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エピローグ ~王都の夜会で~

※この話だけで短編ほどの長さがあります。

 辺境伯となったパトリック様。夫人としての立場になった私。

 そんな私たちはレノク王国の王都に訪れ、ハロルド王子の立太子式へ参加する。


 辺境伯家は王都に邸宅は持っておらず、そのため、こういう場合に貴族が借りられる屋敷での滞在になった。

 護衛として連れてきている人数もそれなりに居て、運んでいる荷物も多くあるの。


 もちろん、辺境伯家が重要な家門であるのは間違いないけれど、それはそれ。

 王家への敬意は忘れない。

 きちんと王家への献上品だって用意しているわ。



 立太子式ではあるけれど、地方貴族たち全員に参加を呼び掛けているわけではないの。

 『戴冠式』であれば、きっと、もっと大規模に行われるのでしょうね。


 慶事ではあれど、それでもまだ王太子に任命される『だけ』とも言える。

 正に『これから』の努力こそを見られる話。



 高位貴族の一員として、王家の評判は常に気にする立場にある。

 だから最近のハロルド殿下と、ソフィア様の評価も耳に入っているのよ。


 ハロルド殿下はきちんと政務をこなしているそう。

 鏡の魔女が語ったという『最悪の未来』と比べれば、現実のレノク王国はとても平和ね。


 私の立場でどうかと思うし、比較対象として物語の未来を持ち出すのも間違っているかもしれないけど。

 『よく頑張りました』と言ってあげるべきかもしれないわ。


 ただの他人で、実害も忘れ、一貴族の一員となった今。

 なんだかハロルド殿下のことは『頼りない子供を遠くから眺めるおばあちゃん』の目で見てしまうの。


 『今の私』にとってのハロルド殿下は、そんな人。

 ええ。

 ただの一貴族として、王太子殿下と王国の明るい未来を祝いましょう。




 伯爵家以上の貴族の主だった人が集まり、王宮の広間でハロルド殿下の立太子式が執り行われる。

 国王陛下と王妃様が任命を行い、大臣たちも集まっていた。


 恙なく殿下の立太子は終わり、ハロルド・レノックスは王太子になったわ。

 学園卒業から3年以上。


 ……きっと私のせいで大きく予定が崩れたのだと今なら分かる。

 だけど、きっと殿下にとっても、レノク王国にとっても『良かった』と思うの。


(合わなかったのよね、きっと。私たち)


 私がハロルド様の隣に居ても、きっとお互いに幸せになれなかった。

 今の彼が頑張っていると言うのなら、余計にね。

 殿下の心の内は分からないけれど。

 色々と知った今は、王国にとって良かった事だと判断してもいいと思えたの。



「王太子ハロルド・レノックスとソフィア・レドモンド伯爵令嬢の婚姻式は、今日より1年後に執り行う事とする!」


 あらまぁ。


 立太子と同時に、彼らの婚姻の予定が陛下から発表された。


「おめでたい話だね、シャリィ」

「はい。パトリック様。とてもおめでたい話ですわ。ふふ」


 私たちは寄り添いあいながら発表された慶事に微笑み、心からの拍手を殿下たちにお送りする。

 中央の政治は、こうしてきちんと回っているのよ。

 そう、私が居なくても、ね。だから。


(私はこれからも辺境領で頑張らないと)


 中央で頑張っていくと決めた彼らに負けないように、ね。

 パトリック様と一緒に。

 そして信頼できる皆と一緒に。



 厳正な式を済ませ、集った貴族たちは一度、場から離れる。

 それぞれに用意された場所や、帰れる場所で今夜の夜会の準備を済ませるのよ。


 ドレスも夜会用に着替え直し。

 この夜会はダンスをする夜会よ。だから少し動き易い、それ用のドレスを着る。


 パトリック様の瞳の色であるエメラルドのネックレスを身に着ける私。

 彼の差し色には、私の瞳であるアメジストの装飾。

 そして意匠は互いにデザインと色を揃えて私たちの仲が良いことを示した。


 互いに素敵だと褒め合い、二人の空気を作ってから、私たちは夜会場へと向かう。


 その場所は、かつて私が婚約破棄を告げられた『らしい』会場。

 とうとう、この場所に戻ってきた私。すべてが変わった場所。


 因縁と言うべきかしら。不思議な運命を感じるわね……。



「意外と例の彼女は姿を見せなかったね」

「そうですわね。こういう目立った日に動くかと思ったのですけど」

「伝手がないのかもしれない。元々、ベルファスの民なんだ。彼はああ言ったけれど、逃げるにしても普通、頼るのはあちらの国の誰かじゃないかな? 特にシャリィと仲が良かったのでもないだろうし」

「……そうなのですよね。順当に考えると、こんな場所に、私を頼って来るはずもないと思います」


 鏡の魔女。カトレア・ウードワット。


 ピンクブロンドの髪の色を持つ者は滅多にいない。だから、とても目立つ。

 身を隠しているなら、そんな目立つ髪の色はどうにかすると思うわ。


 彼女が使う【鏡魔法】は、転移までして見せると言う。

 それには大きな等身大の鏡がなければ難しいそう。


 また家名があることで分かるように、彼女はベルファス王国の貴族の一人でもある。

 ただし、家は既に没落済み。

 それは別に魔女の仕業ではなく、なるべくして落ちぶれてしまっただけの男爵家だそうよ。


 『没落令嬢』のカトレアさんは、その特異な能力を見込まれてアレク殿下の部下として取り立てられた、という経緯らしいわ。

 そういう貴族子女が、侍女などという形で雇われるケースはままある。

 元・平民の私が言うのもなんだけど、貴族の礼儀などを知っているなら使い易い場合もあるからね。



 レノクとベルファスは、国力として差はない国家同士。

 そこで使われている爵位の立場や基準も概ね違いはないわ。


 だからあちらの男爵家は、こちらでも男爵家相当。

 他国の貴族というのは扱いがとても難しい問題。


 下手は打ちたくない相手ではあるけれど、こちらの国に来て我が物顔で振る舞われるのも面白くない……なんて立場ね。

 きちんと礼儀を守り、場に適した、敬意ある振る舞いをしてくださるなら問題ないのよ。


 レノクの貴族も、きちんと敬意を返して対応するわ。



「立太子式と違い、この夜会には式に参加できなかった者も参加する」

「ええ。だから伝手さえあれば、この夜会が一番」


 ベルファスの没落した男爵家の令嬢、カトレア。

 元アレク王子のお抱えの魔法使い。


「アレク王子が身分を落とされたとしても、彼女の力は、破格の魔法だと思うのだけれど」


 そんな事が出来る人材ならば、どこでも重宝されるはず。

 そう考えるのは私の周りの人たちが優し過ぎるからかしら?

