アルフレッド視点
「即効性のしびれ薬です。指先に着けて、水球は指先を通して放ちました」
侍女の言葉にソウが頭を押さえる。
「なるほど……。1度目の水球は油断させるためか。痛くもなければ2度目は水球を除けもせず攻撃を仕掛けてくるだろうと、それを狙ってか」
うんと侍女が頷いた。
「リリアリス様が、水を出すだけではなく水球にして顔を覆うこと、毒と組みあわせることを教えてくれました」
ソウがにやりと笑う。
「水を出すだけではなく、出した水に毒を含ませて飛ばすか。口を覆ってしまえば呼吸のため水球を除けたあとでも少量は吸い込むだろう……魔物相手にどれほど有効かわからないが……」
「試してみる価値はあるだろうな。ソウ、頼んだ。水属性の騎士を集め、訓練ののち魔物で実験を」
ソウが嬉しそうに笑って、俺の肩をぽんっとたたく。
「本当に、素晴らしい女性をお迎えになりましたね。奥様は最高です」
最高は同意する。
だが、リリアリスは……。
「あの、弟は……」
侍女がこの場を移動しようと背を向けたソウに不安そうに尋ねた。
「実験し、魔物にも有効だと分かれば、よろこんで入団を許可しよう」
「ほ、本当ですか?」
「ただし、剣の腕を磨くこと、それと毒をのせた水球の使い方も訓練することだ。入団試験を近々行おう」
侍女が嬉しそうな顔をして頭を下げた。
「ありがとうございます!」
……光魔法に続いて、水魔法か……。
魔物からの防衛手段や、攻撃手段が増えれば、領民を守れる。
魔物に怯え、危険と隣り合わせで貧しく苦しい生活をしている領民たちが少しは楽に暮らせるようになるだろうか。
いや、そういう領地へと変えていく。
家族に疎まれ、この地に追放された俺に優しくしてくれた領地の者たちに報いたい。
「アルフレッド様もありがとうございます!」
「いや、俺は何も……感謝ならリリアリスに」
侍女はまぶしい笑顔を見せた。
「はい。奥様にも感謝いたします。水属性の弟の夢が叶うかもしれない……。それに、屋敷が明るくなってとても仕事がはかどるようになりました。皆の気持ちまで明るくなったようです」
侍女は最後まで笑顔で仕事に戻っていった。
「……リリアリスが屋敷の皆に、そして俺に……領民たちに希望を与えてくれる。だが、リリアリスの明るい未来はここにいてはないだろう……」
王都のような華やかな社交界はない。家族と遠く離れている。冬の厳しい生活。
寒く、雪に閉ざされ暗い屋敷の中に閉じこもる日々。粗末な食事。
今はまだ文句ひとつ言わないけれど、いくらリリアリスでも冬はとても耐えられないだろう。冬が来る前に王都に帰すべきなのだろう……街道の安全が確保されたら。
突然、リリアリスの恥ずかしそうに頬を赤らめた顔が思い浮かんだ。
「お世継ぎを……」
世継ぎ……。リリアリスは、こんなところに嫁がされて、俺のような男と世継ぎを設けようというのか?
腐っても王家の血が入っている。
家族に言われたか?
いや。まさかな。リリアリスのことだ。屋敷の者たちに「お世継ぎはまだですか」とキラキラした目で問われ、皆のためにとでも思ったのだろう。
優しい女性だ。
きっと、自分の幸せよりも、皆の幸せを優先してしまう。
だからこそ……。手を取るわけにはいかない。幸せになってほしい。




