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親友

「シャーロット様は、いつも素晴らしい人だわ。ふふ」


 私は表情を作り、そうやって彼女を褒め讃えた。


 もちろん内心とはまったく違う気持ちで。


「ありがとう。シーメル様」


 シャーロット・グウィンズ侯爵令嬢。

 筆頭侯爵家の一人娘。

 本来なら私と同じように婿入りしてくれる相手を探さなければならない立場だった癖に、家柄で第一王子に選ばれた、いけ好かない女。


 私もクトゥン伯爵家の一人娘だ。

 家格の差はあれど、本来なら女で爵位を継ぐ立場だった、という事でシャーロットとは縁があった。

 似たような教育を受ける事になるだろうし、学ぶ事もあるだろうと友人になったのだ。


 だから私達は幼い頃から『親友』という関係を築いていたけれど。

 シャーロットが第一王子の婚約者と決められた時から、それは崩れていた。


 ううん。内心ではとっくに違っていたけど、そこは貴族だもの。

 友人面して取り入るなんてして当たり前の事よ。



 シャーロットは何でも出来る女だったわ。

 学園のように明確な差を点数でつけられる機会は少なくとも周りの評価がそれを示していた。


 いつも傍に居た私は、そのせいでシャーロットと比較される立場だったの。

 最悪の立場よね。


 伯爵令嬢って言っても、周囲を家格の低い者で固めれば……それこそ満たされるものだってあった筈じゃない?


 何でも出来るシャーロットの『比較対象』としての令嬢、なんて嫌で嫌で仕方なかった。

 それでも傍に居たのは、それなりに美味しい面があるからだったけど。


 とにかく私はシャーロットの事が嫌いだったわ。


 学園に入学した後、その頃にはもうシャーロットは侯爵令嬢だけでなく『第一王子の婚約者』だったから。

 当然、離れられないわよね。


 一番の親友よ、って顔をしてあの女の隣に立って。

 一目置かれる存在になったの。


 ……シャーロットは、どうせなら侯爵家の令嬢とだけ関わっていればいいものを、身分差に関係なく接する女だった。


 如何にも綺麗な事しか知りません、って顔して、ますますいけ好かない。



 でもね?

 私、知ってるのよ。シャーロットの弱点。


 それはね。


 家族に愛されていない事。


 グウィンズ侯爵は、娘の事を政治の道具としか見てないような男よ。

 筆頭侯爵家の立場だって言うのに、まだ上を目指したいんでしょうね。


 家ではシャーロットの口答えを赦さない。

 それは、いずれ王妃に据えるつもりのシャーロットを自分の意のままに操ろうって考えからだと思うわ。


 シャーロットの母、侯爵夫人はとっくに死んでる。

 だからあの女にとって父親がどんな人間性をしていても、唯一の肉親だから捨てられないってワケ。


 そんな女だから、いずれ結婚するハロルド王子に対して『家族』である事を内心で求めてたのよね。


 男女の恋愛にすら至ってなかったんじゃない?

 あの目は、そういう目じゃないものね。


 それならそれで可愛らしく殿下に媚びへつらっていればいいのに、他人への甘え方を知らないあの女は、大真面目に妃教育で得た優等生面を続けるしか出来なかったの。

 バッカみたい。


 ……まぁね? そういうのは『こういう風にすればいいのよ』って。

 教えてあげるのは、それこそ同性・同年代の親友である私の役目だったんでしょうけど。


 嫌よ、私。


 成績優秀、誰より綺麗で、未来の王妃。

 いつもいつも私を比較で下にして評価されてるような女に、どうしてそこまで優しいアドバイスが必要なの? って思うわ。


 誰か気付いたんなら、そいつが救って差し上げれば? って話よね。

 王妃か誰かが手を差し伸べれば良かったのではなくて? ふふ。


 家族に愛されない。


 家で唯一の肉親の父親が関心を持つのはシャーロットの成績だけ。

 だから妃教育と学園の勉強がどれだけ詰め込まれようが、あの女はすべてに手を抜けない。


 自由も安らぎもないって感じよね。


 さらに笑える事もある。


 

 それはシャーロットの代わりにグウィンズ侯爵家を継ぐ為に縁組したシャーロットの義弟よ。


 一人娘の癖に王子の婚約者になんて差し出すものだから、わざわざ縁戚から連れてくるしかなかった男。


 そいつがね? ふふ。

 シャーロットに横恋慕してるの。


 もう笑っちゃうしかないでしょ。

 弟として姉に敬意を持って接するんじゃなくて、下心ありきの目を向けてくる血の近くない男が家に居るのよ。


 地獄じゃない? あの女、家では溜息ばかり吐いてるんだって。

 これは、シャーロットの侍女に『親友』の立場で聞き出した事だけどね。


 ついでとばかりに『兄弟として仲良く振る舞っていたら、きっと家族として見てくれますわ』って有難いアドバイスをしてあげたのよ、私。


 成績だけ優秀で、人間としてはバカなシャーロットが、それに従うと思ってね。


 そんな事あるワケないじゃない?

