旦那様登場!
くぐもった聞き取りにくい声に振り返ると、ドアをサラが開いていた。
もしかして考え事している間にノックの音がして無意識にどうぞと返事していたのか。
開いたドアから、背が高く、マントで全身を覆い隠した人物が入ってきた。
男性だよね?
思わず首をかしげる。
顔は全体を覆う仮面をはめて居る。真っ黒な仮面に髪は金色。目元に穴は開いているものの、仮面の陰で目はよく見えない。
「だ、誰?」
不審者?
「お初にお目にかかる。我妻、リリアリス」
はいぃ~?この真っ黒仮面男が、アルフレッド様?
なんで仮面なんてはめてるの?愛さないどころか顔も見せたくないって?
それとも、顔にひどい傷跡があって、それゆえに愛されるはずもないから初めに愛さないと突き放したとか?
……なめるなよ。
私は、人を顔で判断するような女じゃない。
男は、筋肉……違った。心だ!心がすべてだ。男だけじゃない。女もだよ。顔は年を取れば衰えるものだ。筋肉も。それは老化なので、誰にも等しく訪れるものだ。だから、顔や筋肉で選べば衰えたとき同じように愛せなくなる人もいる。
心は違う。年を取るとより豊かになることすらあるのだ。
まぁ、だから仮面なんてかぶる必要なんてないし、突き放すようなことを言う必要もなかったのに。
というのは伝えるべきか?もしかしたら本当に私の顔も見たくないし見せたくないだけかもしれないし。
もしくは、仮面フェチ。
いろいろなフェチがいるもんなぁ世の中には。
なんか、いろいろ驚きすぎて挨拶もしていなかったことに気が付いて、慌てて慣れないカテーシーそする。
足元がぐらりとふらつく。
ありゃ。慣れないカテーシーをしたせいか。
「堅苦しい挨拶はいい。病み上がりなんだ、無理はするな」
さっと手を出し、よろける私を支えてソファに座らせてくれた。
おや?旦那様は優しい人?
嬉しくなって旦那様の仮面を見上げて笑いかける。
「ありがとうございます」
「うっ、いつも以上に、かわい……」
くぐもった声で旦那様が何かをつぶやく。
もごもごした声でさらに仮面で声が阻まれるためブルートゥースの調子が悪いスピーカーよりも聞き取りにくい。
「何ですか?」
「いや、何でもない。……その、今日はあーっと、その、撤回しに来た」
「は?今日は来た?帰ってきたんじゃなくて、来たっていう言い方……?仕事で帰れないんじゃなかったんですか?その言い方だと、まるで……愛人と別宅で暮らしていて、たまに本妻の顔を見に来たみたいな……」
君を愛さないというのは、愛人がいるからという単に定番設定だったか……。
と、仮面の下に傷跡説は消えた!
旦那様が焦ったように言い訳を始める。
「いや、俺に女はいないからな!」
「俺?」
あれ?公爵様ともあろうものがずいぶん似つかわしくない一人称だよね?
まるで冒険者のような……レッドみたいな言い方だ。
声はくぐもっていて違うけど。イントネーションなんかは似てるよね。こっちの方言みたいなものなのかな?
「僕に女はいない」
ぐふっ。
仮面の奥でどんな顔してるのか分からないけれど、僕も違うんじゃないかな?なんか、言いなれてない感じが……。
と、じーっと真っ黒な仮面を見ていたら、旦那様が続けた。