31話 物語の戦い
グレゴリー子爵家の罪は暴かれることになった。
隣国からの援助を受けての暗躍。
破落戸を雇っての犯罪行為。
爵位についてどうにかするのはディミルトン家の役割ではないが、取りまとめてカント伯爵家と共に王家に報告を入れて対応を仰ぐことになる。
夫人とカルミラさんについては事前の言動から罪を軽く出来ると見ているけれど、まだ分からない。
まったくの不問に出来るかは怪しいところ。
2人は今、カント伯爵家で軟禁されているわ。
グレゴリー子爵の爵位は剥奪となるだろうと見られている。
……罪に問われずとも、2人は平民落ちとなるだろう。
私から手を差し伸べることも考えたけれど、同情からのそれになる。
リック様と共に居る私を見せつける事がカルミラさんのためになるとも思えず、子爵の罪や処分が確定したあとは他家に雇い入れて貰うか、修道院に身を寄せるかといった事になるだろう。
修道院の手配はしておき、また平民として暮らしていける手配だけは整えておいた。
こちらは同情だけでなく、夫人とカルミラさんに今後の保障をすることで素直にグレゴリー家の内情を喋って貰うためにもなる。
そして、この問題はとうとう隣国関係に飛び火した。
辺境伯家としては明確に隣国に対する警戒をしなければならない事態よ。
この件を境に私の環境はどんどん慌ただしくなっていった。
開戦もかくや、という事態。
早馬で王都に事態を知らせ、速やかな対応を求める。
それまで国境からの流入をより厳しくすることとなったわ。
辺境騎士団も警戒度を引き上げて備える事になった。
ピリリとした空気が辺境の領地を漂い始める。
辺境周辺から戦えない夫人や令嬢を中央側に送る計画を立てたり、各領地を混ぜての話し合いが続いた。
夜会の予定をしていたけれど、華やかな交流というよりは連帯感を増すための決起集会といった具合になりそうよ。
でも、こういう時こそ落ち着き払って普段通りにして見せ、民に不安を与えないように振る舞う必要がある。
それに小競り合いから争いに発展したのではなく『隣国側の工作を事前に見抜いた』だけだもの。
いよいよ開戦というわけでもなく、そのように動いていたベルファス王国を正当に抗議し、牽制する段階。
「どうもね。ベルファス国王と王太子の意見がぶつかっているみたいらしいの」
夜会で集まった令嬢や夫人たちに堂々と振る舞い、情報を共有する。
「それは一体?」
「グレゴリー家の件で動きを察知して、抗議をして警戒度を引き上げましたでしょう。あちらの王様は、その状況ではレノクを落とせないと判断されているみたいね……」
実際、多人数の隣国からの間者が予定外に使い物にならなくなったり、無力化とは言わずともレノクを追い出される形になった。
その上、あちらがわの秘策であった可能性のあるグレゴリー子爵絡みの動きもすべて白日の下に晒されたわ。
ディミルトン家に仕掛けようとしていた策が破られ、あちらは長年の準備をすべて無に帰されたということ。
だからこそ。
「あちらの王は、こちらを攻め切れないと判断しているらしいわ。野心は抱いていらっしゃるからこそだと思うけれど」
開戦に踏み切るだけの『根拠』を失った国王は、弱気になったの。
レノクの国王陛下も、カザレスの件を受けて、あちらの腹積もりはどういう事かと強気の姿勢を見せた。
だからベルファスの王がきちんと国を制しているのなら開戦はない見立て。
……なのだけど。
「あちらの王太子がね。独自に動いているそうなのよ」
「まぁ!」
荒くなった隣国の動きは掴みやすいとリック様や辺境伯閣下もおっしゃっていたわ。
「動いていると言っても国王の認可がない状態でだから……王太子の私兵が動いているレベルね」
「ええ……? でも、それではやはり戦争に?」
「相手の動く規模が、比較するととても小規模になるから……。何かしら王子の暴走があったとしても、辺境伯家の騎士団で捻じ伏せられる見立てね。
……むしろ、ベルファス国王は、あえて王太子を泳がせているのかもしれない」
「あえて?」
私は集まった皆さんにコクリと頷いて続きを話す。
「一連の責任を王太子に負って貰い、かの王子の暴走という形で……レノクとの関係にけじめをつけるつもり、みたい。このままだとダラダラと互いを警戒し合い、疲弊するだけになるから……。
お義父様……ディミルトン辺境伯閣下にも、あちらの王家から通達が届くそう」
「それって……」
「ええ。あちらの王は、王太子に『負け戦』を仕掛けさせるつもりみたい……」
隣国の王太子が暴走し、私兵を伴って戦いを仕掛けてくる。
そして、その動きはあちらの国でも監視され、国王側の配下によって筒抜けとなり、その襲撃のタイミングさえ我が家に報せるという密約が交わされたそう。
密約というか、公然の秘密というかね。
あちらは王太子だというのに何を馬鹿な、とも思うでしょう。
でも、それぐらいグレゴリー家の騒動は問題だったのよ。
だって明らかに『戦争の準備』をしていたって事でしょう。
普通なら黙っていられないし、開戦も視野に入る。
その準備だって進めているけれど……もちろんレノク王国だって好んで戦争がしたいワケじゃないのよ。
だから『落とし前』さえつけるなら、と。
本格的な戦争が起こった際の賠償金と比べれば、かなり安く事態を鎮静化させられる目処を立てた。
それが『隣国の王太子の暴走』なの。
暴走した王太子の部隊と、辺境騎士団が小競り合いをし、打ち負かす。
それで公に伝わる形で、ベルファスを糾弾し、責任者であるあちらの王太子の足切りをする……既に国のトップ同士では決まった流れ。
「なんて事かしら。でも、あちらの王太子は踏み止まらないの? 優秀だと噂を聞いた事がありますのよ」
「ええ、そうらしいのだけれど。でも、この話が通った理由なのだけれどね。実は『建前』でもないらしいのです」
「建前じゃない?」
「はい。つまり、隣国の王太子殿下は本当に暴走していて。そして戦闘の準備を始めているそうなの。グレゴリー家の件にも関わっていた証拠を、あちらの王家からこちらに送ってきたそうなんですよ」
「ええ!? じゃ、じゃあ、本当にあちらの王太子の暴走事件……って事なの!?」
「私にまで降りてくる話ではどうもそうらしいんです」
どうしてそこまで?