 既にシャーロットを『女』として見ている男が。


 家族のように優しく接されて抱くのが姉弟愛だとか、家族愛のワケないじゃない。


 案の定、調子に乗って『義姉に自分を男として見て欲しいんだ』って態度だったらしいわ。

 望んでない相手の上に義弟って立場になった男が、家の中で自分を女として見て、求めてくる恐怖。


 それを想像すると、シャーロットによって傷つけられ続けた私の自尊心が満たされるの。


 愛さない父親に、自分を女として見る義弟。

 そんな境遇に対して守りもしない従者達。


 ま、あの父親に雇われているような使用人達だものね?

 シャーロットに寄り添うワケもなく。


 未来の王妃っていう『成果物』を期待し、追い詰める連中ばかりだったわ。

 そのくせ、親友だからってホイホイと他家に情報を漏らすようなバカ達ね。



 本当に面白いのは、そんな家なのに『外』にもシャーロットの救いなんてなかったって事。

 第一王子のハロルド殿下は、良くて平凡。

 シャーロットと比較してしまえば、愚か者にすら映る王子だったわ。


 近くで見る機会があったし、私だからこそ分かる。

 ハロルド王子はね。シャーロットに嫉妬してたの。


 あの人も『優秀なシャーロット』と比較され続けた人だったもの。

 歪んだって仕方ないわ。


 哀れで愚かなシャーロット。自分が頑張れば頑張る程、一番近い人間が疎むようになっていくって知らなかったのね。


 もちろん私は焚き付けてやったわ。その優秀さは『親友』として私の誇りよ、ってね。

 頑張れ、頑張れって。ふふ。


 そうして思う存分に能力を発揮した結果、よりいっそう期待した王家はシャーロットの教育を苛烈にしていく。

 詰め込めば詰め込むだけ頭に入る、ご立派な脳みそですものね?


 王家としても、どこまでも優秀に仕立てたかったんでしょう。


 王家の期待が深かったのは、ハロルド王子が比較的に頼りなかったせいでもある。

 足りない分をシャーロットが埋めればいいって考えね。


 妃教育が苛烈になる反面、肝心のハロルド殿下からはより疎まれる事になる。

 そして……ふふ。学年が上がり、政務の一端を任されるようになって。


 抱えている案件を沢山、『愛しのハロルド様』から投げられるようになったらしいのは、もう私を笑わせる為の喜劇だったわ。



 頭が良くても、それだけの人間って居るのねぇ。

 何もかもが空回り。

 頑張れば頑張った分だけ、周りはプレッシャーだけを強め、或いは疎み、愛からは遠ざかっていく。



 ……気に喰わないのはね。

 そんな有様でもあの女が弱音を吐かなかった事。

 そして、そういう状況さえも乗り越えてしまっていた事よ。


 さっさと潰れれば楽になれたでしょうに。

 シャーロットは、すべて乗り越えてしまったわ。


 王子に比べて苛烈な教育も。王子よりも倍はあるっていう政務の負担も。

 父親から学園の成績を落とす事は赦さないとだけ掛けられる言葉も。


 すべてすべて、完璧な淑女様は乗り越えてしまったのよ。

 その上で笑って見せた。


「ハ……」


 本当に可愛げのない女。

 潰れれば良かったのよ。そうしたら少しは同情してあげたわ。


 でもシャーロットは私にとって目障りな女のままだった。


 そうして下々の者にまで手を差し伸べたのよね。

 ああ、もう虫唾が走る。


 でも、それがあの女の失態だったの。



 マリーア・レント男爵令嬢。身の程知らずにも第一王子に恋した女。

 そして、ハロルド殿下も愚か者だった。


 婚約者を疎む気持ちのまま、あの女との恋愛ごっこに花を咲かせて。


 王子がそんな態度を取れば婚約者のシャーロットがどういう風に噂されるかなんて目に見えた結果だった。


 ……皆、シャーロットを褒め称えながら、その才能と人格を疎んでいたのよ。


 貶められる点が見えたからって、こぞって彼女の悪評を噂したわ。


 王子が別の女に惚れている。彼女こそが正妃になるんじゃないか。

 じゃあシャーロット様は? きっと側妃にでもなるんだろう……ってね。


 完璧な女が落ちぶれていく様を皆が見たがっていたのよ。ふふ。



 ああ、でも、別に私が悪評をばら撒いたワケじゃあないわ。

 シャーロットの根も葉もない悪い噂が広まった原因は、間違いなくハロルド殿下のせい。


 当然よ。

 婚約者を蔑ろにして、他の女と懇意にする。


 同情する声ももちろんあったけれど……『あのシャーロット』の瑕疵を見つけたって、皆がウキウキしてたんじゃない?


