脱兎
「あははー、ほら、膝をついたわ!」
次いでに、ほかの二人にも同じように膝カックンからの背中ドンをお見舞いしてやった。
「3人ともいいざまね!」
「ひ、卑怯だぞ!」
「あら?私はわざわざ攻撃魔法と剣以外の方法を使うと宣言して、あなたがやってみろと言うのを確認したのに、卑怯?みっともなく地面にか弱い女性に膝をつかされた後に、負け惜しみなのか悔し紛れなのか卑怯だって言いだすわけ?」
「うるさいっ!」
赤髪の騎士が剣を抜いて、目が見えない状態で振り回し始めた。
これはまずいっ。
「伏せて!剣を振り回し始めたわよ!」
慌ててほかの2人が地面に伏せた。
筋肉様は、後ろに下がっていたためか閃光弾の影響も少なかったようで全く目が見えない状態からは復帰しているようでほっとする。
「何をしているっ!」
叱咤するような声が聞こえてきた。
この声は、騎士団長?
まずい、まずい。
私が問題を起こしたのが見つかったら、ただでさえも悪いアルフレッド様の嫁の評判がさらに悪くなってしまう。
今のところ表面上は騎士たちとは諍いがないというのに。
いや、今一部の騎士と諍いをおこしちゃったけどさ!
慌てて逃げ出す。
脱兎のごとくというのはたぶんこういうときに使う言葉だ。
騎士たちの訓練所とは別の方角へ逃げれば、鉢合わせすることもないだろう。
背後で騒ぎになっている声が聞こえてくる。
「何があったんだ!」
いえるわけないよね。女に膝をつかされたなんて。筋肉様を追い出そうとしてたなんて。って、どうなるのか?もしかして3人が結託して騒ぎの責任を筋肉様のせいにして追い出したりしないよね?……冤罪での断罪ってやつ。
……。また今度確認しにいかないと。
屋敷まで戻ると、廊下でせき込む使用人に遭遇した。
「風邪?大丈夫?」
さすがに病気でも働くというのは見過ごせない。
「あ、大丈夫です。すぐに収まりますから。風邪ではないのです」
「でも、そんなに咳をしてるじゃない」
「使用人通路を通るといつもこうなんです。すぐに収まります。それに、休みの日は大丈夫なので……風邪とは違うので」
会話している間にも使用人の咳は収まり、3つ先の部屋へと消えていった。
風邪ではない咳?
休みの日は大丈夫……。
ストレスかな……?心因性咳嗽っていう、ストレスが原因の咳とかあったよね?
ぞぞぞと背中が寒くなる。
ブラック職場ぁ!
いや、そんな感じじゃないから、喘息持ち?仕事で緊張感があるときは喘息症状が出やすく休みの日はのんびり過ごすから発作が出ないとか?
回復魔法では治らないのかな。喘息って。
と考えながら部屋に戻る。