★侯爵夫人サイド★
本日2話目
侯爵夫人サイドになります。
リリアリスの実母である侯爵夫人は、今日も舞踏会へと足を運んでいた。
娘が皇太子殿下と婚約したこともあり、将来の王妃と繋がりを持ちたいという貴族たちはこぞって招待状を侯爵夫人に送るのだ。
選び放題の舞踏会から選んだのは、公爵家が主催する舞踏会だ。
まるで自分が主役とでも言わんばかりに、豪華な衣装に身を包み舞踏会の会場へと足を踏み入れる。
「ふふっ、皆が私を見ていますわね」
満足げに扇で隠した口元でつぶやく。
侯爵夫人の元へ、主催者である公爵夫人が近づいてきた。
この瞬間が、リリアリスの母は大好きだった。
本来は、主催者へ招待客が挨拶に向かうものだ。主催者の方から声をかけるということは、特別な相手だということの証明だ。
私は特別。
皇太子殿下の婚約者の母ですから。
その娘は、近々聖女の称号を得るという噂も上がっている。
格上の公爵夫人ですら、私の元にやってくるのよ。
私は特別。
侯爵夫人は内心笑いが止まらなかった。が、仮にも貴族としての教育を受けているため、表情に出さないように努めた。
人々の視線はすべて私に向いている。
ああ、今日は一段と注目を集めているわね。
公爵夫人すら、私の特別を演出するだけのわき役。そのことにぞくりと快感が背中をかけた。
招待ありがとうと楽しんでという形式通りのやり取りを二人は交わした。
普通であれば、それで会話は終わりだ。
だが、公爵夫人は、何かを言いたげに侯爵夫人の前に立ったままである。
もしかして、何か探りを入れようとしているのだろうか?ユメリアが聖女になるという噂の審議を確かめたいとか?
それとも、将来の王妃の母になる私に取り入ろうとしている?
ふっ。残念だけれど、親しくするつもりなんてこれっぽっちもないわ。
元は伯爵令嬢だったくせに、公爵を誘惑して結婚してからは、侯爵夫人の私をさんざん見下すような態度をとってき。
いつも私よりもいい服を着て、いつも私よりも周りに人が集まっていて、いつも私より素敵な夫を自慢して、いつも私より……。
でも、それはもう終わり。
残念だけど、私は王妃の母になる。そして、聖女の母にもなる。
だたの公爵夫人なんかよりも、ずっと特別な人間なのだ。
ほら、現に、会場にいる人たちは、私から片時も視線を外さないじゃない。
侯爵夫人の前で、小柄な綿菓子みたいな公爵夫人がふわりと笑った。
「今日はその……随分と個性的なお化粧をしていらっしゃいますのね?」
侯爵夫人は首を傾げた。
個性的な化粧?いつもの侍女にいつものように化粧をしてもらっただけだ。特にこうしてくれという指示は出した覚えはない。
「それに、その……スカートの横が染みになっていらっしゃいますが、お部屋をお貸しいたしましょうか?」
侯爵夫人は驚いてスカートを見下ろした。
確かに、染みが広がっていた。水をこぼして乾いたような跡だ。見様によってはお漏らしをしたあとのような……。
侯爵夫人はカーっと顔を真っ赤にする。
まさか、皆が見ていたのはこれ?
私が、粗相をしたと……!
どうして侍女は気が付かなかったの!
侯爵夫人が顔を上げると、壁際に設置されていた鏡に顔が映った。
茶色い口紅をつけ、赤いアイラインを引き、紫の頬紅をつけ、ピンクのアイシャドウの顔だ。
あべこべだった。アイラインと口紅が逆の色。頬紅とアイシャドウが逆の色になっている。
まるでお化けのような顔が鏡にうつり、ひゅっと侯爵夫人は息をのんだ。
慌てて逃げ出すようにその場を後にする侯爵夫人の耳には人々の笑う声が聞こえていた