 完璧過ぎるもの、出来過ぎた人間なんて、本当は誰も求めてないのよ。


 求められるのは人間らしさ。可愛げってものよね。

 だからこそ、皆そういう側面をシャーロットに期待した。


 泣きわめいたりして見せればいいのよ、って。それを一番強く望んでいたのは私ね。



 中途入学の男爵令嬢。それも庶子で、色々と足りないマリーア・レント。

 シャーロットは、彼女の境遇を見かねて声を掛けた。


 いつも親身に寄り添って彼女の手助けをしてあげてたけど……ふふ。

 見事に恩を仇で返されたの。


 噂にあるようなあの女への虐めをシャーロットがしたなんて見た事ないわ。

 実際、そんな事してないんでしょう。プライドは高いものね、シャーロットって。


 でも『親友』の私は、表立ってシャーロットの悪評を否定しなかった。

 ふふ。積極的には広めてないし、嘘だって言っていないのよ?


 特に関わりたくないから沈黙を貫いていただけ。

 すべてシャーロットが自ら撒いた種なの。


 虐められていると噂された本人。

 さらにシャーロットに恩まであるマリーアまでもが黙り込んでシャーロットの噂を否定しなかったのは笑うしかなかったわ。


 気付いたんでしょうね。

 いえ、思い込んだの。


 シャーロットさえ居なくなれば、ハロルド王子は自分の物になるんじゃないかってね。

 たかが男爵令嬢が。


 でも夢見てしまったのね。私は否定しないわよ。ただ関わりもしないだけ。


 そういうの、解決しなくちゃいけないのって、綺麗で優秀で完璧なシャーロット様のお仕事でしょう?

 私なんて、とてもとても手が出せないわ? ふふふ。



 シャーロットは、時間が経つにつれ『悪女』とまで言われるようになっていった。

 本当、怖いわね。


 私もそれとなく生徒達の動向を探って、噂話の出所を見極めようとしてみたけど。

 特にないのよね。


 面白おかしく騒いでいた声が、だんだんと燃え上っていただけ。

 まぁ、でも実際にハロルド王子がマリーアに熱を上げているのだけは本当だったからね。


 どこに噂の根源があるかと言えば、それはハロルドとマリーアの二人でしょう。


 皆が『傍観者』として、3人の行く末を見守っていたの。

 無責任な噂を立てながらね。


 その期待は最高潮に高まっていった。

 そして、とうとう。


 ハロルド王子はシャーロットに婚約破棄を突きつけたの!


 私は、笑みを浮かべそうになるのを抑えるので必死だったわ。


(とうとう落ちるのね。シャーロット・グウィンズ)


 完璧な淑女様は、ようやく地に落ちる。

 私は、それが嬉しくて仕方なかった。


 いつもいつも目障りだった女。

 比較されて惨めな気持ちにさせられるしかなかった『親友』様。


 これからシャーロットはどうなるの?

 婚約破棄された、一番大事な所で役立たずになった彼女を、グウィンズ侯爵は認めないだろう。


 既に跡継ぎは別に用意しているのだから、今から女侯爵に据える筈もない。


 未だに欲をかいた義弟に娶らせるとか? ふふ、それも地獄ね。

 あの家からシャーロットが逃げる事は出来ない。

 今まで『ただの弟』として扱い、義弟の男としてのプライドを傷つけ続けたシャーロットがどう扱われるか。


 或いは殿下の『愛されない側妃』として、その能力だけを使われるかもしれないわ。

 正妃の座にマリーアを座らせてお飾りにして、実務のすべてをやらせる為の道具としての側妃になるのかも。


 求め続けた家族の愛なんてどこにも見当たらない。

 本当に、その優秀さだけ利用される……。ふふ。



(ああ、とても楽しみ。楽しみよ、シャーロット)


 落ちたシャーロットの姿を見れる未来が楽しみで仕方ない。

 私は、彼女の未来を見れる事に歓喜した。


 落ちぶれたシャーロットの姿を見れば、今までの人生が救われるのだと思ったの。




 ……なのに。



「今の魔法の行使によって、私の身体に……ハロルド・レノックス第一王子、ゼンク・ロセル侯爵令息、クロード・シェルベルク侯爵令息、マリーア・レント男爵令嬢が触れる事の出来なくなる『断絶の結界』を張らせて頂きましたわ。貴方達は、もう、ある程度の距離も私に近付く事さえ出来ません」



(なに? 何を言っているの、あの女……)


 記憶魔法? 何それ。


 シャーロットにそんな力がある事を私は聞いて(・・・・・)いない(・・・)


(まさか、この私に。『親友』の私に、そんな事を黙っていたって言うの? ふざけた事をして……!!)



