空のクローゼット
手紙から顔を上げてマーサを見ると、まだ驚きから立ち直っていない顔をする。
「私、愛されていないし、愛されることもないけれど……アルフレッド様に気遣ってもらえて嬉しいです!」
正直な気持ちだ。
手紙には3年間好きにしていい、予算は侯爵令嬢だった時ほどは出せなくて申し訳ないなど気遣う言葉が続いている。
っていうか、名ばかり侯爵令嬢だったから予算はゼロだよ。働いた分の給料分でマイナスだよ!
マーサが驚いた顔をしているというのに、さらに目をまん丸にした。
「あの、奥様はそれでよろしいのですか?」
白い結婚ののち離婚されるなんて、まぁ、普通なら屈辱的な話なんだけど。
「女の幸せは結婚だけじゃないのよ?」
前世だって、40歳独身喪女オタク、幸せだったよ。
誰に遠慮することもなく推し活できて。なぜか、自分の名前も推しキャラの名前も思い出せはしないんだけど。推しているときのあの幸福感はしっかり覚えている。
マーサはまだ納得できない様子というか、私に同情的な目を向けている。
あれ?光属性の私がアルフレッド様と結婚することに否定的なんじゃなかったのかな?
私とアルフレッド様が白い結婚ののち離婚するなんて喜ぶことじゃないの?なんで同情的な目をするのかな?
……もしかして、使用人の中にも、私を歓迎してくれている人がいるの?……マーサは私を歓迎してくれていた?
「マーサ、だから私のことは奥様じゃなくて、リリアリスと呼んで」
まだ湿っぽい顔をしているマーサに明るく話かける。
「お腹がすいたわ」
「はい。すでに準備は整っております。着替えて食堂へ」
マーサが、クローゼットを開いた。
「あ……」
空っぽのクローゼットを前に、マーサが固まる。
「そうでした、奥様……リリアリス様の婚礼道具を載せた馬車の行方も分からずお荷物が届いていません……」
いやぁ、それは初めからないんだよ?侯爵家からは身一つで追い出され……いや、嫁がされたのだよ?
いくら探しても、待っても届かないんだよ?
「代わりになるドレスの手配をしてはいますが……公爵領ではリリアリス様が御召しになれるようなドレスを扱う店がなく、まだ数日は……」
「マーサ、ドレスの手配、キャンセルができるならキャンセルして。ドレスにお金を使うなんてもったいないわ。どうせ社交もしないのだし」
今までだってドレスなんて着てなかった。今マーサが着ているよりもずっとボロボロの使用人のお仕着せ。よく怪我をするから汚すから勿体ないと言われ……。
正しくは、よく怪我をさせられ、よく汚されていたんだけども、両親の耳には届かなかったよね。まぁ、どうだっていい。
「で、ですが……」
それにどうせ、3年後に離婚したあとは庶民としての暮らしが待っているんだし。侯爵家には戻る気はない。修道院に入れられるのがおちだろうし。いや、修道院に入れられた方がマシっていう生活を強いられる可能性もある。それくらいなら逃亡一択。
前世知識があれば庶民としての一人暮らしは馴れれば何とかなるはず。
3年という準備期間があるんだもの。
マーサが泣きそうな顔をしている。




