死亡フラグ、立つ
「大丈夫ですか?怪我は?」
血が見えていた。
「大丈夫だこれくらい。それよりも、殲滅はあきらめたほうがよさそうだ」
なんで?この調子なら、残り半分行けそうなんだけどな。
40ほどいたワーウルフは20ほどに減っている。
「あっちだ」
冒険者が指さした方向に1頭のワーウルフが立ち、こちらを見ていた。ほかのワーウルフよりも一回り、いや二回りほど大きい。
「まさか、あれは……」
カイが青ざめる。
「アリス様、すぐに撤退を!ワーウルフロードがいるなら火魔法では魔物除けの効果はない」
え?どういうこと?
ワーウルフロード……。たしかゴブリンロードとか、ロードがついていると、上位種だっけ?強いんだっけ?
「背を向けて走ればすぐに追いかけられてしまう。少しずつ後退して壁の出入り口に近づこう」
冒険者の一人の言葉に、皆がうなづく。
「ワーウルフロードがスキルを使ったら、アリス様は一人でも走って出入り口に向かってください」
カイが緊張を全身に走らせてつぶやいた。
「スキル?」
じりじりと後退しながら、牽制のために時々火球をカイは打ち出す。
「スキル、咆哮。ワーウルフたちの本能を奪い、敵に向かわせるスキルです」
「本能を奪う?」
寝食を忘れるということかな?
「はい。火を怖がるという本能が失われます」
カイの言葉にぞっとする。戦闘マシーン化するのか。
痛みも感じなくなり、恐怖心も飛んでいくとしたら、確かに火を恐れて近づかないなんてことはなくなる。本物の火球であればそれでも対抗手段の一つとして有効だろうけど……。
火光……ただ光っているだけの偽物に突っ込まれたら……。
ごくりと唾を飲み込む。
いつの間にか、ワーウルフは数を増やし、100近くにまでいる。
今は50mほどの距離を保っているけれど、狼の足なら人との距離を詰めるのなんてあっという間だろう。
「まだ、襲ってこないな」
じりじりと後退を続け、200mほどあった壁までの距離が20mほどと近づいた。
「何を狙っている……?」
冒険者の一人が剣を両手で構えたまま出入り口のドアをちらりと見た。
「まさか、俺たちがドアを開けるのを待っているのか?……くそっ。なら、お前らは中に入れ。俺がひきつけてワーウルフの侵入を抑える」
30代前半の、腕に細かな傷跡がたくさんある冒険者が低い声を出した。
これ……。
「お前たちは先に行け!ここは俺が抑える」っていう死亡フラグなのでは?
そんな!
他の2人の冒険者もカイも黙って何も答えない。
仕方がないと思っているのだろうか。
そりゃ、塀の中へとワーウルフの侵入を許してしまうわけにはいかない。だけど。
じりじりと後退して、ついに壁に背中が付いた。
「さぁ、行け!」
全員助かる方法はないの?!
「もう少し時間を頂戴っ!」
「何を言ってるんですか、アリス様」
戸を開けて入って閉める。戸一枚を隔てて、冒険者がワーウルフの群れの犠牲になるなんて。
「【信号弾っ】」
まずは救援要請。助けて。私が森で倒れていた時の信号弾を見ていた人がいれば、救援を求めているって伝わるんじゃない?
今まで見たことのない魔法に、ワーウルフロードが警戒を強めたように見える。
そうか。賢い。
「くっ、なかなか襲ってこないのは、これを待っていたのか」
冒険者が空を見上げた。