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6 天使〈アルベルト視点〉

僕はアルベルト・ラナンキュラス。

ラナンキュラス家の公爵令息である。


僕はやろうと思えば何でもできる体質で、小さい頃から僕の周りの人たちは競い合うように僕を褒めた。

けれど僕はそんなこと望んでないし、別に褒められたって嬉しくはない。何でもできてもすぐに飽きてしまうから面白くない。


仲の良い友人も作る気になれず、退屈な日々を送っていたある日、廊下で3人の使用人が面白そうな話をしているのを聞いた。


『今日は誰がご飯を運びに行く?』

『私嫌よ! 別に運ばなくてもいいんじゃない? 一日くらいあげなくたって死ぬわけでもないし』

『そういうわけにもいかないんだって。だって昨日も運んでないんだもん』

『えっ、ひどww。昨日の当番あんただったんじゃないの?』

『だってあそこ怖いじゃん。薄暗くて気味悪いし。一緒についてきてよ』

『あんなところ、誰が行きたいわけ? パンとスープだけなんだから一人で行きなさいよ』


……誰の話をしてるんだろう?

それにしても扱いがひどいな。ちゃんと生きているのだろうか。


このとき僕はあまりこのことに関して興味を抱いていなかった。




僕の家族は夕飯は一緒に取っている。

その時にさっきのことを両親に尋ねてみることにした。


「「離れ」には誰がいるのですか?」


その言葉と同時に、いきなり普段は穏やかな両親がヒステリックに叫びだした。


「あんな悪魔の子、生まれてこなければよかったのよ!! あなた、だからいったでしょ! アルベルトの耳に入る前に殺しておくべきだと!!!!」

「しかし、公表してしまっているんだ……。アルベルト、あれはないものとして扱え」


なにかに取り憑かれたようにその噂の子を罵り合う。

二人が怒ってるところなんて始めてみた。


……面白そうじゃないか。なんとしてでもその子の事を聞き出してやる。



両親はなかなか口を開こうとしなかった。

思った以上に手こずっている。ならば勝手に「離れ」へ行くと言い出したところ、絶対に行かないでくれと止められ、渋々だが教えてくれた。


イリス・ラナンキュラス

僕に妹がいるらしい。



会いに行ってみようじゃないか。


◇◇◇


……………………息が止まるかと思った。



今僕は噂の子がいる「離れ」の小さな部屋の前にいる。



ドアをノックすると、小さな女の子が扉を開けてくれた。

真っ白の肌で髪や目は不思議な色をしている。白にも見えるけど、よく見ると角度によって見え方が変わるらしい。とても綺麗な色だ。



天使が舞い降りた。


僕の頭にはその言葉しか浮かんでこない。こんなことは初めてだ。

小さな天使、イリスは感情のこもっていない不思議な色の瞳でじっとこちらを見ている。


…………いけない、なにか言わなければ。


「やあイリス、僕が誰かわかる?」


イリスはずっとこちらを見たまま喋らない。


…………かわいい……!!


でもよく見てみると、服は彼女にしては大きくボロボロで、ガリガリに痩せている。

そういえば使用人たちは、時々食事を運んでないって言っていたっけ。確かイリスは僕の3つ下だから3歳のはず。

…………パンとスープだけでもちゃんと食べているのだろうか……。


そんなことを考えていると、イリスの口から鈴の転がるような声が聞こえてきた。


「ラナンチュ、キュラ公爵子息様、こんなところまきてどうされまち、たでしょうか。何かに緊急の予定でも?」



声まで可愛い……!!

それ舌っ足らずで少し噛むところも。


それにしても、僕の妹は僕の存在は知っているようだが、まるで肩書のような僕の捉え方である。兄、ということは知っているのだろうか。


………………。


少し沈黙ができた。

またイリスはきらきらの瞳でこちらを見ている。


「ああ、ごめんね。そうだよ、僕はアルベルト。はじめまして、君の兄だ。イリスにとっては僕はお兄さんだから僕のことはある兄様って読んでほしいな」


今度はイリスが固まってしまった。

それもまた可愛い。また沈黙が続く。しかしイリスの表情は変わらない。

おかしいな。ふと違和感が心のなかに芽生える。


すると何かを決心したような顔をしてイリスが喋った。


「アル……兄様?」


……クリティカルヒットした。

やばい、今度こそ心臓が止まるかと思った。

感動のあまり僕はイリスを抱き上げてしまっていた。


「そうだよ! アル兄様だ! もう一度言ってみて、イリス!」

「……………………」


口を閉ざしてしまった……。次の機会にでも言ってもらおう。

それにしてもイリスは軽い。軽すぎる。6歳の僕でも軽々と持ててしまう。

3歳にしては小さすぎるのではないか?


「アル兄様、元気だして」


たぶん僕が落ち込んでいると思ったのだろう。

思考が少し飛んでいたのもあって、大袈裟なくらい顔を上げてしまったのが自分でもわかる。

イリスはちょっとびっくりしながらも、僕におろしてほしいと頼み、僕はそのまま椅子へと進められた。


イリスがあたふたしているのを見て可愛いなと思いつつ、思考に走る。


…………本当にイリスは死なないだろうか?

下手に両親に相談するとかえってイリスが殺されそうに思えてくる。


気づかない間にすることが終わったのかイリスがじっとこちらを見ていた。

ああ、もう時間か。あっという間だったな。


「今日はね、僕の妹がどんな子かを見に来ただけだからね。今日はもう帰らなくてはいけない。父上や母上にも何も言ってないし、今頃使用人全員で探しているだろう。また来るね」


……多分すぐに帰らないと、今頃血眼になって僕を探しているだろう。少し長居しすぎたか。


僕はイリスに別れの挨拶をして、部屋を後にした。


◇◇◇


もう一度さっきのことを思い返してみる。

かわいかった。それはもう。でも今日一度もあの子の表情は変わらなかった。あの年頃にしてはおかしい。

違和感の正体はこれか。僕だってもうちょっと感情は表に出していたと思う。


あの様子だと、表情を出さないのじゃなくて出せなくなっただろう。多分両親や使用人の扱いでああなっている。


僕が守ってあげなければ。


そう心に誓い、僕は自分の部屋へと戻っていった。


アルベルトは気づいていないが、彼にとって初めて1つのことに興味を持ち、執着したことだった。

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