服
「別の国の、熱くて乾燥したところに出る魔物は水が苦手だって聞いたことがあるわ」
えっと……。ファイアーボールがあったから、ウォーターボールもあると思い込んでたけど。
「えっと、ファイアーボール……火球みたいに、水球とかないの?水の塊をぶつけられたら痛いんじゃない?」
「ああ!確かに水瓶の水が飛んできてぶつかったら痛そう」
赤毛の侍女が笑った。
「水瓶ごと当たれば痛いかもしれませんが、水ですよ?当たった瞬間広がって固まってないですし痛くないんじゃないかな?」
「いやいや、そんなことないよ!水に飛び込んで人が亡くなること建てあるんだし!高いところから飛び込むとコンクリートみたいに硬いとか」
飛び込みをするときにちゃんと手の先から飛び込まずにハラウチすると腹が痛いし、首から落ちて命を落とす人もいるらしいし。
水だって殺傷能力ある。
「コンクリート?とは何ですか?」
しまった!
「とっても素敵に準備してくれてありがとう!」
鏡の前で、柄にもなくくるくると一周回って見せる。話題逸らし作戦だ!
実家の伯爵家でも光属性だと分かってから一度も着たことがないドレス。
公爵家に嫁いできてから初めて着る、布がたくさん使われてフワフワのスカートのドレス。
幸い、コルセットでぎゅうぎゅう締められるようなことはなかったから着心地は悪くはないんだけど、このスカートじゃ走るのに邪魔そうだし、急な階段は駆けあがれなさそうだし、ギルドの奥の倉庫への出入りするときには引っ掛けそうだし、食事の時に汚さないか心配しないといけないし、調理場へ足を運んでちょっと何かを作ることもできないじゃない!
肘から先に広がったひらひらを恨めしそうな目で見る。
誰がデザインしたんだろうね?これ、テーブルの向こう側の物を取るだけでも、ひらひらが手前にあるもの引っ掛けるよね?ケーキのクリームとかつけちゃうやつだよね?
なんで、私、今こんなドレス着せられてるんだろう……。
あ、そうだ。アルフレッド様……えーっと私を愛さない宣言してる書類上の旦那様が帰ってくるからだったっけ。
……めんどくさい。
いや、旦那様の筋肉を愛でるんだった。愛でたらさっさと仕事に行ってもらおう。で、いつもの服に着替えてギルドに。
「マーサ、クローゼットにいつものシャツとズボンがなかったんだけど、洗濯中?汚れが落ちてなくても構わないから準備してほしいのだけど」
マーサに声をかけると、マーサが私の顔から視線を外して頭を下げた。
「申し訳ありません、破棄いたしましたのでございません」
破棄?
「え?そんなに汚れがひどかったの?知らない間にどこか破れてたとか?でも私は汚れなんて気にしないし破れたら縫えば……私、繕い物得意よ?」
なんせ、伯爵家では使用人扱い……どころか使用人以下だったからね。使用人のお仕着せのほうが綺麗だった。
よくある子供虐待の図。魔法の属性が光だっただけでよ?ありえないよね。見栄っ張りな貴族だったから余計に反動でひどい虐待状態になったのかもしれない。
サラも光属性だけど母親のマーサも兄のカイも虐待したりしてない。それどころか周りから冷たい態度をとられることに心を痛めてたもの。光属性でも役に立つんだということをサラ本人だけじゃなくてカイもマーサもとても喜んでいるし。
もっともっと役に立つこと教えてあげるからね!ギルドの子たちにも、もちろん。
流刑地なんて言われるこの公爵領に観光客を呼び込んで豊かな土地にして「光魔法やるじゃん」って。
……あれ?
ほつんと小さなとげではない、靴の中に入り込んだ小石のようなちょっとした違和感。胸がもやっとする。
私は、光属性の子が差別されずに人並に生活できるように助けたいと思っているのだろうか。
それとも、私を虐待した親に「ざまぁ」って言ってやりたいのだろうか?
「あら、お姉様ったら、また怪我をしたんですか?聖属性の私がいてよかったですわね」
勝ち誇った顔をして私の怪我を口の端をあげて回復魔法を使って治していた妹。
怪我を治す訓練に使われていたのは前世を思い出した私には疑う余地はない。
そのために使用人たちが私に怪我を負わせるような行動をしていたのも。荷物を持った私の足を引っかけたり、勢いよく私の隣を走り抜けるときに肘をつきだしたり。とがったものを投げよこしたり、洗い物の中に割れた食器の破片を混ぜたり。わざとじゃないのごめんなさいと言われたけれど……。怪我をするとすぐに妹がその場にいてすぐに直してくれて「わざとじゃないなら仕方がないですわよね。お姉様お許しになるでしょう?私が怪我は治してあげてもう痛くないんですから。光属性じゃ怪我は治せないですもんね。私がいてよかったわね」
と言われて。
「飛んでもございません!汚れて破れている服ではなど……。もともとアルフレッド様がお召しになった服ですのでいくらでも替えはございます」
あ。しまった。過去の記憶に飲み込まれるところだった。
「じゃあ、それを用意してもらっても?」
と、マーサにお願いしたところで、ドアの外から声が響いた。
「それはできぬ」
ん?
この声?