58 どこにいても最強コンビ
「もう兄様が卒業なんて、一年はあっという間ですね……」
これが最後になるだろう兄の制服姿を見て思わず涙ぐむ。
「そうだな。この学園生活も早かったようで短かったようで、良い経験にはなった」
アル兄様からそんな言葉が聞けるなんて、前世では何もかもに無頓着だった彼がこうして卒業をしみじみと噛み締めていると思うと何だか込み上げてくるものがあった。
先程卒業証書をウィステリア学園長から授与され、みな外で待っていた在校生や両親、4年間共に過ごした友人のもとへ駆け寄り卒業の嬉しさを分かち合っている。
ラナンスキュラ家もきっと親が来るのだろうが、まだ来ている気配はない。ウィステリア学園の敷地に入った瞬間にリー達に伝えてもらうようにしているからそこら辺は準備万端だ。
「ああ、ここにいたのか。結構探したぞ?」
リディ様とミモザが2人揃ってこちらへ向かってくる。何だかもうリディ様とミモザが2人でいるのは見慣れた光景となっており、この短期間で学園全員が2人の関係に関しては周知の事実となっていた。
初めは結構な騒動が起きたけどね……。リディ様のファンは倒れるわ、ミモザを姐さんと慕っていた同級生(ちょっとだけ先輩も混ざってたり)は悲鳴をあげるわ、あー…あと密かにミモザを狙っていた男供が遅かったと嘆くわで、まあまあカオスと化してたけど。私から言わせてもらうと、男供に関してはあのリディ様に勝てるわけないじゃないか…とも意地の悪い私は思ったり…。
まあでもこんなに溺愛を見せつけられたら、ね。
まるで砂糖を食べているような気分だよ。
ほら今も……。あれ、これってもしかして私達目を瞑ってた方がいいのかしら?
『イリスー、来たわよー』
ピクッとその言葉に反応する。どうやらお父様とお母様がウィステリア学園に訪れたようだ。
「兄様、お父様とお母様が来たようですので私はこれで失礼しますね。また卒業パーティでお会いしましょう」
お父様達が会って嫌な顔をするのは私だけだ。リディ様とミモザはむしろ歓迎されるだろう。何たって2人とも超のつくほどの高位貴族だからだ。私? そりゃ私は別よ。
私の言葉を聞き、あからさまに嫌な顔をする兄様を見てリディ様とミモザが何か察したようだ。
「じゃあ私はイリスと共に寮へ帰ります。お二人とも本当にご卒業おめでとうございます。じゃあ行きましょう、イリス」
ミモザのあまりの切り替えの速さにびっくりしていると、兄様が大きなため息をつき、私の肩に手を置いた。
「本当にごめんね、イリス。この4年間であいつらの何かが変わるかもと努力はしていたが……やはり何も変わらずイリスには辛い思いをさせる」
「兄様が気に病む必要なんてひとつもありません! 兄様が悪いのではないのですから。それに兄様はずっと私の味方でいてくれましたし、それが何よりも心強かったです。本当にありがとうございました」
「……ありがとう。これからの生活に幸多き事をイリスに願うよ」
……あれ、その言葉って私が送るべきなのでは? と思う前にミモザに手を引かれてその場を後にした。
◇◇◇
つつがなく卒業パーティーが進行していることにホッと安堵のため息をつく。この学園の生徒会も生徒会が決まって早々一年の1番重要な行事と言っても過言ではない卒業パーティーの準備、進行が初仕事なんてほんとどうかしていると思う。
前世までも何事もなく進んでいたから大きな問題が起きるとは思っていなかったけど……、今世は何かとイレギュラーなことが多いため念入りに準備するに越したことはない。
けれど、今回もやはり庶務であるトーマス様がほぼ全てやってくれてたおかげで、私たちはほとんどする仕事がなかったというのはここだけの話……。
4年生はウィステリア学園に学生としてくるのは今日が最後であるため、友人や恋人と楽しく談笑している。
中には今日が最後だということで想いを伝えている方もちらほら。素敵ねえと思いながら私はアル兄様を探した。
探すと言っても簡単なんだけどね。だって、ほら……。
たぶんあの人だかりってアル兄様かリディ様の周りに作られているものでしょ。しかも一つしかないから2人は一緒にいると見た。
私あそこ入る勇気あるかな……。いやでも今日が一応兄様と学園で会うの最後だしなー……。
自分の中で葛藤しているとポンと後ろから肩を叩かれて、振り向く。
「イリス、じっとしてどうした? 何か都合の悪いことが起きたか?」
「ああ、ミモザ。特にそういうのではないんだけど、、」
あの人だかりに目を向けると彼女も察したようになるほどと頷いた。
「今日が最後だから少しだけでもお話ししようと思ってたんだけど、あの人だかりの中をいくには結構な勇気がいるじゃない。だからどうしようかな、って」
「……私もルドフィルと話がしたいと思っていたが…あれは難しそうだな…」
やはり考えることは同じ。今日話せるのが最後なわけではないし、ここは他の女子達に譲るか、と2人で諦めようとしたところどうやらあの人だかりがこちらへ近づいてくるらしい。
正直人だかりのまま来ないで欲しい……けふんけふん。2人が私たちの事をみつけてくれたようだ。
「生徒会としての仕事、うまくいっているようだね」
アル兄様が私の頭を優しく撫で、リディさまがミモザにとてつもなく優しい目を向ける。もうそれだけで周りからの視線を独り占めなのだが……、普通に嬉しい。
「ほとんどトーマス様がやってくれたようなものですが……先輩方の笑顔が見れてほっと一息ついているところです」
「イリスはまだ一年生だからこれからだね。困ったことがあったらいつでも僕を呼ぶといい。王城にいると思うし、何かあったらすぐに駆けつけるから」
4年間、私は生徒会として仕事が出来るだろうか。と湧き上がってきた不安に今は蓋を被せる。悩んでも仕方のないことだ。
「はい、ありがとうございます。アル兄様も時間が合えば会いに行きますね」
「そうしてくれるととても嬉しいよ」
まるで王子様のように微笑む。
……破壊力がこの一年、いや、私が合わなかったうちに磨きがかかったのは言うまでもなく事実だろう。
最後だし、踊ろうかと誘われて私達はダンスの輪の中へと入っていった。




