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30話 決着

 ノックの音が響いた後、沈黙。

 私は震えているカルミラさんに寄り添って、支えた。


「…………」


 騎士の声掛けに答えないドアの向こうの誰か。

 答えないということは?


(ここで『決着』を着けたい、のかしら?)


 カザレス・グレゴリー。

 あの日、私に襲撃者を送り込んだ男。

 そして隣国の間者を屋敷で匿い、王国を裏切った男。


 こちらは当然、万全を期している。

 そのことにどこまで勘付いているか。


 あえて挑発までしたのだから軽率に動いて欲しいのが本音。

 ゴクリ、と唾を呑み込んだ。


 ドアの向こうに居るのは……誰?



「すみませーん。お客様、いらっしゃいませんかー?」

「え?」


 私たちは互いを見合せた。

 もしかして宿の人が来ただけ?


 『襲撃があるぞ』と警戒し過ぎただけかしら?


「……どうしますか?」

「宿の人なら答えるしかないわね。お願いできる?」

「分かりました」


 警戒を解かないまま、騎士の一人がドアに近付く。

 騎士が扉を開く為にドアノブに手を掛けた。

 扉を盾にできるような位置取りで、だ。


 私はカルミラさんは部屋の奥に下がらせて、私たちの目の前に2人目の騎士が立つ。


「……何の御用ですか?」

「お客様に会いたいという方がいらっしゃってるんですよー」


 間延びした声。能天気なものに聞こえるわね。


「会いたい人? 誰に、でしょうか」

「ええ? とりあえず、開けて貰ってもいいですかー?」

「……何故? こちらにはご令嬢がいらっしゃいます。失礼と思いませんか?」

「令嬢ぉ? あはは、こんな安宿にご令嬢がいるわけないじゃないですか! 気取らないでくださいよ」


(たしかに私たちは一応は平民のフリをしているけれど……)


 お忍びの行動が仇になった?

 同じ平民と思って雑な対応になっている宿の人間が来てしまったか。


「……とにかく誰かが来ているのなら、後で向かいましょう。下で待っていて貰えますか? こちらにも準備がありますので」

「そういう面倒くさい事言ってないで、今すぐ出てきてくださいよ。貴族ぶらないで。こんな安宿で、男と女を一緒に入れて……令嬢のわけないでしょう? ああ、それとも中ではイケない事でもしてるからすぐ出て来れないんです?

 はは。そういうの広まっちゃうかもしれませんよ、本物のご令嬢なら」


「…………」


(何なの、この人)


 しつこいのは目的があるからか。

 単に下世話で無礼なだけなのか。


 カルミラさんも恐怖よりも苛立ちや怒りが勝ったようだ。

 ムッとした顔で黙っている。


「……そのような言葉を掛ける人の前に姿を現す必要性は感じませんね」


 騎士があくまで冷静に扉越しに返す。


「チッ」


 すると扉の向こうで苛立った声。


 どちらだろうか? 敵か。第三者か。

 ただ、どちらにせよ、あんな下劣な言葉を掛けてくる相手の前に立てるか?

 カルミラさんを立たせられるか。


(……出来るはずがないわね)


 私は少しだけ前に出て扉の向こうに声を掛けたわ。


「こちらにも用意がありますので。準備をしてから、すぐに向かいますわ。下の階でお待ちいただけるかしら?」

「…………」


 私が答えた途端、また沈黙。

 嫌な空気が一瞬、流れた。


「ああ、もう! いいから出て来いって言ってんだよ!」


 ガチャガチャと音を立てて、強引にドアを開こうとする男の声!


「おい!」


 バン! と音を立ててドアが無理矢理に開かれる。

 騎士がさらに前に出た。


「おい、いいからこっちに出て来い!」


(宿の人間じゃない!)


「お下がりを!」


 以前とは違う、似たような破落戸が2、3人! 突入してくる。


「きゃああ!」


 3人の破落戸と2人の騎士が狭い場所で衝突した。

 カルミラさんがその事態に悲鳴をあげる。


 だけど、実力差があり過ぎて、あっという間に制圧してしまったの。


「が……っ」


 切り捨てるまでもなく、打撃等によって意識を刈り取られる男たち。


「おいおい! 逃げろ! 知らせに行くんだ!」

「まだ居るわ!」


 襲撃場所を考えていなかったか。

 多人数を用意したのに、少数でしか襲撃できない場所で襲ってくるなんて。


「……!」


 前衛の騎士が追いかけるか逡巡する。

 逃したくはない、けど。


(一人残って貰って一人に……?)


「っ! 異臭! それに!」


 騎士が先に異変に気付いた。

 一人が駆け出すように廊下に出て確認した。


「火の手が上がってます! 宿ごと焼き殺す気か!」

「ええっ!?」

「ひっ」


 まさか、そこまで!?

 でも、こんな場所で襲ってくるぐらいだもの!

 なりふり構わないにも程がある!


