009 強い魔物を魔王軍に勧誘しよう④
「お、右足は消化されたな。次は耳と尻尾だな・・どうした、早くしないと。あいつ、おかしな生き物になるぞ」
大狼エヴェリーナは絶望している。怪我ならどんな深手でも我らなら時間を掛けて再生出来る・・だけど、欠損は無理だ。
こいつが憎い!こいつが憎い!殺す!私が必ず殺すのだ!
瀕死の大狼エヴェリーナが雷を纏い、再び立ち上がる。その眼は充血して血の涙を流している。
そして、近くにいるアスカに噛みつく・・が、アスカは微動だにしない。
「じゃれるのはいいけど、そろそろ耳が・・・あははは!何あれ〜!面白〜い!」
その言葉を受けて、大狼エヴェリーナが纏う雷の量が増え・・・堰が破壊された。ついに進化のその先、大神の領域に鼻先を突っ込んだのだ。
その堰からはどす黒い何かとともに雷獣に、漆黒の雷の化身に変化した。
「ぐるるる・・貴様を・・・殺す!」
再度、アスカの上空に瞬時に移動して「漆黒雷電!」を放つ。
今回の雷には暗黒属性の破壊と腐敗が混ぜ込まれている。
だが、それでも中心部の黄金の輝きは健在だった。どんな威力が付加されようと、当たらなければ意味はないのだ。
アスカがやったことは、地属性の鳥かごを作り、大地まで雷を誘導しただけだ。そして劣化したらすぐ再生、その繰り返し。
その最中、アスカが変な提案をしてきた。怒りの中で大狼エヴェリーナは首をかしげる。
「おい、その雷の状態変化を10分維持してみろ。その間は娘の消化を止めてやる。そして、すべての課題をクリアしたらお前の娘を助けてやる」
「・・・本当だな」「娘を見ていれば、嘘かどうか分かるだろ?」
悪魔の誘いだ・・このままでは遊ばれて、皆殺しにされるだろう。だが・・その油断を使って勝機を得る!
悪魔と罵られているアスカだが、大狼達を弄んているつもりは毛頭ない。あくまでも見込みのある存在への、最短で成長する為の即効性のある訓練なのだ・・・魔王アマンディーヌが即座に逃走した理由がこれだ。
娘を壊しちゃうけど、すぐにもとに戻せるし、手っ取り早く強くなるためには問題なし!廃人になったらそれまでの輩だ・・手段は選ばず、の手法なのだ。
脆弱な人族から、わずか数年で神の頂まで上り詰めた存在、つまりは世界最高の強さへの飽くなき求道者なのだ。そんな異常者の訓練など受けたくはないだろう。
「・・・10分耐えたぞ」
「よし!次に今から私の発氣を伝授する。30分でものにしろ・・出来なければ娘の尻尾が」
「分かった!分かったから!娘・・はぎゃ!」
そのまま腹部に発氣を叩き込まれ、苦痛にのたうち回る大狼エヴェリーナ。
全身を生命力の暴威が蹂躙を始めるが・・耐える!抑える!すべては娘のために!
「さあ、あと10分だ。丹田・・その周りに溢れる生命エネルギーを安定滞留させろ!」
「・・・あ・・・あ・・・あ・・・出来た!!!」
「おお、予想通りだな。雷を使えるやつは習得が早いんだよな」
十全以上の力の行使に、大狼エヴェリーナは精神の限界を既に超えている。
もはや娘への想いだけで立っている。そのためアスカの言うとおりに動いていることにも気づいていない。
「さあ・・最終試験だ。お前のその汚らしい雷を高貴なものに変えろ!」
「は?・・・き、汚い?」
「気づいてないのか?私への恨みに囚われて、汚く、くっさい瘴気のようになっているぞ」
は!?・・自身の雷を確認すると、どす黒く汚らしい。だが、こいつへの憎しみを消すことなど・・出来ない!出来るわけがない!娘の将来を潰す行為、身体を欠損させたのだぞ!
再び、憎悪の雷の密度が増す・・あれ?体内に生命力溢れているし・・これで・・こいつ殺れるんじゃね!?油断したな悪魔めーーー!
だが、そんな思考の変化など、優しい教官はお見通しなのだ。
「うぎゃぎゃひゃーーーー!!!」
襲いかかろうとするその瞬間、準備万端のアスカから、発氣、聖氣【星光】が放たれる。
神聖属性の発氣で包みこまれて、汚らしい下劣な暗黒属性は浄化されていく。
「おまえさ、そんな汚らしい姿で娘と会うわけ?それに、そのままだと闇に侵食されたお前自身が娘を殺すよ?」
はっ!?とする。そうだ、中位以下の魔物達がむやみに他者を襲うのは、下劣な暗黒属性に侵食されているからだ。
私達上位のものは、揺るぎない意思を持っているために闇を糧にはしているが、思想の侵食まではされないのだ。
「理解したところで最終試験でーす。これから本気で娘を食べちゃいます!その前に神魔どちらでもいいので高貴な力に変えてね!ではスタート!」
「ちょ!?まってーー!!!」
娘の首に死の大鎌がセットされた状態での、最終試験が今、始まった。