★侯爵夫人サイド★
屋敷に戻ってから、すぐに侍女を呼びつけた。
「恥をかいたわ!あなたのせいよ!クビよ。今すぐに屋敷から出ていきなさい!」
「お待ちください、いったい何をしたというのです?」
執事があまりの夫人の怒りように、部屋に顔を出した。
「どうもこうもないわよっ!公爵夫人の舞踏会だったというのに、大勢の人間が集まっていたのに……大恥よ!見たら分かるでしょう!」
震える侍女たちを背に立つ執事が首を傾げた。
「申し訳ありません、私には何が問題なのかわかりません」
「はぁ~?だから、このスカートの染みに、みっともない化粧よ!こんなドレスを着せて、変な化粧をした侍女なんてクビよっ!」
侍女が首を振った。
「奥様、私はいつものように化粧させていただいただけでございます」
その言葉に執事も頷いた。
「私の目からも、いつもの奥様と変わりないように見えます。それに服の染みとは?」
「だから、ここに大きな……」
スカートの右側を見下ろしても、染みは見つからず、反対側だったかしらと夫人は左側を見た。
あんなに大きなみっともない染みがどこにも見あたらない。
そんな馬鹿なと、顔を上げると、鏡に顔が映った。
侯爵夫人のいつもの顔が鏡にはある。
お化けのような化粧をした顔はどこにもない。舞踏会でのことは、何らかのトリックを使った公爵夫人の新手の嫌がらせかと思ったが。
「奥様、侍女に非はございませんでしょう。別の侍女と奥様付けは交代させますが、解雇だけはお許しください」
侯爵夫人が動きを止めたすきに、執事は侍女を部屋から下がらせた。
「そんな……確かに……あ」
侯爵夫人は、あることに気が付いて夫である侯爵の執務室へと駆けこんだ。
後を追う執事は、侯爵の執務室に入るなり言葉を失う。
「なんだ、何の用だ?」
書類から顔を上げた侯爵が妻の顔を見て手に持っていたペンを取り落とした。
「なんの冗談だ?」
仕事をしていた他の使用人も手を止めて夫人の顔を見て青ざめた。
「やはり、おかしな化粧になっているのでしょう!これは、部屋が暗かったせいですわ!月光のわずかな光で化粧したせいで、色が見えなかったから、侍女が間違えたのです!この染みも見落として!」
執務室の日光の元であれば、染みははっきりと見える。
月光の夫人の部屋で支度をして舞踏会に出かけた。舞踏会の会場はキラキラと光を照り返すシャンデリアの中央に日光が輝いていた。
暗い部屋では見落としていたことが、明るい場所でははっきりと見えてしまったのだ。
「これは、まるでお漏らししたような……」
侯爵の失言に、夫人の怒りはさらに膨らんだ。
「暗いのがいけないんですっ!執務室だけじゃなくて、屋敷中明るくしてくださいませ!」
「おい、光属性の使用人をさぼらせずにもっと働かせろ!」
執事に向かって侯爵が命じる。
「いえ、さぼってはいません。魔力が足りず、執務室に日光を4時間出すのが精いっぱいで……」
「はぁ?そんなわけないだろう?魔力が小さい者を雇ったのか?だったら、クビにしてもっと魔力の高い者を雇いなおせ!」
「いえ、彼も魔力は多い方だと」
侯爵がいらっとして、手元にあった文鎮を執事に投げつけた。
「嘘をつくなっ!いや、どうせ光属性のクズが嘘をついてるんだろう。さっさと別のやつを見つけてこい!見つからなければギルドに依頼でも出して、臨時で屋敷中明るくさせろ!」
執事は頭を下げて部屋を出た。
小さくため息をつきながら。
そもそも採用した使用人も、ギルドが一番魔力が大きい者だと紹介してくれた者だ。
……確かに、その割に期待したような光魔法を使えなかったが、ギルドが嘘をついているとも思えない。
「恥ずかしくて、しばらく舞踏会へ行けないわ!悔しい、悔しいっ!これも……そう、あの子のせいね。リリアリスが出て行ったせいよ」
侯爵夫人の言葉に、執事がもう一度小さくため息をつく。
出て行ったのではなく、追い出したのではないか……。
追い出さなければ、私もこんな余計な仕事をしなくて済んだのに。
次から視点戻ります
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