意地悪ばあさんのレベルがあがりました。11
チエと陣内は緑色のアーチをくぐり、光が波打つ空間に足を踏み入れる。
ぶわりと生ぬるい風がふたりを迎える。そこはまるでアニメやゲームでみた異世界のような―――歪んだ空に紫色の雷が走り、地面は黒い結晶で覆われ、赤い血管のような管が中央の祭壇に絡みついて、不気味に脈打つ、悪趣味な世界が広がっていた。
その祭壇の前に、ダンジョンに入る前に見たセンニンと自称する男が立っていた。長い睫毛に縁取られた、真っ黒な瞳がチエたちを見ている。緩くカーブする黒髪と浅黒い肌、黒いジャケットで見た目も魔導師という風情だ。胸元の紫色のアミュレットが揺れている。背後には巨大な扉が揺らめき、向こう側から魔素の気配が漏れ出している。
「ふむ、よくここまで辿り着きましたね、待ってましたよ。やはり観客がいないと、幕を上げるわけにはいかないからねえ」
「どうせ、待ってるだろうと思ったよ。私らのこと、なめ腐りすぎだ」
チエが鎌を構える。
「で、あの幻はなんだ?あれでこのばばあが心を揺さぶれるとでも思ったか? 」
「お気に召しませんでしたか?あなたが一番会いたい人の姿を、見せてあげただけなんですけどねえ。そこの小動物みたいな坊っちゃんと違って、"いじわるばばあ"は複雑ですね。心の奥に闇とともに閉じ込めれていた気持ちを形にしただけなのに。」
「……魔法だかスキルだか知らねぇが、何も知らないやつが、私の大事な娘の記憶を汚すんじゃねえ!」
「えー、このダンジョンの封印も解いたんだから、ご自身で扉も開けたいかなーと思ったんですけど、違いましたかねえ。」
「小動物みたいな坊っちゃんって、センニンも嫌味ブーストじゃないんだから……馬鹿にしやがって」
陣内もブツブツ呟きながら虫取り網を握り、【鑑定】を発動する。レベルが上がり、より細かい情報が読み取れるようになっていた。
【異世界の魔導師 センニン(Lv.35)】
HP:1000/1000
攻撃力:150
防御力:100
特技: 魔力波(範囲攻撃+麻痺効果)幻惑召喚(対象のトラウマを具現化)
魔素解放(自身の攻撃力と速度を大幅強化)
備考:異世界の魔導師。扉を開き、魔素をこの世界に解き放つことを企む。
弱点解析:魔力の核(胸元の紫色のアミュレット)
「山沢さん、センニンの弱点は胸のアミュレットです! あれが魔力の核みたいです!」
「よし、じん、援護しろ! コイツの動きを封じるぞ!」
チエが飛び出す。
センニンがピアノを引くように指先を動かし、【魔力波】を放つ。紫色の衝撃波がチエと陣内を襲うが、チエは【威圧オーラ】を展開して、魔力波の麻痺効果を軽減させる。
陣内は【緊急回避】で衝撃波をかわし、虫取り網を振りかぶって【封印網】をセンニン叩きつける。網はセンニンの腕に絡みつき、一瞬動きを封じる。
「小賢しい!」
センニンが網を引きちぎり、【幻惑召喚】を発動。
チエの前に再び霧が渦巻き、美咲の幻が現れる。幻は涙で頬をぬらし、チエの腕をつかんで訴える。
「母さん、なぜ私を見捨てるの? 扉を開けば、私、生き返れるよ……魔素が溢れたら、身体を取り戻せるのに」
「黙れ、偽物!」
チエは腕に張り付いた美咲を振り離すと、勢いよく鎌を振り上げ、幻を切り裂く。幻の美咲は黒い霧とともに、蒸発していく。
「美咲は自分さえよければいいなんて、そんな子じゃないんだ……」
チエはセンニンに突進し、鎌をアミュレットに叩き込む。だが、センニンの防御魔法が発動し、キィーンと音を立てて鎌が弾かれる。
