、めっちゃ怪しくないですか!? なんか、呪術的なアイテムとか……。燃やした後、なんか変なことありました?」
「変なこと? ネズミの運動会が毎晩開催されるようになったくらいだ。屋根裏でドタバタ、裏山でガサガサ。寝不足でイライラMAXだよ。で、ステータスウィンドウ見たら、ネズミ1匹で経験値2とか増え始めてな。……だから、お前も思ってるだろ? あのゴミと関係あるんじゃねえかって。」
陣内は力強く頷き、リュックからノートを取り出した。ノートには小さな文字で色々書かれているようだった。チエはのぞき込んだが老眼のため何と書いてあるかまでは読めなかった。
「絶対そうですよ! 俺、Xで調べてみたんですけど、似たような話がいくつかあって。『変なゴミ捨てられてた場所で動物がデカくなった』とか、『神社近くでステータスウィンドウ見た』とか。山沢さんの神社、なんかヤバいもの封じてたんじゃないですか?」
チエは鼻で笑い、タブレットを手に取った。
「封印ねえ。まるで2ちゃんのオカルト板みたいな話だな。…まぁ、いい。じん、行くぞ。裏山の神社、見てみるか。」
チエが建付けの悪い玄関に鍵をかけると、後ろから陣内が声を掛ける。
「あ、今日はナイキなんですね。」
「このジャージか? ただの子供のお下がりだな。うちは上の男子ふたりがスポーツをやっていたから、この手のジャージが山のようにあるんだよ。着なくなったからって実家に置きっぱなしになってたから、有効活用だね。」
「趣味が若いって言おうと思ったんですが、ただのモッタイナイ精神でしたか。」
「10年以上前に子供が着てた服だからな。スポーツ系は若さとか流行りとか関係ないから、ありがたいね。 」
「靴は……アシックスのランニングシューズですか……。お子さんのお下がりにしては、新しい感じがしますね。」
「これは昨日の帰り道に買ったやつで………まあ、……パーティー結成とか冒険みたいだなーって、ちょっと浮かれてしまってね。年甲斐もなく。」
頬をぽりぽりと掻きながらなんとなく恥ずかしそうに答えるチエに、陣内は一度ぽかんと口を空けてから、爆発したように笑いだした。
「あはははは………。山沢さん、意外に可愛いところありますねえ。じゃあ、靴擦れしないように、しましょうか………。」
「くっ……。笑ってないで、ほら、行くぞっ!! 」
チエの案内で、二人は裏山の細い獣道を登った。
雑草が生い茂り、木々の間から差し込む光が薄暗い。陣内はスマホのライトを手に、チエは古びた鎌を握りしめている。
「山沢さん、鎌!? なんでそんな物騒な…!」
「ネズミがデカくなってんだ。素手じゃ危ねえだろ。じん、お前も何か持っとけ。そこの枝でいいから。」
陣内は慌てて近くの木の枝を拾い、ビクビクしながらチエの後ろをついていく。
10分ほど登ると、木々の間に小さな祠が見えてきた。苔むした石の祠は、屋根が一部崩れ、鳥居代わりの木の杭が傾いている。周辺には不自然にゴミが散乱していた。コンビニの袋やペットボトル、そして、チエが言っていた「黒いビニール袋」がいくつか転がっている。
「……またゴミかよ。ったく、どこのバカが捨ててんだ。」
チエが舌打ちし、鎌でビニール袋を突く。袋が破れると、中から黒ずんだ石と、ガラス片のようなものが転がり出た。陣内はスマホで写真を撮り、急いでメモを取る。
「山沢さん、これ、絶対さっきのゴミと同じやつですよ! なんか…変な匂いしません?」
陣内が鼻を押さえる。確かに、空気中に甘ったるい腐臭のようなものが漂っていた。チエは老眼鏡をかけ、地面の石をじいっと見た。
「…こりゃ、ただの石じゃねえな。なんか、模様が彫ってある。
チエが拾った小石に刻まれているのは、まるで古代のルーン文字のような不思議な記号だった。
チエはポイッと、石を陣内に向けて投げる。運動神経が良くないのか、陣内はあわあわとした動きで小石を受け取った。
「じん、お前のスキル……アイテム鑑定でもしてみっか。」
「あ、わかりました。【鑑定】」
陣内が小石に向かって呟くと、地面の石に新たなウィンドウが浮かんだ。 チエもウィンドウを覗き込む。
【封印石の欠片】
効果:魔力を放出し、周辺の生物を魔獣化させる。
説明:異世界の封印の一部。
チエと陣内は顔を見合わせた。
「……やべえ、これ、マジでオカルト板案件じゃん。」
チエが呟く。陣内は青ざめながらも、スマホでXに投稿を始める。石の画像も添付して。
「『神社でヤバい石見つけた。封印石の欠片って出たんだけど、誰か知ってる?』」
その瞬間、祠の奥からガサガサと音が響く。チエが鎌を構え、陣内が枝を握りしめる。
「じん、準備しろ。デカネズミの運動会、始まるよ。」
暗闇の中、赤い目がいくつも光り始めた。