 能力的には様々な使い道が考えられるでしょう。


 ただ、そんな能力のある彼女だけど、その性格が問題だったとアレク王子は語った。

 彼女なりの『信念』があるのか。

 アレク王子の指示すら『曲解』するらしいの。


 それは彼女にとって、この世界が『物語の通り』であるべきで、そうに違いないと考えるから。

 予言者が予言に固執していて、そうでなくなった世界にはどう思うのか。


 彼女の信じる『物語』を壊してしまったのは『私』だ。



 でも、その物語の通りになっていたらレノク王国は滅ぼされ、パトリック様は殺されていた。


 カルミラさんは愛してようやく結ばれたはずの夫を手に掛けさせられる破目になり。

 何よりも民の多くが長い苦しみに落ちていたの。


 そんな未来を『今の私』は、きっと『前の私』も認めることが出来ない。


 魔女がその世界を望もうと、その物語を否定する。

 彼女が言うところの『主人公』であるシャーロットが、その物語を認めてあげないわ。


(だから邪魔なんてさせないわよ、鏡の魔女さん)


 『親友』になれたかもしれない、あなた。

 どうか私の敵にならないで欲しいと願う。

 友人にだってなれるかもしれなかったのなら余計に、ね。



◇◆◇



 そして舞台は運命の会場へ。

 私の人生を大きく変えたはずの場所に、パトリック様のエスコートで入場する。


(この場所を見ても思い出すことはないのね)


 きっと失った記憶は、そう簡単には戻らないのだろう。

 なかった事にした記憶。

 『前の私』も覚悟をしていたはず。自分の人生の多くを賭した大一番。

 そうして費やした記憶のお陰で今の私がある。

 だから今の私に後悔はない。これで良かったのだとそう思えるから。


「キミのことが注目されているよ、シャリィ」

「リック様もですよ。辺境伯を継がれたことをご存知の方が既にいらっしゃるのでしょう」


 西側から来ている貴族とは軽い挨拶で互いに済ませる。

 お互いに友好的な交流を既にしている者同士ですものね。

 王都に来たからこそ関係を持てる貴族と挨拶をしておきたいのは人情。


 ……その中で、最も気になった人が居た。

 というよりも、あちらがこちらを気にしているのよ。


 『言葉を失った』という表現が適切かしら。

 私を見つめ、驚愕している、一人の男性がいる……。

 その彼はエスコート役を付けてはいなかった。


「リック様。あの方」

「うん。挨拶に向かうかい?」

「徒に近付くのもどうかと思うのだけれど」

「だが気になるんだろう? シャリィが」

「……ええ。はい。話してみたいわ」


 気になるわよ。だって、その男性は。


「大丈夫。シャリィを彼には渡さないからね」

「は、はい」


 リック様に元気付けられながら、というより、ちょっとした執着心? 独占欲?

 ……向けられながら。


 私は優雅にその男性の元へ向かったの。


 彼は、私の事を凝視し、固まったままの姿。

 私から視線を外せない様子。


 一瞬、彼には私の記憶があるのかと思ったわ。

 でも、きっと違うのね。

 だって私を見て、彼が思い浮かべるのは、きっと……お母様の姿だから。



「──グウィンズ侯爵。ごきげんよう。新たに辺境伯を継いだパトリックです。彼女は妻のシャーロットです」

「はじめまして。グウィンズ侯爵。シャーロット・ディミルトンでございます」


 ダリオ・グウィンズ侯爵。

 ……私の、お父様。


「……シャー、ロット」

「はい。先程から視線を向けられていたのですが、どうもただならぬご様子でしたので。思わず声を掛けさせていただきましたわ」

「……そう、か」


 侯爵様は、パトリック様を無視するように私を見つめ続ける。


 彼の様子は、少し覇気がない雰囲気。

 聞いていたようにギラギラとした野心は見受けられないわ。


「あの。私に、何か?」

「…………いや。何も……ない。ただ」

「ただ?」


 じっ、と私も彼を見つめ返した。

 記憶にないお父様。記憶にない娘。

 ただ一方的に『そう』だと知っている私。


 不思議な関係だ。私の方から名乗り出ることはしない。


「貴方は……、私の妻に、とても似ている……な」

「奥様に。既に亡くなられているとお窺いしました」

「……そうだ」


(お母様の姿を忘れてはいないのね)


 記憶を奪ってしまう魔法が、母の記憶を奪うものでなくて良かった。

 彼の口から母のことが出たことで、私はそう思ったの。


「グウィンズ侯爵は、亡くなられた奥様のこと。……愛していらしたんですか?」


 無礼な質問だった。

 平常の彼なら怒ったかもしれないし、私も言ったりしなかっただろう。


 でも今の彼の様子から、聞いてもいいと思えたの。



「……愛など。政略結婚だ。それだけの女だった。それだけの」

「それは、本当に?」

「…………」


 彼の目に動揺が走る。だが、それは記憶の混乱から来る動揺なのかもしれない。


「侯爵様は覚えていらっしゃるのでしょう?」


 母のことを。

 私を忘れてしまったとしても。


「……振り返ったことは、ない。だが。……死んでいいと思ったこともない」


 父は素直に答えてくれたの。

 ああ、きっと。今だから漏らした本音なのかもしれない。


 私と会っての記憶の混乱は、きっと一時的なものだろうから。

 愛していたとは言わない、父。


 記憶があってもそうなら、たしかにそこに愛はなかったのかもしれない。

 貴族なのだ。

 その点を責めることはなかった。


 ただ『死んでいいと思ったことはない』という言葉。

 ……母は、病で死んでしまったけれど。


 その死を望まれていたわけではない事が分かる。

 毒などを飲まされ、ただの邪魔者として命を終えたワケではないということ。


 本当にただの病だったのだろう。

 もしも母が長く生きていれば、或いはこの父にも何か芽生えるものがあったかもしれない。


 動揺から見えた父の心情を示す動きは私にそう感じさせた。

 本当のところは分からないけれど、ね。


 そこまで父が『見ず知らずの』私に心の内を打ち明けることはないだろう。



「失ったものは、もう戻って来ませんのね」

「……そうだな」


 私たちの関係が元に戻ることもない。

 父もそう感じているのか。

 言葉をさらに重ねるような真似はしなかった。


「今夜の夜会、お互いに楽しみましょう。グウィンズ侯爵閣下」

「あぁ……」


 礼を失さぬ程度に挨拶をし、動きを止めた父から離れる。

 この再会で彼がどのように感じ、思うのか。


 注意深く耳を澄ませるしかないでしょう。ただ。


(とても弱々しく、見えたわね……)


