言いくるめられる▽
「だから、私も領地のために戦うわ!」
「リリアリス、行かせない。お前は屋敷にいるんだ!熱を出して倒れたのを忘れたのか!」
あっ。私、足手まといってこと?
泣きそうになる。
確かに、魔物を前のぶっ倒れてしまったら足手まといになってしまう。私を守ろうとカイはするだろうし。レッドやガルダ様だって、女子供を守ろうと動くだろう。
「す、すまん、あ、そうじゃないんだ、俺はお前のことが心配で……」
泣きそうな顔をする私に、アルフレッド様が焦っている。そして、マーサが何やらアルフレッド様の耳元でささやいた。
「俺は屋敷にはなかなか帰れないから、リリアリスには、その……公爵夫人として屋敷を守ってもらえないか?」
「公爵夫人として?」
まさか、そんな言葉が出てくるとは。マーサの入れ知恵だろうけど。屋敷を守ってくれなんて、屋敷でおとなしくしててくれって話だよね。
「魔物が街に入ったら、皆が最終的にはギルドの地下室かこの屋敷に避難してくる。避難した者たちを受け入れる準備を頼めるか?」
はっ!
「ごめんなさい、そんな大切なことを頼もうとしてたのに……!」
頭をかち割られたかと思った。自分の浅はかさに。
スタンピードの危険が迫っているというのに、魔物と戦うには足手まといになると言われてショックを受けていたなんて。馬鹿すぎる。
戦うだけが仕事じゃないのに。
きっと、今だって部屋の外では、スタンピードが起きたときへの備えを続けているのだろうし、ワーウルフとの戦闘の後処理なんかもしているのだろう。
サラが光魔法を冒険者たちに教えているのだって、準備の一つに違いないし……。
私、いくら仮でも公爵夫人だというのに……。何が領民の生活を向上させたいだ。屋敷を飛び出して、本来公爵夫人としてすべき「屋敷の切り盛り」を放棄して言いわけがない。
きっと、アルフレッド様の「自由にしていい」は「屋敷を自由に切り盛りしてくれていい」っていう意味だったんだろう。まさか、屋敷から毎日のように街に出ていくなんて思ってなかったんだろうな。
「屋敷のことは任せてください」
アルフレッド様がホッと息を吐き出した。
「いや、無理はしないでくれ。ゆっくり休んでくれ。マーサ、お茶の準備をしてくれ、サラはギルドへ」
うん?そんな悠長に休んでちゃだめなんじゃない?スタンピードはいつ起きるかわからないんだよね?避難所として準備することはたくさんあるのでは?
私だって、すぐに仕事するよ!
すくっと立ち上がったら、アルフレッド様が私を再びお姫様抱っこする。
ちょっ。
「頼むから、休んでくれ。君に何かあったら……侯爵に申し訳が立たない」
はい?こうしゃく?誰だよ。まさか、私の親のことか?
「すまない。まさか、君がいる間にスタンピードの危機が迫るとは……安全な王都で過ごしてもらえればよかったんだが、すでに街道は危険なんだ。この屋敷が一番安全だ……すまない……」
呆然として何も言い返せないでいる間に、再度謝った。
何、言ってんだ?
家族は私を流刑地と呼ばれるこの場所にやってせいせいしてるよ?
私はあんな使用人以下の扱いで虐待されるような家になんて帰りたいくなんてない。今が幸せ。王都は嫌だっ!
って思ってるの、知らないの?
いや、知らないか。
……言ったほうがいい?侯爵家の恥をさらすべきじゃない?……そんないらない娘を押し付けられたと知ったら、アルフレッド様も、アルフレッド様を慕う使用人や領民も、悲しむよね。怒るよね。
だめだ。言えない。……ううん、言えないどころか、バレちゃだめだ。
私が追い出されるようにして嫁いできたなんて。まるでゴミを捨てるように流刑地に送られたなんて。
ここは、ゴミ箱じゃない。流刑地なんかでもない。
心優しい人たちが住む楽園だ。心が腐った人たちが魑魅魍魎のように跋扈する地獄じゃない。
「守るから」
私のつぶやきに、部屋を出て行こうとしていたアルフレッド様が振り返った。