手仕事
「刺繍、素敵ですね」
縫物をしている店主の手元を見れば、これまたとてつもない技術で刺繍がされてる。色とりどりの花。
「これは、えっと、何ですか?」
こんな立派な刺繍を施して、果たして売れるのだろうか?と少し疑問がわく。ハンカチにしては大きな布。ベッドカバー?
「ああ、これは花嫁のベールになるんだよ」
そうか!一生に一度の贅沢品か!普段使いじゃなきゃ頑張ってお金を貯めて買う人もいるということか。
「どれくらい作るのにかかるんですか?」
「何だい?嬢ちゃん結婚する予定でもあるのかい?そこの青年とかい?」
店主のおばちゃんがニヤニヤして私の顔を見た。
「と、とんでもない!絶対ありえませんよ、そんな噂だけでも身が縮むようなこと言わないでくださいっ!相手は別にいますっ」
カイがぶるるっと震えた。
ぬ。絶対ありえないのは真実かもしれないけど。だって、私人妻だし。しかも相手は公爵だから。略奪婚なんかしたら命に係わるし。
でも、そこまで青ざめなくてもいいじゃない?
「おやおや、そうかい?もしかして嬢ちゃんの相手は嫉妬深い人なのかね?愛されて結婚するならいいことだね」
ニコニコとおばちゃんが笑った。
嫉妬どころか、顔も見たこともない相手と、3年間の白い結婚です。愛することはないって手紙も貰ってまぁーす!……と、言えるわけもなく、あいまいに笑う。
「で、いつ結婚するんだい?生憎と、今作っているのはあと1か月くらいで終わるけれどね、もう一つ予約が入っていてね。1つ作るのに3か月はかかるから……早くて来年の夏ごろにしか予約を受けられないんだよ」
え?
今が夏でしょう?1年後?だって、早ければ3か月で1つできるなら、7か月先には最短で手に入るんじゃ?私の計算がおかしい?
首をかしげながら、指を折って数えるのを見て、おばちゃんがアハハと笑った。
「よほど早くに結婚したいんだねぇ。……でもごめんよ。冬場は刺繍ができないからね」
「え?なんでですか?」
「旦那の人形彫りと違って、部屋の中じゃ暗すぎてねぇ。刺繍の糸の色がよく見えないんだ。赤も青も同じように見えちゃうから……。暖炉の明かりじゃ無理なんだよ。外では寒くて手がかじかんで動かないしね」
あ!
自分で刺繍をすることが無くてその発想はなかった。縫物は得意だけど、侯爵家の使用人に押し付けられた繕い物や、自分の破れた服を縫うことばかりだったから、糸の色を気にしたことはなかった。……って、まぁ、光魔法で明るくしてたから気が付かないというのもある。
「えっと、もしハンカチにこれくらいの刺繍をするならどれくらいでできますか?」
「ああ、ハンカチならこれくらいの花なら1日もあれば刺繍できるよ。こんな縁取りをするなら2日。ハンカチ一面に刺繍をするなら、1週間ってところかねぇ」
「たった、1日で?こんなに立派な刺繍が?」
驚いた。
貴族令嬢や夫人のたしなみとして刺繍を妹は学んでいた。私は光属性だと判明してから何かを教えてもらうことはなくなったから刺繍はしなかったけど……。妹の腕前は決してうまいとは言えず。それに速度も非常に遅かった。ハンカチに花を1つ刺繍するだけでも1週間はかかっていたんじゃないかな。
結局、皇太子殿下に贈るハンカチはこっそり購入していたはずだ。
「でも、刺繍したハンカチなんて使い道ないだろう?おすすめはリボンだよ。髪を飾るのにどうだい?」
いやいや、売れるよ。ハンカチ、売れる。貴族に売れる。
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更新頻度尾砂霧気味でスイマセン。
それでは、皆さまよいお年をお迎えください。