意地悪ばあさんのレベルがあがりました。2
陣内は少し緊張した面持ちで、チエを近くの喫茶店に案内した。古びた看板に「純喫茶マウンテン」と書かれた店は、昭和の香りが漂う落ち着いた雰囲気だった。若者のよく行くようなオシャレなカフェは落ち着かないから少しホッとする。
(くくく……年寄に合わせた喫茶店のチョイスかねぇ)
チエは少し笑ったが、緊張した小動物のような目の前の男の子は気がついていないようだ。
チエはソファ席にどっかと腰を下ろし、タブレットをテーブルに置いて陣内を見据えた。
「で、じん。見せたいってのは何だい? まさかババアをこんなとこまで呼び出して、宗教の勧誘ってわけじゃあるまいな?」
チエの目が鋭く光る。陣内は慌てて手を振った。
「ち、違います! 絶対そんなんじゃないです! ほ、ほんとに見てほしいものがあって…」
陣内はリュックからスマホを取り出し、画面をスワイプして何かを探す。チエはコーヒーをすすりながら、じいっとその様子を観察した。28歳にしては妙にあどけない顔立ちの陣内だが、目にはどこか真剣な光があった。
「これ…見ててください、山沢さん。」
陣内が差し出したスマホの画面には、動画が映っていた。薄暗い倉庫のような場所で、陣内が懐中電灯を手に持っている。画面の端に、異様に大きなウサギが映り込む。普通のウサギの倍はあろうかというサイズで、目が赤く光っていた。
「こいつ…ウサギって言ったけど、ただのウサギじゃないですよね?」
動画の中で、陣内がウサギに近づくと、そいつが突然跳びかかってきた。陣内が悲鳴を上げて逃げる中、画面が揺れて動画が終了。チエは眉をひそめ、陣内を見た。
「…で? このデカウサギがどうしたってんだ? お前、動物園から逃げたやつでも轢いたのか?」
「前に轢いたときと違って…このウサギ経験値、普通のウサギよりかなり多かったんです…! おかげかスキルも生えてきて……それで」
陣内は声をひそめ、テーブルに身を乗り出した。
「山沢さん、ネズミの経験値が増えたって言ってましたよね? 大きさや瞳の色も違ったんじゃないですか?? 」
チエはコーヒーカップを置いて、顎を撫でた。
「確かに大きくなった気はしているが……それがなにかあるのか? ネットで話せば済む話じゃねえか―――なんでババアにわざわざ会いに来た?」
陣内は少し躊躇いながら、リュックから小さな布袋を取り出した。中から出てきたのは、黒光りする小さな牙のようなもの。チエの目が細まる。
「これ…あのウサギの牙です。倒した後、地面に落ちてたんです。ドロップしたというか……。で、俺、試しにレベルあがったときに生えたスキルの【鑑定】を使ってみたんです……」
陣内がスマホを操作すると、牙の画像と共に文字が表示された。
【魔獣の牙】
効果:装備時、攻撃力+5。闇属性の魔力を微量に帯びる。
説明:魔獣化した生物の牙。異常な成長を遂げた個体から採取される。
チエは老眼鏡をずらして、画面を凝視した。
それはチエがいつも見ているステータス画面と同じモノだったが、牙の右下に浮かび上がるように出ておりその説明文だとしか思えなかった。
「ステータスってスマホで撮影可能だったのか……って
…それより魔獣!? 何だそりゃ。ゲームじゃねえんだぞ、こんなんリアルにあんのかよ。」
「俺もそう思いました! でも、山沢さんのネズミの話見て、絶対関係あるって思ったんです。だって、ネズミも最近デカくなってきてるって言ってましたよね? ウサギも、こんなの普通じゃない。で、俺、調べたんです。Xで『異常な動物』で検索したら、似たような話がちらほら…。」
陣内がスマホでXの投稿を見せると、確かに「デカいハトが電線切った」「タヌキがトラックに突っ込んできた」といった報告が散見された。中には「ステータスウィンドウ見た」とほのめかす投稿も。チエはタブレットを手に取り、自身の垢で検索をかけた。
「ほぉ…こりゃ、ただのババアの妄想じゃ済まねえな。」
チエの口元に、ニヤリと笑みが浮かぶ。嫌われ者のババアにも、ちょっとした冒険心は残っていた。
「じん、で? お前はこの牙をどうしたい? 売るか? それとも…何か企んでるのか?」
陣内は少し照れくさそうに頭をかいた。
「実は…山沢さんと一緒に、この『魔獣』ってやつの正体を調べてみたいんです。俺一人じゃ心細くて…。山沢さん、レベル15ってめっちゃ高くないですか? なんか、頼りになりそうで…。」
チエは鼻で笑った。
「ババアを巻き込む気か。まぁ、ネズミ退治も飽きてきたとこだったし、いいぜ。で、どこから始める? この牙持って、魔獣の巣でも探しに行くか?」
陣内は目を輝かせ、慌ててメモを取り出した。
「とりあえず、俺の地元でウサギが出た場所を調べてみようかと。あと、山沢さんのネズミも、なんか変な場所で増えてません? 例えば、特定の場所とか…。」
チエは少し考えて、答えた。
「そういや…ネズミがやたら出るようになったのは、裏山の古い神社んとこにゴミ捨てられてたの片付けてからだな。あそこ、最近なんか変な空気なんだよ。夜になると、ガサガサ音がすんのが屋根裏だけじゃなくて、裏山からも聞こえてくる。」
陣内の顔が引き締まる。
「それ、絶対怪しいです。山沢さん、俺、明日そっち行っていいですか? 一緒にその神社見てみたいです!」
「よし、わかった。じん、今日からパーティーメンバーだ。ばばあで頼りないだろうけど、よろしく頼むよ。」
陣内はゴクリと唾を飲み込み、チエを見つめてきた。陣内の目はキラキラと輝いており、返事をするようにチエは頷く。チエのしわしわの手を差し出して、ふたりは力強く握手を交わした。
なんとも不思議なパーティー結成に少しふたりは笑ってしまっていた。
「やっぱり、おばあちゃんっぽくないですね―――って、失礼しました。母親と同世代なハズなんですが、普通に友人みたいな感じがして……。」
「おばあちゃんで構わないよ。実際に孫も居るからな。それに中身が幼稚なままなのも事実だし。じじいだと"心は少年"なんて言ったら様になるんだが、ばばあが"心は少女"じゃキモくて申し訳ないがなあ。」
卑下しすぎたか、じんがなんて言ったらいいのか――と言わんばかりの表情をしている。
なんとなくいつまでも小さい子供に見えた末っ子の表情に似ているなと、懐かしい気持ちになる。
あの子も少しからかうと、こんな顔をしていたな。
そんなチエは久々に自分が微笑んでいるなんて、気づいていないのだった。
【陣内誠】
種族:ヒューマン 男 年齢:28歳
レベル:5(経験値:589)
スキル:鑑定 弱点分析