「お2人共! すぐにここを出ます!」

「待って、気絶した彼らを捨ておくのは」


 すぐに火の手が回るわけじゃない。

 気絶してしまったため、部屋で倒れている3人。


「しかし、まずは貴方がたを、」


 その時。


 バリィイン!


「!?」


 その時、廊下側とは逆、外側の……窓が割られて。


 ドッ!


「なっ」


 窓は外側、でもこの部屋の窓が面していたのは裏路地側で景色が良いわけではなく……。


 ジャッ!


 窓からの侵入者が。


(ここは2階よ!?)


 その身のこなしはしっかり訓練されたもの。

 部屋の奥側に私たちが居て、騎士たちは部屋の前側にいた。


 そこで、まさかの窓側からの侵入。

 距離の関係で、あっという間に私達に詰め寄られる。


「くっ!」


 私はカルミラさんを庇って男に対応する。


「ぐっ!」


 窓から侵入した男は、あっという間に私の腕を掴んだ。


「動くな」

「っ」


 ただの破落戸ではない男の動き。

 腕を掴まれた私の喉元にナイフが突きつけられて騎士の動きが止められた。


「……抵抗しないように」

「っ……。ええ……」


(この対応。やっぱり見立て通り……)


「動くと怪我をする」


 じりじりと腕を掴んで窓の方へ移動。


 そして、細い糸のようなものをあっという間に私の腕に巻き付けて縛る。

 荷物のように私を抱えて、そして窓から外へ出た。


 その手口は華麗と言える。

 まず破落戸に正面から来させて騎士たちに撃退させ、火の手を上げて動揺を誘った。


 そして本命は窓から侵入しての強襲。


 窓の外では屋根からロープが張られていて、足がかりに使ったか。

 どちらにせよ、身体能力と技術を使っての力任せの手口。


(こういう手も使ってくる相手なのね……)


 というよりも、この彼らは騎士とかそういう類の人間じゃないのだろう。

 だから正攻法の戦いよりも暗殺や襲撃といった方が本職。


(でもね)


 地面に降り立ち、私を連れ去ろうとした男を、私は。



 ………………。

 …………。

 ……。



◇◆◇



「連れて来たか……!!」

「……ええ」


 黒装束を身に纏い、顔を隠した男に、私は縛られた状態。


 そうして、とある小屋の前で待っていたのは、やはりカザレス・グレゴリー。


「子爵。まさか貴方も捕まっていたのですか?」


 私はそんな言葉を彼にかけたの。

 それが愉快に感じたのか、カザレスはほくそ笑んだわ。


「は? はっ……ははは! 愚かな小娘だ! 捕まっているだと? そんな風に見えるのか?」

「……いいえ。そうは見えませんね」


 そして私は目付きを鋭くする。


「では、まさか。私を襲撃するよう指示したのは……貴方だと言うのですか?」

「はっ! そうだ。目障りなお前だけは許せなかった」

「許せない? ……何をそこまで。子爵家の事情にも私は干渉していませんわ。最近はあまり振るわないそうですけれど」


 そう煽ってあげるとカザレスは忌々し気に私を睨みつけてきたの。


「お前が居なければ! 今頃、ディミルトンのガキとカルミラの婚姻は成立していた! そうすれば!」

「……そうすれば? そんなに娘想いだったなんて知りませんでしたわ。そこまで彼女の恋路を叶えたかったの?」


「ハッ。これだから貴様はただの平民の小娘に過ぎないのだ。

 貴族の結婚に恋愛などと入り込む余地はない」


「では、それほどにディミルトン家と縁を繋ぎたかったと? それならば、私がパトリック様に口利きをして差し上げるわ。辺境伯家に媚びて、従いたいというのが貴方の望みなのでしょう? ええ、パトリック様の従者に推薦して差し上げてよ?」


「誰があんな若造の下に付くか!」


「……おかしなこと。では、ディミルトン家と縁を繋いでどうすると言うのです。そこまで婚家に援助をする理由などないはずですが……」


「お前が知る必要などない。ああ、だが……」


 カザレスが私に近寄ってくる。


「お前が奪われたと知ったあの若造がどんな顔をするか。興味はあるがな。大人しくカルミラと婚姻を結べばこうはならかったんだ。まったく愚かな奴だ」


「……奪う? 私をどうする気? 今すぐパトリック様の下へ帰しなさい!」


 私は強気にそう命じる。

 そうすると、ニヤついた顔でカザレスが答えた。


「お前はこれから隣国に売られる」

「……は?」

「向こうに居る者がお前を欲しがっているらしくてな。

 だからお前はベルファスに売られて奴隷になるんだ」


「ベルファス、王国に……? 一体、誰がそんなこと」


「ハ! 知らん。趣味の悪い男だろう。金だけは持ってるな」


「……あら。知らないの? 情けないわね」


「なんだと!?」


「まぁ、充分に証言して貰えたと思うけど……あとは捕まえてからね」



 そこまで言って。


 私は後ろ手に縛られているはずの腕から、パッとロープを手放して、地面に落とす。

 そしてカザレスの前で両手の平をひらひらと振って見せたの。


「…………は?」


 そんな私の姿にきょとんと、間の抜けた表情をカザレスは浮かべたのよ。

 ふふ。その顔を見れただけで、充分な戦果かしら?