 私の知らない父は、とても『老いた』と感じた。

 聞いていたほどの野心のギラつきは陰ってなくなり、迷い子のようだった。

 少し哀れにさえ思ってしまうほど。


「彼の中の『何か』に終わりを告げられたのかもしれないね」

「終わり、ですか? リック様」

「ああ。アレク王子の最後の姿を思いだした。

 終わるキッカケを待っていたのかもしれない。

 きっと苦悩する何かの理由が分からず、掴めなかったから。

 ……少しだけ分かるな。俺には『始まり』になったけど。

 きっと俺以外の人たちにとっては『終わり』すら迎えられない、もどかしい日々だっただろうから」


「……そう」


 もう一度、父の姿を振り返ると、いつの間にかその場から姿を消していた。

 リック様は、父がもう侯爵を引退するかもしれないなとおっしゃったわ。


(簡単に使ってはいけない魔法、なのね。私の魔法は)


 『前の私』が軽々しく使ったとは思っていない。

 だって国中から自分を消してしまう魔法だ。


 覚悟がなければ使えなかっただろう。


 でも……出来るなら、この魔法は使わないようにしたい。

 そうなる前に何とかしてこその貴族だろう。

 今の私には、頼れる人だって、家族だって居るのだから、ね。




 それから挨拶を交わしながら、様々な人を観察したわ。

 私を見つめ、注目している人も居るのが分かる。


 父のように大きく驚愕する方はそう多くはなかった。

 でも、時おり、反応の激しい人がチラホラと居た。


「あちらの方は」

「フィロット男爵家の夫人だね。元々は『クトゥン伯爵家の令嬢』だ。名はシーメル。シーメル・クトゥン伯爵令嬢。今はフィロット男爵夫人」

「シーメル、フィロット男爵夫人……。伯爵令嬢なのに男爵家へ?」


 それは珍しいのではないかしら?

 恋愛結婚の可能性もあるわね。


「うん。詳しく聞いた話ではないが……、とても『無気力な』令嬢だったようでね。

 学生時代には同格の家門と婚約を結んでいたそうなんだが、解消になってしまったそうなんだよ」

「ええ? 婚約解消ですか?」

「そう。高位貴族に嫁ぐのは難しいのじゃないか、という話が出たそうでね。それで縁戚の家に嫁ぐ形で……」

「まぁ」


 無気力な令嬢。

 そんな彼女、シーメル・フィロット夫人が私を見つめていた。


 その目は確かに生気の宿る目ではないような?

 ちょっと心配になる様子の、なんと言えばいいのか『儚い』ご様子よ。



「あのご様子も、もしかして私の?」


 ……せい、だったり、して。


 ど、どうなのかしら? とんだ『伏兵』という感じよ。

 今日、出会ったらどうなるか分からない人リストの中には入っていなかったわ。

 つまり、まったく警戒していなかった相手なのよ。


「うーん? クトゥン家の令嬢がか。どうだろう?

 グウィンズ家の、それも王子の、と考えると。

 あまり釣り合う『友人』ではないように思うけど……」


「そうなのですか?」


「……うん。キミの過去の交友関係に口を出すつもりもないけど。

 わざわざ、かつての『彼女』が、友人関係に選ぶような人かな……?」


「友人とは政略だけの関係でもありませんし」

「それはそうだけど。ただの友情を結ぶなら余計に、何故わざわざ? と言わざるをえない相手だよ」


 政略的な『メリット』のある友人ではなく。

 性格的にも別に馬が合いそうとは思えない人、だそうだ。


 友人だったかも、と言われてリック様が納得しかねるぐらいの。


「そもそも、以前に彼女と交友関係があったとは限らないからね」

「それはたしかに」


 私の記憶を忘れたと言っても、それが私の直接の知り合いでない可能性は大いにある。

 一方的に知られていたとしても不思議じゃない存在だった、はず、だから。


(もしかしたら一方的に私のことに注目していらっしゃった方なのかも?)


 あとで調べておきましょう。

 もし、私のせいで不幸にしてしまったのなら罪悪感はある。

 そんな事を言い出したらキリがないとはいえ、目に付いたのだから。


 再び交友関係を結ぶかはさておき、遠回しな支援ぐらいは今の私なら出来るでしょう。


(けれど変な話)


 私の【記憶魔法】が奪う事ができるのは『私の記憶』だけよ。

 だから令嬢から私の記憶だけ抜いたところで、そこに残るのは、ただの『私を知らないだけの貴族令嬢』になるはず。


 無気力になる道理はないと思うのだけど、ね?

 『今の私』からすると、友人を蔑ろにすることは考えられない。

 彼女がもしも私の友人だったのなら【記憶魔法】から外したかも……。

 なら、私を忘れている時点で『前の私』にとって友人ではないはず……?


(うーん。やっぱり調べてからの方がいいわね!)


 今夜は彼女に触れないで、また後日にしましょう!

 ええ、それが無難だと思うわ。



 だんだん会場に入る人が増えてくる。

 以前、ハロルド殿下と一緒に姿を見せたシェルベルク侯爵令息も姿を見せたわ。

 クロード・シェルベルク様ね。


 きちんと婚約者を隣に据えていらっしゃる。

 現在も殿下のそばに仕えているそうで、将来の宰相候補として過ごしていらっしゃるそう。


「最近、変わったという噂があってね。そういう噂を聞く人は少なくはないけれど。クロード卿は、婚約者の尻に敷かれるようになった、という話が面白い話かな」

「まぁ!」


 それはまたどうしてそうなったのかしら?

 噂になったということは以前はそうではなかった?

 それも私の影響? 想像がつかないわ。


「うん。なんだか、こう『謙虚』になった? とか何とか。

 それが良い意味か悪い意味かはこれから、みたいだね。

 ハロルド殿下の立太子に向けて、気を引き締めたんじゃないか、とも。

 ただ、どういう因果なのか。

 婚約者を立てる様子が多く見られるようになったらしい」


「へぇ……」


 本当にどうしてそうなるのかしら?