センニンが哄笑し、【魔素解放】を発動。身体が紫のオーラにつつまれようとしていた。それに対して、陣内は虫取り網を大きく振りかぶって、それから勢いよく振り下ろす。一部破れた網の部分が狙ったとおりにアミュレットを捕らえる。【封印網】の効果「魔獣を捕獲時、50%の確率で魔力を吸収し弱体化」により、センニンの魔力と思われる黒い靄のようなものが、紫のアミュレットから【封印網】に吸い込まれていく。
「ぐぅぅ……っ」
センニンが苦顔表情を浮かべていることに気がついたチエは、【威圧オーラ】を最大出力で放った。【封印網】の魔力吸収と威圧でふたりに押さえつけられ、魔術師は地に伏した。センニンは黒曜石のような瞳でチエを睨む。
ここが勝負だとチエはさらに鎌を振り回し、連続攻撃を繰り出す。センニンは指先を滑らかに動かし魔力波で応戦するが、異常状態耐性のチエには効かない。ただ魔力波に阻まれているせいで、アミュレットに攻撃が届かない。
連続して繰り出される魔力波の攻撃に、陣内も【緊急回避】を発動するが、その拍子に【封印網】も外れてしまう。センニンは後ろに飛んで、体勢を直して指先をふたりに向ける。
「ごめん山沢さん、網が外れた!!」
「気にするな、後は任せろ!!アミュレットを叩き割るだけだ!!」
チエは頷き、センニンが繰り出す魔力波の猛攻をかわしながら鎌を振り上げる。1撃目がアミュレットを掠め、魔力の輝きが揺らぐ。
センニンが【幻惑召喚】を再び発動し、黒い霧が渦巻き美咲の幻が出現する。幻は両手を胸の前で組み、涙をこぼしながらチエに訴える。
「母さん、私を生き返らせて……扉を開けるだけなの……」
だが、チエは動じず、2撃目を叩き込む。
「何度も同じ手に引っかかるわけがねえだろ!テメェの幻なんざ、もう効かねえ!」
チエが叫び、3撃目をアミュレットに直撃させる。紫の結晶が砕け、センニンの身体から魔力が抜ける。
【アミュレット破壊! センニン:HP 600/1000、魔力弱体化】
「ぐああっ! 貴様…!」
センニンが膝をつくと同時に、幻の美咲が黒い霧の渦巻きとともに千々に爆散した。チエはそちらをチラッと見たが、直ぐにセンニンの方を向く。なんとなく、もうあの、幻は現れないような気がした。
チエは息を整え、鎌を振り上げる。
「これで終わりだ!」
陣内が【封印網】で、センニンの動きを完全に封じる。チエは渾身の力で鎌を振り下ろし、センニンの胸を貫こうとした。
「ちっ、【魔素解放】!!」
センニンがスキルを発動すると身体から紫色の閃光が放たれ、チエは後退りして目を閉じ、陣内は勢いよく吹き飛ばされた。
「―――仕方ないですね。ここの扉は外れだったってことで。ダンジョンも不要になりましたので、破壊しますね。」
チエは目を開けるが、閃光の後遺症か視界には何も入らない。センニンの声だけが響く。近いのか、遠いのかもわからない状態だ。
「センニンら貴様!!ど、どういうことだ?!」
「私も腹がたっていますので、破壊は少し乱暴にしますね。まあつまり、ボカンと勢いよく、破壊します」
「それは、爆発―――」
「えぇ、無事で済むといいですね―――それでは。」
センニンの声が消えた頃、チエの視界はようやく戻ってきた。少し離れたところに転がる陣内を起き上がらせると、辺りを見回す。
悪趣味な世界にヒビが入り始めていた。
「じん、爆発する前に逃げるぞ」
ふたりはもと来た道を、全速力で走り始めた。
【異世界の魔術師 センニン(Lv.35)】
HP:1000/1000
攻撃力:150
防御力:100
特技: 魔力波(範囲攻撃+麻痺効果)幻惑召喚(対象のトラウマを具現化)
魔素解放(自身の攻撃力と速度を大幅強化)
備考:異世界の魔導師。扉を開き、魔素をこの世界に解き放つことを企む。
弱点解析:魔力の核(胸元の紫色のアミュレット)