「貴方は本当に愚かな人ですね。グレゴリー子爵」

「!?」


 私を捕まえていた黒装束で、顔を隠していた彼がそう告げた。


 もちろん。


 今まで私の隣に居てくれたのは。



「俺も確かに若輩ですが……国を売る貴方よりもマシだよ、子爵」


 隠していた布を剥ぎ取って、リック様が顔を見せたわ。


 ええ。もちろん、私を宿屋で襲った男は、外で待機していたリック様がすぐに撃退し、拘束したのよ。



 窓からの襲撃は流石にびっくりだったし、敵が殺傷を目的としていたなら終わりだったけれど。


 私とリック様の見立て通り、あそこまで動ける人員は、私の『誘拐』を目的としていたの。

 生きて、無事な姿での誘拐よ。


 そして襲撃があるだろうと予め備えていたから……あっという間の奪還劇だったわ。

 もう少しスリルがあっても良かったぐらい。


 ううん。助けてくださるリック様は十分に素敵だったけど、ね?



「きっ、貴様は!?」


「子爵。数か月ぶりだが……ようやくここで決着を着けられる。

 あの時と今日、シャーロットを襲わせようと画策した罪。必ず償って貰うぞ」


「な……ん、だ、だが、たった一人で!」


「ああ、もちろん一人ではない。

 あえて『逃がした』茶髪の男も戦力にしていたんだろう?

 前回と違い、この地には騎士団で赴いている。

 事前にお前たちの行動を徹底的に調べ上げた上でな。

 ここの周囲も当然、包囲しているし、お前の味方もすべて捕まえている。

 一人ぼっちなのはお前だ」



 子爵には、どうしても『黒幕』との繋がりを見せて貰いたかったの。

 ただのカザレス・グレゴリーとしての悪事の暴露や断罪が目的じゃないのよ。


 だから『茶髪の男』をリック様はあえて逃がした。

 彼や、その後ろにいる人間と接触させるために。


 ……茶髪の男には『実験台』にもなって貰ったの。


 それは私の【記憶魔法】の実験台よ。


 私は、私自身の記憶と引き換えに……私に関わる記憶を他者から消せる。


 『魔法の行使』自体を出来なくなったわけじゃないもの、私。

 だから今だって【記憶魔法】は使えるし、メイリィズ家に残された記録と協力もあって。

 そして『前の私』が行使したであろう魔法から推測して、使った。


 今の私には『茶髪の男』と関わった記憶がなくなっている。

 後でリック様に教えて貰ったけどね。


 そう。

 訓練されていたであろう茶髪の男は、再び私という拠り所を失い、その内心が不安定になったところを……こちらに都合がいいように誘導し、動かした。


 そしてカザレス・グレゴリーとの関係を明らかにして。


 これから子爵家の屋敷内の調査も進める事になる。


 証言の通りなら、茶髪の男たちは隣国の間者。

 そしてカザレスはこの地をベルファス王国から来る間者のために使っていた。



「……諦めろ、子爵。いや、もう貴族ではなくなるだろうが。

 隣国と癒着し、あちらで爵位を得る予定だったか?

 そんな未来がくることはもうない。

 ……お前は、俺と、シャーロットに……負けたんだ。カザレス・グレゴリー」


「……っ! うっ……ぉぉあああああああッ!!」


 最後の悪足掻きで彼は、私に向かって襲い掛かってきた。


(うん。足の踏み出す向きからして、リック様じゃなく、狙いは私……)


 そんな冷めた事を考えながら、私は一歩も引くことはなく、震える事もない。

 だって彼を信じてるもの。


「ハッ!」

「ぐっ!」


 当然、何やら武器も持ってたみたいだけど……。

 騎士でもあるリック様に敵うはずもなく。


 ダンッ!


「ぎゃっ!」


 お腹を強烈に殴られた上で、彼に投げ飛ばされて地面に叩きつけられたのよ。


「……往生際が悪いね」

「ふふ。お見事です、リック様」


 こうして。


 解決すべき問題の一つ目が、ようやく解決に至ったのよ。




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― 新着の感想 ―
[一言] ストーカーする人たちってさ、傍から見ると「そんな嫌がらせをして相手に好かれるわけないじゃん」て思うけどさ、ヤツらの頭の中では「自分は相手に好かれてる」のは決定事項だから好かれる努力なんて全く…
[一言] なんと!茶髪、わざと逃したですね! リック様カッコ良いー! アレクの存在は明らかになるんですかね。。 ていうか、ここまで嫌がらせしてシャー様に 好きになってもらえるとでも本当に考えてるんです…
[良い点]  やっすい挑発に乗って実力行使‥‥‥。  ううん立派な三下でしたよグレゴリー子爵殿。  まあここまでの行動で語るに落ちていますけれどね。
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