 ちょっと興味深いわね。

 でも悪い変化という様子ではなさそう。


 なら取り分け、注目して調べたりもしなくていいかしらね。

 私の裁量で人を動かすに限りがあるから。

 彼の優先順位は『下』にしてもよさそうよ。



 それからグウィンズ家の後継であるセシル・グウィンズ侯爵令息も見掛けた。

 彼は別に私に注目をしないみたい。


(義弟、ということになるのかしら?)


 きちんと婚約者を気遣う様子を見せていて、特別に私に注意を払わない様子。

 かつての私が王妃教育を受けていたと仮定すると、あんまり家での関わりはなかったのかも。


 血の繋がりのない弟。

 今では家名から何まで、まったくの無関係となっている。


 特に問題を起こしている様子でないなら……うん。彼のことも特別に気にすることはなさそうね。

 順風満帆で、民に迷惑を掛けそうでないなら、私からの掛ける言葉もない。


 どうか、堅実に、幸せに過ごして欲しいと遠くから祈りを捧げることにしましょう。



 今日の主役は、ハロルド殿下とソフィア様。

 だから私やパトリック様に注目する人が居ても、こぞって私たちのところに集まることは誰もなさらないわ。


 殿下たちがいらっしゃったら、すぐにそちらに集まりたいものね。


 辺境での夜会が、あのように決起集会に近い形になったから。

 私にとっては、こんなに大きく派手な夜会は『初めて』ということになる。


 でも。


「シャリィは落ち着いているね」

「ふふ。私は『根性』がありますので」

「はは。そうだね」


 元から慣れているのかもしれない。

 でも『今の私』は、大切な人たちから学んだ、平民上がりの度胸と根性のお陰ということにしておきたいわ。



 そして。

 今夜、私たちが最も注意している3組の内の一組が会場にいらっしゃった。


 そう、かつてハロルド殿下の『恋人』だった女性。

 今はゼンク・ロセル卿の『妻』となった、平民上がりの夫人。


 マリーア・レント。灰色の髪の可愛らしい容姿の女性よ。



「あの方が」

「うん。彼女だね」


 マリーア夫人は、ゼンク卿が学生時代から好きだった相手だという。

 以前はハロルド殿下との噂があり、想いを遂げられなかった。


 けれど、状況が変わった後にゼンク卿からの求婚。

 その求婚をマリーア夫人が受け入れて……。


 学生時代からの騎士の恋がようやく叶った美談となったわ。


 平民上がりの妃が生まれるのは、ある意味で民にとって希望になったでしょう。

 でも、そうするにはハロルド殿下や王家、マリーア夫人の才覚、など。

 何かが足らず、至らなかった。


(『物語』では、どうやって認められたのかしら?)


 シャーロット・グウィンズを貶めたところで、物語の中のマリーアさんは、今よりもっと至らない方だったらしい。

 そんな人を妃に据えるのは、現実よりも、もっと困難だったはずよ。


 表向き、ハロルド殿下を立てつつ、貴族たちは第二王子派に移行して……。

 『泳がされた』可能性はあるわね。


 貴族たちが連携を取れているなら、廃嫡を迫って。調整して。

 ただ、そんな悠長なことを国内でしている暇なく、ベルファスからの進軍が始まる。


 最初の壁であったはずのディミルトン家があっさりと破られてしまったら。


(本当に危なかったのでしょうね……)


 何が現実でなかったとしても、実際にアレク王子は動いていたのだから。

 その目的が『私』だったとしたら、国を攻める必要があったのか怪しいけれど……?


 考えてみれば、あのアレク王子の様子だと、別に私が手に入ったのならレノクを攻め滅ぼす必要ってなかったんじゃないかしら。


 既に手中に私が居るのだから。

 他国の王子妃を手に入れるには、という問題があるから攻め滅ぼした方が後腐れなかった?



 『物語』では、ハロルド殿下は私に執着をしてしまったらしい。

 『転生者』のマリーアさんも、何もかもを私のせいにしたがる性格だったとか。


 現実の彼らの様子から逆算していくと、そもそも、そのハロルド殿下の執着心を焚き付けたのって、その『転生者』なんじゃ?


 だとしたらマリーアさんがただのマリーアさんである以上、現実のハロルド殿下も元々そうならなかったかもしれない。


(そうなると、まず『物語』の中で一番、国を破滅に導いたのって?)



「シャリィ。こちらへ来るよ。注目しているようだ」

「ええ」


 そのマリーアさんが私の元へとやって来る。

 その動きは、貴族のもの。


 かつて『そうでなかった』という仕草ではない。

 謙虚で、貞淑を感じさせる騎士の妻のご様子よ。


 ……そこには、きっと彼女の『努力』があったのだろう。



「パトリック閣下。シャーロット夫人。お久しぶりでございます」

「ああ。久しぶりだね。ロセル卿」

「お久しぶりございます」


 互いに礼を尽くし、適度な距離を保つ。

 ロセル卿の瞳には以前のような、私に対する不安定な色はなかったわ。


「こちらは私の妻、マリーア・ロセルです」

「……はじめまして。辺境伯閣下、夫人。マリーア・ロセル。ゼンク様の妻でございます」

「ええ。はじめまして。ロセル夫人。シャーロット・ディミルトンですわ」


 きちんとした作法を伴う挨拶。

 こちらに払われる敬意から、彼女に私に対する『悪意』はないと感じたわ。


「……私、貴方にお会いしたかったんです」


 マリーアさんは、そうおっしゃった。


「私にですか?」

「はい。お話は聞いております。その」

「ふふ。同じような出自の、だからかしら?」

「は、はい……。その、はい。……シャーロット様とは『友人』になりたいと。なれるのではないかと。そう考えておりました」


 平民上がりとは誇ることではないかもしれない。

 人によっては弱点だと気にすることでもあるだろうし。

 場合によっては、それは蔑みの言葉だわ。


 でも私も彼女もそうではないのだろう。

 それを知っているから『友人になりたい』と申し出た。


 辺境伯夫人と、王太子殿下の近衛騎士の妻。

 それも侯爵家の血を継ぐロセル卿の妻。

 そう、おかしな関係でもないでしょうね。

 同じ境遇である前提がつくなら尚更よ。



「簡単なお話は出来ますけれど、私は辺境伯の妻ですから。

 マリーアさんと交流を深めようにも難しいかもしれませんわね。

 ロセル卿は王太子殿下の近衛なのでございましょう?