 私の知らなかったシャーロットの魔法。

 そんなものを隠していたなんて知らなかった。

 そして、どうしてか。私は嫌な予感がしたのよ。


 だからシャーロットの後ろから私は彼女に近付こうとしたの。



 でも。



 バチィ!


「!?」


 今。他の誰も気付いていないけれど。

 何か目に見えない『壁』に私は弾かれた。


(は……? 今の、何? え? 王子達を拒絶する結界? なぜ私まで……?)


 シャーロットに、私は『拒絶』されている?

 彼女の親友である筈の……私が……!?!?


 カァアっと頭に血が昇った。悔しい気持ちと同時に恥ずかしい気持ちになった。


(なんで!? なんでよ! なんで!)


 まるで私だけが彼女の『親友』だと思っていたみたいに。

 不貞を働いていたハロルド王子やマリーアと私が、シャーロットにとって同類だと見ていたかのように。



「2つ目の魔法の代償に捧げるのは『私自身』でございます」


 シャーロットは、淑女らしい態度を取りながら……。

 噂の『悪女』のような、ゾっとする気配を漂わせていた。


 美しさに、優しさではなく、悪の華を纏っている。

 見る者をただ赦す慈愛の象徴ではなく……気配だけで圧する、悪女。



(誰? シャーロット、なの……?)


 あの境遇で、マリーアのような者にまで手を差し伸べたシャーロットの慈愛溢れる姿と、今の彼女の雰囲気が重ならない。


 そこに立っていたのは『悪女シャーロット』。


 私達が、人々が噂し、期待した女そのもの……。



「つまり……人々から。この国から。『私に関する記憶』を消し去る事が可能なのでございます」

「…………は?」


 私の知らなかった、親友である筈の私が教えて貰えなかったシャーロットの魔法で出来る事を語られる。


(シャーロットに関する記憶が、なくなる?)



「──『いなかった事』に致しましょう。シャーロット・グウィンズという女そのものを。この国から私の痕跡を消し去る事を『代償』にして、私の存在そのものを消去する。両方の天秤に乗るものが、すべて『私』なのです。ふふふ。私の【記憶魔法】、最大最強の出力を誇る、自滅の業にございます」


 そんな事が出来るワケがない。


 けれど。私だけは今、彼女の魔法の実在を確かめてしまった。

 彼女は確かに……魔法を使える。


 言葉にした効果だけの魔法じゃない。

 シャーロットが『拒絶』したのは、ハロルド王子達だけじゃないのよ。



 私もシャーロットに近付く事が出来なくなる──


 どころか彼女を忘れてしまう? そんな事、そんな事が。


(ダメ。絶対にダメよ。だってそんな)


 もうすぐなのよ。もうすぐなの。

 天上に立っていたシャーロット・グウィンズが落ちぶれるまで、あと少しなの。


 それを見なければ私の人生は始まらない。

 彼女の『下』だと周囲に見下され続けながら、彼女の親友の立場に甘んじてきた日々が報われない。


 だからダメ。そんなのはダメよ。


(貴方は、これから落ちていかなければいけないのよ、シャーロット!)


 王子に婚約破棄された、男爵令嬢に女として負けた、傷物の侯爵令嬢として。

 希代の悪女として噂された、卑しい女として。


 きっと王家さえもこぞって、この事を騒ぎ立てるの。

 醜聞を隠す為に。


 元平民のマリーアと運命的に出逢い、そして悪女を退けたのだと王国中に広まる筈よ。

 シャーロット・グウィンズは完璧な淑女ではなく、平民からすら罵られる悪女に落ちる筈だった!


 それを、それが……記憶魔法?

 いなかった事になる?


 そんなの赦せる筈がない。


(最後まで、落ちる所を私に見せるのが……貴方の役割なのよ、シャーロット!)