それは王太子としての義務からなのか。
夜会がどうにか無事に終わると、私は屋敷でリック様とそのことについて話し合ったの。
「シャリィ。きっとキミが理由なんだよ」
「え?」
そこでリック様は予想外のことを話してくれた。
「私が理由……? 何故そんなことが」
「……俺と彼が『似ている』からかな」
「似ている、ですか? リック様と、あちらの王太子が?」
「そうだ。事情は大きく異なるけれどね。俺たちは、どちらも『婚約者』を据えていなかっただろう?」
「は、はい」
「だけど普通はそんなことありえない。無理にでも婚約者を据えるべき立場だった」
「それは、ですがリック様は工作が」
「いや。そうではないんだよ。シャリィ」
リック様は困ったような表情を浮かべながら私を見つめた。
「俺はね。婚約者が決まらない事を『都合がいい』と感じていたんだ」
「都合がいい?」
「うん。……たしかな記憶は失くしてしまったけれど。
だって、その時の俺にはね。『好きな女性』が居たから」
「そ、それは」
「うん。シャリィのことが好きだった。それはもう間違いない。
そして、そんな気持ちだったから……。
辺境伯家を継ぐ身だって言うのに、俺は婚約者の決まらない状況を……変えようと思わなかったんだ。
もしかしたら、とか。
そんな事を思って。この地まで噂が流れてきていたかは分からない。
でも、王子殿下との仲が良くないと、もしも耳に入れていたなら……余計に」
「あ……」
想像する。
私のことを忘れていなかった頃のリック様の気持ちを。
そして、その時の私と、あの王子殿下との仲が上手くいっていない可能性を。
「グウィンズ侯爵の娘。もしも王家との縁が結ばれなかったとしたら……適切な相手との婚姻を改めて結ばなくてはいけなくなるだろう。
そうしたら、その時、残っている家は?
侯爵家の令息は、およそ進路も決まっていたし、縁談も調っていたはず。
なら、もしかしたら辺境伯家の、婚約者の決まらなかった俺の元にも縁が……。
なんてね。思っていたと……たぶん、そうだと感じてる」
「り、リック様」
まさかの、よ。
辺境伯家の縁談が決まらなかった理由が、隣国の工作だけでのせいではなく……。
私のせい。
リック様が私に片思いをしていた、から?
「あちらの王太子殿下は、頑なに婚約者を決めない頑固者だったそうだ。
そのせいで優秀なのにおかしな男だと評価されている。
……だが。今回、捕まえた男たちの証言と、さらに後を考えない『負け戦』の準備をしている事を考えて」
「……あちらの国の間者は、明らかに私を……。
それに私の魔法の影響を強く受けていて。
それに王都での工作の可能性も強い、から……」
つまり。
「そう。ベルファス王国の王太子。
アレク・サミュエル・ベルフェゴール。
彼も、俺と同じ。シャーロットを好きで、君の伴侶になりたいと考えていたんじゃないかな。
だから」
「リック様と彼が似ている、と」
「うん。それに君なら、どこかのタイミングで彼と出会っていた可能性がある」
「……王子の婚約者だった、から?」
「そうだ。何度か彼がこちらの国の王宮に訪れた記録がある。その時に接触していた可能性は否めない」
「…………」
ならば。そうであるなら。
「私が原因、なのでしょうか。この国に混乱をもたらしたのも。そのせいで民に負担をかけるのも」
失った記憶の時間。
もしも私がどうにかされる為に様々な出来事が起きていたとするなら。
私は。
「シャリィ。違うよ。キミのせいじゃない」
「ですが」
「……動かなかった俺が言うのは、キミに何と思われるか不安だけれど。
少なくとも俺は、キミを不幸にする、苦しめるような工作はしていない。
遠くで、キミの幸せを願い、祈っていた。
さっき言ったように『もしかしたら』という思いはあったと思うけれど。
それでも……キミが苦しむようなことを許容していたとは思いたくない。
シャリィ。キミが好きで、そしてその手を取りたいと願っていたとしても。
民を傷付け、キミを苦しめるような手段なんて取ってはいけなかった。
……彼が、その一線を踏み越えたんだ。
だからシャリィのせいじゃあないよ。
俺という存在が、彼の間違いを示している」
「リック様……」
そうね。そう。
もしも、かの人が私を求めていたのだとしても。
踏み越えてはいけない一線を踏み越えたのは……彼なのだから。
「リック様。ありがとうございます」
「ん」
「何としてでも、この局面。私たちの力で乗り越えて見せましょう」
「そうだね。キミを彼に奪わせはしない」
「……ふふ。はい。ありがとうございます。信じております。リック様」
そして、辺境騎士団と、かの王子が率いる兵たちとの戦いの日が……やってきたの。
それは、さながら決まっていた『運命』のように。
大きく違う道を歩む事になったとしても必ず起きるべきだった出来事のように。
あと2、3話ぐらいで完結します。
ここまで読んでくださってありがとうございます。