 では、妻であるマリーア夫人は、王都で過ごすことが多くなるでしょう。

 頻繁に会って、というのは難しいと思いますわ」


「……そ、そう、ですね」


 マリーアさんの様子を観察する。

 事前に聞いていた部分と、整合性の取れない記憶の部分。

 混乱もある様子だけれど、それよりも……という印象。


 彼女の目には確かに私に対する『憧れ』があったの。

 その目は今、生まれた感情ではないと感じたわ。



(憧れ。……もしかしたら、かつての私に対しても)


 シャーロット・グウィンズという女への、憧れを抱いた女性。

 でも、その結果、彼女の婚約者の恋人に収まった人。

 その記憶ごと王国の皆には忘れ去られているけれど。


 たとえ忘れたとしても。


 じっと。私は、マリーアさんの目を見つめたわ。そうして。


「シャリィ?」


 私は、リック様の腕を取ったの。


「……私、パトリック様を愛していますから」

「え?」

「しゃ、シャリィ?」


 なんとなく、そう言いたかったの。宣言したかったのよ。


 『今度は絶対に渡さないから』って。


 私の宣言にキョトンとした態度になるマリーアさん。

 意味が分かっていない、という雰囲気。


 ……まぁ、たぶんパトリック様には見惚れていなかったし、そんなつもりはないんでしょうね。

 でも、それとこれは別の話だから、ね?


 譲れない一線があるじゃない?



「彼を愛しているから、辺境の地を離れられませんの。

 だからお呼び出しされても、きっと会えないわ」


「そっ……! い、いえ、そんなつもりは、なくて」

「あら。そうなんですか? 友人とわざわざおっしゃるから、そういう風に会うことを求めていらっしゃるかと」

「は、はい。いえ、それは確かに、会いたいと思っては……居ました。申し訳ありません」


 あらやっぱり。まぁ、これは友好の気持ちの範囲かしら。


「ふふ。謝らなくていいんですよ。ロセル夫人と交流することは吝かではありません。

 ですが、お会いしたばかりで『友人になる』と考えると、どのような関係かと思いまして。

 今話したように、あまり頻繁にはお会いできないでしょうから」


「は、はい! いえ、無理をさせたいワケではありません!」

「ふふ。では、お近付きに。手紙を送っていただければ、私もお返事をお書きしますわ」

「……! ほ、本当でございますか?」


「ええ。互いに『深い友人』にはなれずとも、そのように交流する程の関係ならば問題ございません。

 お互いにこのような身の上ですからね。理解できますわ。

 私にも辺境の地に、親しんだ友人たちがおります。

 大切にしたいですわよね。そういった友人関係だって」


「え、ええ……」


 一歩。


 詰め寄りたい、というマリーアさんの気持ちが透けて見えた。

 私の近くに居たいという。


 それは憧れのためか。失った記憶を求めた行動か。


 でも、詰められた距離を私は一歩、遠ざかったの。

 心の距離の話ね。


 なんとなく彼女の方も肩透かしを食らった様子。

 記憶がなくとも彼女はそういう態度になるようだ。


 だけど……。


(きっと私はもう、彼女を懐には入れないでしょうね……)


 だから適度な距離をとる。

 交流もする。挨拶もする。けれど深く気を許すことはない。


 パトリック様を愛し、そして忘却の彼方で一度は彼女に追い詰められた人間として。

 そのような態度を続ける。


 彼女が、もどかしい気持ちで距離を詰めたがっていたとしても。

 のらりくらりと……距離を置くわ。



「マリーア。挨拶はその程度にしよう」

「ゼ、ゼンク様……は、はい」


 彼女より先にロセル卿が私の態度から察した様子だわ。

 同じ平民上がりの夫人だったとしても、そう深く繋がった友人関係に『なる気はない』と。


(少なくとも今のところは、ね)


 失望するほどの至らなさはなく。努力して騎士の妻となった彼女。

 今もロセル卿の言葉で、しっかりと引く事を覚え、悪戯に詰めてこない。


 かつての彼女を忘れた私は、その姿が『成長』したのかどうかは分からないわ。


(お互いに『これから』なのね、きっと)


 だから思うの。

 これからも頑張っていきましょう、と。


 友人にならずとも。互いにこの国を支える貴族の一員として、ね。



「お話は少し変わりますけれど。マリーアさん?」

「は、はい」

「貴方のところにカトレアと名乗る女性は、いらっしゃらなかったかしら?」

「カトレア、様ですか……? いえ、存じあげません」


 あら。

 『ここ』が一番、怪しいと思ったのだけれど?


 その反応に私とリック様は視線を合わせた。


(まぁ、この夜会で接触してくると決まってもないし)


 そもそも鏡の魔女が私に接触してくるだろう、という予測が正しいとも限らない。

 今夜は心配しなくていいのかしらね……?



 グウィンズ侯爵家。

 シェルベルク侯爵令息。

 ロセル卿とマリーア夫人。

 それから、シーメル様。


 なんとなく関わりがありそうな人の姿はもう見てしまったのだけれど……?



「気にし過ぎだったかもしれないね、シャリィ」

「ええ。なんだか緊張したのがおかしかったかも」


 このまま彼女の行方は分からないまま。

 謎のままで『終わり』なんじゃないかしら?


 まぁ、それはそれで……私はパトリック様と頑張っていくだけなんだけど?


(いいのかしら? ちょっとスッキリしない気がするわ)