「ま、待って! シャーロット! 私、貴方のこと忘れたくないの! だからやめて! そんな事!」


 私は、拒絶の結界で弾かれない距離で、シャーロットに近付き、声を張り上げた。

 いつもは傍観者に徹していたけれど、今日だけはその立場をかなぐり捨てる。


「シーメル。ふふ。その言葉は嬉しく思うわ」


 『様』を付けずに私の名前を呼び捨てたシャーロット。

 彼女には、やはりいつもの優しい気配はなかった。


「じゃ、じゃあやめて? 貴方の事を忘れるなんて、私、イヤ! それに……どんなに辛くたって皆からも貴方が忘れられるなんて、あってはならない事だわ!」

「…………」


 私が訴えれば、いつも彼女は私の頼みを聞いた。

 今回もそうなる筈だと。そう思っていて。

 だけど。


 彼女はとても冷たい目で私を見返してきた。


「……!」


(なんで? なんでシャーロットが私をそんな目で見るのよ)


 さっき言っていた【記憶魔法】のせい?

 あの魔法は一体、何をしたの? 7年分の妃教育の記憶を代償にした結界?


 ……本当にそれだけ?


「そんなに私が大事なら。どうして貴方は先程まで私を庇おうとしなかったのかしらね?」

「えっ」


 その言葉と、その冷たい瞳。

 それらが私の何もかもを見透かすように感じた。


 私が今、何を考えていたかも。今までシャーロットの事をどう思っていたかも。

 すべて。すべて。


 シャーロットの瞳にあるのは諦めでさえない。

 私達に対する、私に対する……『すべての興味を失くした目』。


(そんな……。どうして……)


 シャーロットにあんな目を向けられた事なんて、ない。今まで一度だってなかった。

 何があったの? どうしてあんな目を。


 記憶魔法。記憶。記憶?


 自らの記憶を捧げて何かを引き起こす、魔法?


 ……まさか。まさかシャーロットが捧げた『記憶』というのは、妃教育の記憶などではなく。


 私に対して優しさを向ける『理由』となる、記憶?

 それは例えば、嫉妬で歪む前の、幼い頃の純粋な友情、だとか。


 そういうもの……?


 シャーロットの目は友人を見る目ではなくなっていた。

 状況的には絶望していたっておかしくない。


 でも、周囲に絶望し、心を失った目ではなかった。

 その目は『初めから周囲の人間に興味を持っていなかった』者の目。


 もしも自分の記憶を消してしまえるのなら……シャーロット・グウィンズは周囲に対する慈愛の記憶を……捨てた?



 彼女に拒絶されているのは私だけじゃない。

 ハロルド王子達だけでもない。


 彼女が拒絶したのは……この場に居る、すべての人間。


 ありもしない罪で彼女を糾弾し、誰一人として庇わなかった……そんな人々に対する『拒絶』。



「──極大『記録』消去魔法」


 シャーロットは、何の躊躇もなしに再び魔法を行使し始めた。


 更に失う事に何の未練もない、決断。

 自ら積み重ねてきたすべての栄光を代償に、これからのすべての悪評を消し去る業。


「シャ、シャーロット! だめ! やめて! やめなさい!」


 失う。

 私の人生の大半を占めていた、シャーロット・グウィンズの存在を失ってしまう。


 後に残される私は何になる?

 彼女の存在を忘れた私は……いつも何を考えていた事になるの?


 ゾクッ……っと。

 恐怖に背筋が震えた。


 私は、いつもいつも彼女の事を考え続けていた。

 事あるごとにシャーロット・グウィンズの事について想いを馳せていたのだ。


 その理由が何であろうと、たしかに。

 私の人生の中心は、シャーロット・グウィンズだったのよ。


(それを……失ってしまったら、私は──!)


 私が、私でなくなってしまうという予測が出来た。

 それは確信を伴う、想像。


 今日まで生きてきた人生の中で、私の頭の中をどれだけシャーロットが占めていたのか。

 他でもない私がそれを知っている。


 シャーロットを失って、後に残る『私』は……なんだ?



「だめ! やめて! やめてぇええええええ!」


『──天よ。我が名と栄誉を捧げます』


 秤の傾かない黄金の天秤から光の奔流が巻き起こる。


「あっ……」



 ……その光の後に残った『私』は。


 あまりにも空虚で、空っぽで、中に何も入っていない。

 誰の『親友』でもない。

 ただのシーメル・クトゥンだった……。



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― 新着の感想 ―
[良い点]  シャーロットがあの場で語った、「皆私の事ばかりを話題にしている」点においてある意味王太子以上にシャーロットに依存していた「親友」。  シャーロットの存在が消えたあとの空虚感は政務に逃げら…
[一言] アンタが親友やった時なんて一瞬でもあったか?
[一言] 一番気になってた子の視点きた
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