憤る親子
「はっ!そうでした!リリアリス様の準備を手伝うために戻ってきたのでしたっ!」
サラが急に使命を思い出して、動揺は影を潜めてしまった。何を隠しているのか探るのは無理そうだ。くっ。残念!
「あら、サラ、まだ何も進んでないじゃない!」
マーサが顔を洗うための手桶とタオルをカートに乗せて部屋に来た。
あれ?朝食前に一度顔は洗ったけどな?
と思ってよく見ると、手桶からは湯気が上がっている。
ん?
「さあ、リリアリス様、準備いたしましょう!」
マーサがタオルをお湯に浸して絞り、私の顔の上に乗せる。
少し熱めのタオル。蒸してはないけどこれ、蒸しタオルのパック?
顔が温められて気持ちいい。
それが終わると、いつもの3倍は何か顔に塗りたくられた。
髪の毛にも何かつけられ丁寧に髪をとかれる。
「ちょ、何の準備?まさか舞踏会でも行われるわけじゃないよね?」
マーサがてきぱきと手を動かしながら答えた。
「ただの、朝の身支度です」
へ?
「本来であれば、毎朝公爵夫人として行うべきお支度をさせていただいております」
う……。
「なんで、突然?今まではしてなかったのに……」
「リリアリス様がお望みではなかったようでしたので」
マーサが答える。
うん。そう。望んでない。確かにホットタオルは気持ちよかったけれど。それを準備するのが大変だというのも知ってるし、使用人のように扱われていたから急に貴族の生活に戻れ問いわれても困るし。
「今日も必要ないわよ?」
「いいえ、必要あります」
なんで?私が必要ないって言ってるのにぃ!
「お昼前にアルフレッド様がいらっしゃいます」
「は?なんで来るの!」
「あ、失礼いたしました。アルフレッド様が帰っていらっしゃいます」
「そうだった。ここ、アルフレッド様の家だった……」
そりゃ帰ってくるか。なんで来るのじゃなかったわ。
「でも、いつも通りでいいわよ。どうせ愛さないって言われてる妻なんだし。綺麗になってお迎えなんて……」
鏡越しに見るマーサの顔が怒りに満ちている。笑ってるのに、笑ってない。
「いいえ!驚くくらいリリアリス様には綺麗に装っていただきます」
どうしてさ。
「別にいいよ。愛されたいとも思ってないし」
マーサが笑ったままぼそりと言葉を吐き出した。
「ええ、愛したいと今更言っても、もう遅いと言って差し上げればいいのです」
え?
「そうだよね!会いもしないうちから、愛さないなんて手紙1枚で放置してたんだもの。いくら仕事が忙しくても失礼だよね!母さん、私も頑張る!綺麗なリリアリス様見て後悔すればいいんだわ!」
はい?
まさか……。
そんな楽しいことを計画してるなんて……!「いまさら後悔してももう遅い!」を実生活で目の当たりにする日が来ようとは!
でも、私は別に愛されなくても、筋肉を愛でられればいいんだけど?ざまぁとか考えてないんだけど?
衣食住に不自由せず、好きにさせてもらえてるんだもの。幸せだし。
カチャカチャと化粧道具を準備しながら、サラとマーサが何かひそひそと話をしている。
「違うわよ、サラ。後悔させて終わるんじゃないわ。アルフレッド様には努力してもらうのよ。リリアリス様に好きになってもらえるように頑張ってもらうようにはっぱをかけるまでが私たちの仕事よ」
「あ、なるほど。アルフレッド様にも幸せになってもらいたいですし、リリアリス様にずっといてもらいたいし、そのための作戦その1ってことね!」
「そうそう、アルフレッド様にリリアリス様を好きになってもらうのがまず一歩」
何の話をしたのか、マーサに加えてサラも非常にいい笑顔……。
裏で何を考えているのかわからない怖い笑顔でクローゼットからドレスを持ってきた。