 そして、とうとうハロルド殿下とソフィア様が会場に現れたの。



 様々な人達が彼らに挨拶を交わしに行く。

 侯爵家の面々が先に動き、祝辞を述べた。


 そして彼等の後に続くようにパトリック様が私の手を引き、殿下たちの前へ。



「立太子、おめでとうございます。ハロルド殿下。

 そして婚姻式の決定、おめでとうございます。ソフィア様」


「……ああ、ありがとう。ディミルトン辺境伯。そして夫人。

 無事に辺境伯を継いだそうだね」


「はい。妻の助けもあり、一族からも認められて。これからも辺境から王国を守っていきます。妻と共に」


「…………ああ。そう願う。きっと貴方なら、それが出来るのだろう。

 遠く、王都から貴方と、彼女の……幸福を祈っている」


 社交辞令の言葉を交わす。

 マリーアさんと同じように、彼らと深い繋がりを示すことはなく。


 王太子と婚約者。

 そして辺境伯夫妻という関係は、もう崩れることはない。



「婚姻式の決定。おめでとうございます。

 少し早いですが……今日の内に1年後の婚姻のお祝いを申し上げておきますわ」


「……僕たちの式に、貴方たちは来てくれないのか?」


「今回は、私たちが王都に来る名誉をいただきました。

 次回の機会は、父と母に譲りたいと思っているのです。

 私とシャリィは辺境伯として、かの地を治める事になると思います」


「……そうか。そうだな。辺境伯がそう簡単に領地を離れられるはずもない、か」


 お義父様とお義母様は、政務などで現役ではあるの。

 でも、若くしてパトリック様に爵位を譲られた。

 王太子殿下の婚姻式ともなれば顔を出したいけれど、慶事だからとて、私たちがそう頻繁に領地を離れることは出来ない。

 それに、そういう場合に王都に来なくてもいいと許されているのが辺境伯家だ。

 今回のように領地をお任せできる方がいる場合なら別。

 だから王太子殿下の婚姻式では、私たちは辺境領に残り、お義父さまたちが顔を見せる事になるだろう。



「辺境の地から、お二人のご活躍をお祈り申し上げます」

「……ああ。ありがとう。貴方たちの期待を裏切らないように励むよ」


 私たちは殿下の前から、離れる。

 すべて滞りなく。


 やがてダンスの時間が始まって。


 ソフィア様の手を引いたハロルド殿下がファーストダンスを踊り始めた。



(あら……?)


 私の近くにある、テラスへの扉。

 そこはガラスの嵌め込まれた窓なの。


 その窓が今、キラリと光った……ような?


「どうしたんだい、シャリィ」

「少し気になる事があって。少し移動してもよろしいかしら?」

「ああ、もちろん」


 リック様と共にテラスに続くガラス窓のある扉へ近付く私。

 何に気付き、変に思ったのか。


 光の関係で、私の姿が映し出される。


(ああ……)


 そのガラス窓は、まるで鏡のような。



 キィィィン! という硬質な音の耳鳴り。


 おかしな光景だ。

 窓に映るのは私だけじゃなく、隣のリック様や他の人も居るはずなのに。


 そこには『私だけ』が映し出されているのだ。



 ──キンッ!


 ……と。

 気付けば、私の『意識』は閉ざされた世界へ。



「……シャーロット」


 そして声を掛けられたの。


「ふふ。ようやく来てくれたのね。カトレアさん」


 私が居る場所は、きっと鏡の『中』の世界。

 私の意識か、或いは魂が、そんな場所に囚われてしまったようだ。


 なるほど。

 こんな真似が出来るなら、わざわざ表立って私に会いに来る必要もなかったのか。


 たぶん、どこでも、というわけにはいかないのだろう。

 『罠』を仕掛けた場所に、目当ての人間がピンポイントで訪れなければ成立しない。



「……私のこと知ってるんだ」


 不思議な空間。鏡の中の空間。

 少し離れた場所に、リック様が居るのが分かる。


 『世界の狭間』にでも落ちてしまったかのようだ。


 外の時間は止まっているのかしら?

 或いは、ゆっくり流れているのかも。



「やっぱり、貴方も『転生者』なの?」

「……アレク王子に聞きましたよ。貴方が、そういう存在だって」


 姿を見せたのは、私と同じ年頃の女性。

 ピンクブロンドの髪とは聞いていた通り。


 でも元気な様子とは言い難いわね。


「ですが残念です。私は私ですよ。カトレアさん。

 私はシャーロット。生まれてからずっとシャーロットです。

 記憶は失くしてしまいましたけどね? ふふ」



「……じゃあ、なんで!」


 カトレアさんは、私を非難するように叫んだ。

 恨めしそう、と言うべきかしら?


「あら。何がかしら?」

「全部、上手くいってた! 全部、その通りだったんだよ!?

 そりゃ、確かにマリーアはああだったけど!

 でも、シャーロットの周りは全部、上手く『物語通り』だったはず!」


「…………」


「なのに! アンタがあの日、めちゃくちゃにした! 物語をぶち壊しちゃった!

 おかしいじゃない! どうして!?

 記憶がないって言うんなら……そんなこと、起こすはずがない!!」


「……カトレアさんから見て、そんなに物語通りだったんですか?」


「そうよ! アンタは、ちゃんとハロルドから婚約破棄された!

 マリーアを侍らせて! バカ王子としての役割をちゃんと果たしてた!

 全部、上手くいくはずだった!

 マリーアの中身が違っても、やった事は変わんない!

 婚約者の居るバカ王子に言い寄って、そのバカ王子に婚約破棄させた!

 シャーロットに冤罪を被せて! 物語通りにバカ王子の王国は、破滅の道に向かうはずだった!」


「……そう」


 破滅させたかったのは確実なのねぇ。

 アレク王子が彼女を見下していた理由は、きっとここなのだろう。


 彼女にレノク王国の民草のことを慮る考えはなかった。


 対立国に生まれついたのだから、という理由は分かる。


 でも、その事にレノクで生まれ育った貴族の私が共感すると思えるのは……何なのかしら?


 レノクの貴族ならば、まずレノクの民のことを考える。

 その『未来』を教えられていたなら尚のこと。



「カトレアさんは、記憶を失う前の『私』にその計画を話してくださったの? つまり、王国が破滅するというお話を」


「……話すわけないじゃん」


「あら。どうして? 貴方の主張からして、私が貴方の計画に共感するとお考えだったのでは?」


「……シャーロットとの会話は、決まってるの。転生者じゃないから、余計に。マリーアがアレだったせいで、変なフラグ立てられないし……」


「ふぅん」


 アレク王子の話を聞いて。

 どこが現実と物語の一番大きなズレだったのか。


 私も考えたの。

 起きたことすべてを知っているワケじゃないから、真剣な推測ではないのよ。



「あのね。カトレアさん。貴方も『物語』の『登場人物』なの? つまり、前世がという話ではなく。カトレアという魔女さんが」

「……そうよ」


「私と貴方は親友になる予定だった?」

「……そう」


「以前の私と貴方は会話したことはあるの?」

「……ある」


 あるのねぇ。


「でも、その時に貴方の思惑は話さなかった。だけど、貴方はレノクの破滅を前提に動いていた。それで合ってる?」

「……今更、説教でもするつもり?」


 説教。嫌なのかしら? されて当然のように思うわ。

 でも、そういう事じゃないのよ。


「あのね。カトレアさん。きっと、現実の私たちの運命が大きく変わった原因はね。

 私でも、マリーアさんでも、パトリック様でも、アレク王子でもないんじゃないかしら」

「…………は?」


 私は微笑みながら、それでいて不躾に。

 彼女を指差したの。



「──()()()。物語を壊してしまった『犯人』は、あなたよ。

 カトレア・ウードワットさん」


「な……」


 自分が原因だと、そうは思っていなかったのか。

 考え方は理解できなくもない。


 きっと彼女にとってはマリーアさんも、私も、何もかも『物語』とは違うのだろう。

 それでも運命が変わらず流れていたとするなら。


 大きく違った原因は、私たちの側にはない。



「な、なんでよ!?」


「……さぁ。忘れてしまった私だから。でもね。貴方は私と話をしたと言った。

 その内容はきちんと覚えているの?」


「は……?」


「私と話した内容は、一言一句、その物語の通りだった?

