絶望の雨と、希望の光
「雨雲か!」
カイの言葉に空を見れば、確かに真っ黒に立ち込めた雨雲がこちらに近づいてきている。
太陽が隠れ、薄暗くなってきた。
「鼻が利くから、雨のにおいを感じていたのだろう……」
冒険者が苦々しい顔をする。
「雨が降れば火魔法の威力が半減してしまう……。早く、行きましょうっ!」
カイにせかされる。
やだ。やだ。
わかってる。逃げなきゃ全滅だし、迷惑をかけちゃうし。でも、何か手はないの?ねぇ……!
ワーウルフの数がさらに増えている。
「くっ。これは壁の中に入っても、侵入を防ぎきることはむつかしいかもしれないな。ギルドが気が付いて応援を西側にどれだけよこしてくれるか」
冒険者二人が覚悟を決めた表情をする。
「少しでも侵入を遅らせ数を減らす必要があるな」
それって……。
「お前たちは中に入ったらギルドに伝令を頼む」
私とカイに向けて冒険者の一人が口をひらいた。
「伝令?すでに壁の上で見張っていた人間がギルドに向かっているでしょう」
そうか、確かに。じゃあ、通信弾いらなかったんじゃ……。
「いや、あの位置からでは木々が邪魔をしてワーウルフロードは見えなかっただろう。さぁ、行け。行ってギルドに伝えてくれ!」
その言葉が、私とカイを壁の中に行かせる決心を促すものだというのはすぐに分かった。
もう、3人とも死を覚悟した顔だ。
冒険者の一人が塀に取り付けられた出入りするためのドアを素早く開き、私の背を押した。そして、カイが開いたドアを閉めた。
「カイっ!」
嘘でしょう?
「カイ!だめだよ、私の足は遅いんだもの、カイがギルドに走ってよっ!」
太い鉄格子でできた扉だ。向こう側の様子は見える。カイは私の声を無視して背を向けた。
「なんでっ!なんでよっ!」
幸いにして、雨が降るのをワーウルフロードは待っているのか、一定の距離を置いてワーウルフはまだ仕掛けてこない。
「いやだ、いやだ、いやだ!」
何もできない役立たずの私がいやだ。
光魔法なんて役立たずの魔法、いやだ!
冒険者たちが10名ほどやってきた。受付の美人のお姉さんもその中にいる。弓を手には持っていた。
それから、剣を構え、エプロンをしているおじさんもいる。
「これは、思ったよりも数が多いわね」
「あと四半刻持ちこたえれば騎士が来るはず」
「足は悪くなったが剣の腕はにぶっておらぬ。壁を背にして戦うくらいはできる」
エプロンをしたおじさんが塀の外へと出ていく。
「街を守るんだ!」
後に続いて10人ほどの冒険者も出て行った。
弓を持ったお姉さんは心配そうにこちらの様子をうかがっている街の人に声をかけた。
「特別警戒レベル5。避難所へ至急避難。各自情報拡散しつつスタンピードに備えるように!」
お姉さんの言葉に、瞬く間に緊張が広がる。
しかし、誰も恐怖に叫び声をあげたり、泣き出すようなことはない。
すぐに行動に移った。
私一人がおろおろとしている。恥ずかしい!みんな、自分ができることがわかっていて、行動しているというのに。
すぐにお姉さんは塀の上へ続く階段を駆け上がっていった。
「そうだ。お姉さん、ワーウルフロードがいます」
お姉さんを追いかけるように階段を上り、伝えるべき情報があったことを思い出し声を張り上げる。
「なんですって?」
5m程の高さにある壁の上から見ると、確かに森の木々にさえぎられてワーウルフロードの姿が見えない。
「あのあたりです。下からは見えますがここから見えない場所に。冒険者の話によると、雨が降るのを待っているんじゃないかと……」
お姉さんが空を見た。
「それはありそうね。応援が到着するまでもってくれればいいのだけど……」
雲はどんどんと厚みを増し、真っ黒だ。昼間だというのに、月光で照らされた部屋のような暗さ。
応援が来るまでもちそうにない。
ぽつり。
大きな雨粒が無情にも私の鼻先を濡らす。
「1匹でも数を減らす!」
お姉さんが弓を構えてワーウルフに放ちだした。
もう、200……いや300はいようかというまで数が増えたワーウルフ。2匹、3匹と次々に矢に倒れていくけれど、焼け石に水にしか見えない。
カイと冒険者たちも、10人以上がドアを守るようにして近づいてきたワーウルフを始末しているけれど……やはり圧倒的な数の差に、焦りが見える。
森の木の下からワーウルフロードが姿を現した。
まるでそれが合図化のように、サーっと激しい雨が降り出した。
来る。
「ウオォォー……」
「スキル、咆哮だわ……!」
お姉さんのつぶやきが終わるか終わらないかのうちに、咆哮に突き動かされるようにして、ワーウルフが一斉に駆け出した。
ピカッと、雷が光った。
あ!
その瞬間、咆哮が止まる。
そして、すぐに再び咆哮が始まった。
ワーウルフたちの動きもそれに見事にリンクして、咆哮が止まった瞬間に動きが鈍くなり、咆哮が再開すると再び勢いを増す。
お姉さんはほぼ真下に向けて矢を放ちだした。
真下には扉を守る冒険者たちと、それに襲い掛かるワーウルフ。雨水に血と泥が混じりぐちゃぐちゃになっているのが見える。
「あああああ!ああー!」
みっともなく、ワーウルフロードの咆哮のように、叫び声をあげる。
私が、聖属性ならば!
違う、そうじゃない、違う、光属性魔法にだって、できることは……あるっ!
ゴロゴロゴロと大きな雷鳴が鳴り響いた。
まだ、雷は遠い。
雷……。再びピカッと空に稲妻が走る。
ワーウルフロードの咆哮が一瞬止まった。
その瞬間に傷ついた冒険者が一人塀の内側へと別の冒険者によって押し込まれる。
そうか。一瞬でもワーウルフの動きが鈍くなればできることがある。
ならば!