008 強い魔物を魔王軍に勧誘しよう③
大狼エヴェリーナは神に感謝した。この腕自慢の人族を遣わしてくれたことに。
娘のヘリヤをけしかけてみたが、予想より強くはなかった。ここでは中の上程度だろう。
だが、潜在能力だけはありそうなのだ。あれを食べれば・・今代の【世界樹の守護者】を倒し、私が次代の【世界樹の守護者】になれる!
そう、心のなかでほくそ笑んでいると・・・
「お前相手では、流石に基本スペックではダメだね」「・・・ん?」
「発氣!」
その瞬間、腕自慢の人族の腹のあたりから黄金の何かが溢れてきた・・これは生命力?
全身を黄金に輝かせた少女は「さあ、掛かってこい」と待ち構える。
・・・これ、私のほうが美味しく食べられそう。
これは失敗した!と思う反面、心の中の何かが「ついに来た!」と叫んでいる。
内から湧き上がる何か・・歓喜だ!心が歓喜している!そして・・バキリ!と何かがひび割れた音がした。
「うぁおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーん!!!!」
これはこれは。私を強敵と認識して明確な死を意識したことで、進化の箍が緩んだみたい。
一瞬、その姿がかき消えたと思ったら、既に私の前で身体を反転させて・・尾での攻撃か!・・いや違う!
眼の前で、地面に尾を叩きつけた反動と前足の跳躍で飛んだ!・・上!・・いやまた消えた!?こいつ、この巨体で緩急をつけた立体機動を使うのか。慣れていない身体では目が追いつかない。
立体機動からの爪撃や牙撃、尾の薙ぎ払いと、猛攻をしてくる。
が、幸い面倒ではあるが攻撃自体は軽く、鎧の部分で受ければ問題はない。
だけど、このまま動きに慣れるまで追いつづけるのも面倒だから、あれを使うか。
発氣、大氣【迷霧】
発氣に風属性を加え、周囲に散布することで周囲の大気の流れ、ゆらぎを感じることが出来る。そして、速度も上がるが攻撃自体は軽くなる。
大狼エヴェリーナは自身を追いきれていない敵に、ヒット&アウェイで慎重に見極めながら攻撃を加える。
既に全力全開!僅かな弛緩も許されない強敵だ!多面的に攻撃を加えて、やつの弱点、決壊の糸口を掴み取ろうと奮闘する。
しかし、まだ目で追えていないはずなのに打撃を加えても、鎧で回避されている。すべての攻撃をやつは鎧で受けきって、相手には効果が感じられない。
しかもだ!鎧には凹みはもちろん傷一つつかない。自慢の爪や牙が・・だ。口惜しいが長期戦も想定・・ん?敵の気配が変わった!?
それからは、死角から攻撃しても簡単にかわされ、移動先に笑顔で待ち構えてられて殴られた時には発狂しそうになった。しかも、明らかに手加減した打撃。「いつでも殴れる」と言われているようで、発狂しそうになった。
今度は、私のほうが相手の動きを見切れなくなってしまった。そしてこちらの動きは的確に、移動地点を把握されているのだ。
仕方がないな。まだ未完成だけど、対【世界樹の守護者】の切り札を使うか。私は敵から大きく離れた場所に着地する。
「このままでは私は負ける・・・最後の大技、受けてくれるか?」
「おう!どんとこい!」
大狼エヴェリーナは全身に雷を身に纏う。少し時間が掛かったが、身体すべてを雷に【雷獣化】することが出来た。
「喰らえ!これが必殺の技、【雷電】だ!」
雷になった大狼エヴェリーナは一瞬でアスカの上空に移動して、そこから周囲に雷の豪雨を撒き散らす。
木は裂け、地面は焼き焦げて、周囲を蹂躙した雷の轟音が去った後は、黒墨一色に・・・いや、中心部の黄金の輝きは健在だった。
力尽き、アスカの眼前に落下した大狼エヴェリーナ。これもダメだったか・・私の負けだ。ヘリヤ・・弱い親でごめんね。
「わ・・わたしの・・ま」「なあ・・技はまだか?」
「・・・は?」
「楽しみにしてたんだよ。まさかあれが最終技?冗談だよな?」
声が出ない・・死をも覚悟して放った技が、この少女にはゴミに見えているのだ。悔しい・・悔しい・・
「ああ、そうか。まだ必死さが足りないんだよな・・・よし!食え!」
「・・・は?」
いつの間に居たのか?真っ黒なスライムが、我が娘を飲み込み、その右足を徐々に消化していく。
「へ・・ヘリヤーーー!!!」
「ふふふ、私を満足させないと・・食べられちゃうよ」
ああ・・こいつは・・腕自慢の人族などではなかった。人族の皮を被った悪魔だったか!