 情報を開示する『順番』はどう?

 未来を知っている者の知識を示すジレンマは考えた事はある?」


「ど、どういう……」


「うん。例えばね。ある日、ある場所で、殺人事件が起きると、貴方が知っているとしましょう。

 貴方はその事件を防ぎたい。だから、誰かにそれを『予言』して見せた。

 でも残念ながら、その事件は防げずに起きてしまった。

 ……そうすると残るのは何だと思う? 『予言をして見せた奇跡の貴方』かしら?」


「そ、そうでしょ? だって未来のことを言い当てたんだから」


 うん。

 やっぱり。


 アレク王子の言っていた意味が本当のところで理解できた。



「違うわよ?」

「は?」


「その条件で残った貴方はね。『殺人事件を【予告】した貴方』なの。

 未来予知をして見せた、奇跡のような人じゃないわ。

 ただの予告殺人者に過ぎないの。普通の人はそう考えるの。

 少なくとも、そうでないと示すためには他にも『未来』を当てる必要があるのだけれど……。

 貴方、私に『ハロルド殿下からの婚約破棄』は伝えていなかったわね?」


 知っていたなら。

 夜会場で、問題が起きる前に、追い詰められる前に何かしら手はあったんじゃないかしら。



「…………は? なにを」


「だからね。貴方。……貴方よ。貴方が『私と話した時』に。

 何か、私に伝える『順番』を間違えたりしていない?

 或いは、この王国の破滅を勘付かせる何かを伝えてしまったか……。

 かつての貴方は、私に予言の信憑性は説いていないのよね?

 なら、私が考えるのは……『貴方が』何か、国を巻き込むことを考えているのではないか?

 ……ということ。

 さらに言えば、一国の王子による、婚約者を貶める行為の『予告』。

 『前の私』は、すべてが手遅れなレベルに問題が起きているのだと……そう考えたんじゃないかしら?」


「…………」


 だからこその。


「レノク王国を巻き込むほどの出力の、魔法。そこに違和感があったの。

 だって私の魔法に使う代償は、自分自身の記憶なのよ?

 『目の前の事』から逃げるためだけに、そこまでの魔法は必要ない。

 王国を覆い尽くすほどの魔法を、かつての私が使った理由は……。

 『そうしなければ、この王国が危険だとする根拠があったから』。

 ……そうじゃないかしら? そう。その根拠となる何かがあったのよ。

 その『根拠』は決して、あのアレク王子からはもたらされないでしょう。

 当然、マリーアさんやハロルド殿下からのはずがないわね?

 そうすると……貴方しか居ないのよ。カトレア・ウードワット」



 私が、かつて【記憶魔法】を使う前のタイミングで。

 周到に計画していたアレク王子が、その事を漏らすワケがない。


 そんな事を打ち明けるなら、もっと私にアピールすべき事があっただろう。


 ハロルド殿下やマリーアさんが自らの破滅に繋がる計画を知っていて、その通りにするワケがない。


 そして私が『転生者』などではないのだから。



 ……物語の相違点を生み出したのは【鏡の魔女】カトレア以外に存在しない。



「貴方の知る物語が破綻した原因は……貴方。貴方がすべての原因なの。

 その証拠が、私の使った【記憶魔法】よ。

 レノク王国全土に至るまで、ほとんどの記憶を犠牲にしてまで、私が魔法を使った理由。

 なぜ、もっと小規模な魔法を展開しなかったのか。

 自分自身が何者なのかすらを失ってまで、どうしてそんな極大の魔法を使ったのか。

 その原因、その根拠となる理由を『私』にもたらしたのは、間違いなく貴方。

 他はありえない。……だからね?」


 私は、絶句するピンクブロンドの女性に、微笑みかけてあげたの。



「──()()()()()

 私に、この愛すべきレノク王国を守る機会を与えてくれて。

 貴方のお陰で、この国をベルファス王国から守る事が出来たわ。

 そして愛する夫、パトリック様の命を救う事ができた。

 ぜんぶ、すべて、みんな。貴方のお陰よ、カトレアさん」


「……な……あ、わ、私……は」


「それだけ。貴方が来るのを待っていた理由よ。貴方に感謝を伝えたかった。

 もう忘れてしまったけれど。

 きっと、貴方の忠告……。ふふ。貴方の『失言』があったからこそ、今の私がある。

 たしかに受け取ったわ。『親友の』カトレアさん? でも、ここで()()()


「え……? 終わ、り……?」


「そうよ。だって」


 ……ねぇ?


「──私と貴方、気が合わないでしょう?

 私、レノク王国を滅ぼすつもりなんてないもの。

 どうして王妃にならんとしていた私が、自国の滅亡を望むと思ったの?

 この国の破滅を企み、民草の命を考えない貴方と、気が合うわけないじゃない。

 元から友人になんてなれなかったって、貴方の話を聞いて理解したわ」


「なっ……! なにを! 私は! シャーロットの、親友で!」


「その親友は、この場に現れてどうしたかったの? 不満を訴えたかったの?

 でも、物語を崩してしまったのは『貴方』だから。私のせいじゃないと思うわ。

 ……ねぇ、貴方は今、どうしたくて、姿を現したの?」


「そ……だから、こんなの、おかしい……から……!」

「だから?」

「ぜんぶ、やり直さなくちゃ……いけないのよ! 間違ってるんだから!」

「やり直す?」


「親友なんだから! 私を救ってよ! 救えるでしょう!?」

「……どう救われたいの?」


「だから! アンタの魔力さえあれば!! 私の魔法と合わせて! ぜんぶ、ひっくり返せる!

 最大のピンチの時に一度だけ出来た魔法! 私とアンタが手を組めば『世界』がひっくり返せるんだよ!

 今、この場所みたいに!」


「はぁ……?」


 私は首を傾げたわ。


 何か魔法の『とっておき』があるみたい。

 彼女の【鏡魔法】に、そのとっておきがある?


 でも、それをするには、私の魔力が必要で……?


 『物語』を前提に考えるなら、それは『奇跡の大逆転』かしら。

 もしかしたらアレク王子か誰かが、どこかで死んだりする予定だったのかも?

 そして『親友』と手を取り合って起こす奇跡でどうにかこうにか?


 やり直すと言った。世界がひっくり返るとも。

 言葉尻から察するに、それはとんでもない事を引き起こすのだろう。

 少なくとも私の魔力は、王国全土を覆えるレベルなのだから。


 ……きっと、その手段は、とても冒涜的なものなのでしょうね。



「シャーロットだって! 今度こそアレクと結ばれるわ!

 貴方の本当の運命の相手なんだから!!」


「──私の運命の相手はパトリック様よ。

 やっぱり私と貴方、気が合わないみたい。

 友達になるのは無理そうね」



 でも良かった。彼女の切り札が何かを簡単に教えてくれた。

 だから、もういいわね。



「ふふ。最後に貴方と話せて楽しかったわ。カトレアさん」

「なっ……、何が最後……」


 私は、一歩。不思議な空間で彼女に近付いた。

 そうすると。



 バチィ!



「きゃっ!?」


 ああ、やっぱり。そうね。条件がなんとなく分かったわ。


「今の私、特定の人が近寄れない『結界』が張られているみたい。

 たぶんね。それは『前の私を傷付けた人』だから。

 カトレアさん、貴方は私に近寄れない。

 貴方は、かつて私を傷付けた人だったから。

 だから貴方の計画は終わりなの。ふふ。残念でした」


「…………っ!」


「この不思議な空間を出たら、どこに居るのかもしれない、貴方。

 友人になれなかったカトレアさん。

 ……私が天秤に捧げるのは、ここでの会話の『記憶』。

 釣り合う程度に貴方から奪うのは……ふふ。

 今、貴方が、私を利用して成そうとした……『切り札』の記憶よ」



 ──ガコン!


 私の目の前に現れた、黄金の天秤の、秤の片方に光が乗る。



「私が居なければ、その魔法は使えないんでしょう?

 ならば、それは『シャーロットの記憶』に該当すると思うの。

 賭けだけれどね。貴方から、その記憶を消し去って。

 それから、もう一つだけ祈ってあげる。

 ……貴方がこの世界を、前向きに生きていけますように」



 彼女の計画は悉くが失敗し、結局、レノク王国を守ることに繋がった。

 割を食ったのはアレク王子の方ね。


 でも彼女が居たからパトリック様の元へ私は行けた。


 ふふ。すべては結果論だけれど。



「な、や、やめ……シャーロット! 私、私は貴方の……!」


「じゃあね。親友さん。物語から現実に。

 貴方が他人を慮って、真っ当な幸せの道を歩めますように。

 私のことなんて忘れてしまっていいのだから」


「シャーロット! シャーロット!!!」


 私に縋ろうとして、でも近寄れない、彼女。



「──【記憶魔法】」

『貴方にも幸せがありますように』



「シャーロットぉおおおお!!!!」


 そして黄金の天秤から溢れ出した光が……不思議な空間ごと、彼女を消し去って、どこかへ。


(どうか、貴方の人生を歩んでちょうだい、ね?)




 ……………………。



 ………………。



 …………。



 ……。





「──シャリィ。俺たちも、そろそろ踊ろうか」

「……リック様」


(あら、私?)


 少しだけ。

 ぼーっとしていたみたいだわ。


 ふふ。夜会の途中だって言うのに。



「ええ、リック様。私と踊ってください」

「ああ」


 そして彼は私の手を握る。


 きらびやかな夜会。


 ハロルド殿下とソフィア様が踊り。

 マリーアさんとゼンク様が踊り。


 他の皆さんも、何の憂いもなく、踊り、平和なレノク王国。


 私もまた最愛の人と共にダンスを。



「パトリック様」

「なんだい? シャリィ」

「……私。貴方と結ばれて、とても嬉しく思っています。とても……幸せです」


 そう告げると、彼は少しだけ驚いた顔をして頬を赤らめた。


「俺もだ。シャリィ。シャーロット。君とこうしていられて、とても嬉しい。幸せだ」


 分かっていた彼の答えを聞いて、本当に嬉しく思って。



「貴方のことを愛しています。パトリック様」

「ああ。俺も、キミを愛している。シャーロット。心から」


 だから。


「私と歩む道を。貴方には……、──後悔なんてさせませんから!」


 そう宣言する。

 そうすると彼は、そんなのは当たり前だと笑って。


「シャーロット。一緒に幸せになろう」

「はい。パトリック様。ずっと一緒に、幸せに」



 そうして私たちは、平和な王国で踊る。


 これからもずっと、彼と手を取り合って。共に王国を守っていくのよ──




 ~~Fin~~

ここまで読んでいただきありがとうございました。

長くなってしまいました。

本当にありがとうございます。


……こんな話になるとは思ってなかったなぁ(遠い目)

シャーロットが、こういうキャラだったのだと知れたのは、

応援してくださった方たちのお陰です。

(一度、ランキングの表紙に載ってなかったら連載を続けなかったはず)


最初からプロット立てて書いたわけではなかった為、

ちょっと長くなったり、迷走してしまったと思います。

本当にここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。



私事ですが、来月の11月10日にツギクルブックスさんより

【人生をやり直した令嬢は、やり直しをやり直す。】

https://ncode.syosetu.com/n5058if/

という話が書籍発売となります。

そちらの方も気にかけていただけると幸いです。(宣伝)


ここまでシャーロットのお話に付き合ってくださり、誠にありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
序盤、よくある婚約破棄ものの自爆系ざまぁ作品として普通に楽しんでましたがまさかこんな込み入った設定のお話になっていくとは思いませんでした。 途中まででも十分なクオリティだったのに、後付で続けたという…
久しぶりに読後を楽しめました。 ありがとうございます。 もし機会があれば、アレクとのifストーリーお願いします
[良い点] とても読みごたえがあって面白かったです。 ヒロインの性格が記憶を失う前も後も好きです。 原作厨なろう系転生者自分の存在こそが一番の原作改変だと自覚してない問題は根深いw ご都合主義のお話…
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