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28話 交流会にて

 私をあの時、襲った男たちは全員捕まえている。

 その後で彼らは念入りに尋問を受けることになったわ。


 尋問の結果、『6人』の男たちは既にある程度の証言をしているそう。

 そして、その内容を入念に辿ったところ……この男に辿り着いた。



「どうされましたか? グレゴリー子爵」


 他の方に向けるものとは違い、柔らかいだけでなく、あえて少しの圧を込めた微笑みを向けた。


「……ふん」

「ふふ」


 皮肉のひとつでも言うかと思ったけれど、口を閉ざしたわね。

 だけど私のことについては認めている様子ではないわ。



 平民上がりの貴族夫人。

 きっと、その成り立ちで許されるのは子爵家まで。

 それが辺境伯令息の妻となるだなんて、と。


 そう思われているはずよ。

 初めてのお茶会に参加した方たちはノーラさんのお陰で味方寄りにする事ができた。


 その後、機会を設けて近隣の方との交流も図っている。


 自己評価だけでは心許ないため、辺境伯夫人と侍女たちに私の交友関係と評判を厳しく見て貰っているわ。


 今の段階では『思った以上にしっかりとしている』という印象だそう。


 基準値が『平民で何も知らない礼儀知らずの女』として見るものだから、貴族令嬢・夫人が納得する作法をあっさりこなしている私を見て、そう評価してくれるらしい。


 ただし、まだ積み重ねて半年に満たない話。

 『思ったよりもマシ』だったけど、それが『辺境伯夫人に相応しい』レベルかはまた別よ。


 こうした交流の場を設ける度に、きっと私の問題点を見つけてやろうという視線を浴びる。


(何も怖くはない)


 己のルーツを知って。

 『前の私』の思うところを知り。

 『根性』を学び、結ばれたいと願う『愛』を知った。


(だってリック様の隣に立つためだもの)


 自然と微笑みが生まれ、心が強く保てた。

 気を張ることなく、より自然体に……以前よりも、ずっと強くいられるわ。




 続々と人が集まり、緩やかに交流会が始まる。

 人数が多いため、立ったままで話をする者もいれば、座って話す場所も用意されていた。


 こうして人を集めるだけでもそうだし、その準備も大変なのだとよく分かる。


(『前の私』に負けないようにしなくちゃね)


 主催側として私は、来てくれた皆さんに満遍なく応対して見せるの。

 最初は私の後ろに侍女や男性の執事が控えてくれている。


 リック様は辺境伯夫妻と一緒に後で来てくださる予定よ。


 彼と一緒に立たず、こうして私が代表として貴族たちを歓迎するのは彼らの反応を確かめるため。


(半々といったところね)


 グレゴリー子爵でなくても、私を認めないという方は居て当然だもの。


 受け流せる程度の軽い皮肉を混ぜて話す方もチラホラ。

 度を越した言葉をかけてくる方がいらっしゃらないのは、辺境伯家の会場ゆえかしら?


 むしろ攻撃的なかたが居た方が器の見せ所なのだけど。

 穏やかに過ごせるという意味ではこれも良いわね。



 やがて招待に応じてくださった方たちが集まり終え、リック様たちが顔を見せないことで私に注目が集まる場面が来た。


 リック様と私のなれ初めの話を聞きたがる方。

 そして徐々に私のことについての話が広まる。


 私が平民であった事も記憶喪失であった事も隠していないの。

 変に隠しても仕方ないことだし、むしろ攻め所をあえて晒していた方が対処はしやすいわ。


 そうして良くない評価から、どちらでもない中立の意見を捌きつつ。


 私に好意的な人を誘導して集まって貰い、グレゴリー子爵の近くに移動したわ。



「シャーロット様は、とてもよく出来た方なんですよ。以前も……」

「ええ、それで……」


 自然な会話よ。

 誰だって社交辞令で褒めたりしてくださるでしょう?

 私に好意的な方たちの事も事前に調べていて、彼女たちの良い面も知っておいた。


 今の段階で私を認めてくださる方は謙虚な方が多いから。

 きちんと、その方の素敵な面を褒めると、褒め返してくださるの。


 そうすると最初から私に苛立っている人は面白くない気分になる。

 他の方が褒められていても良いけれど、私が褒められることは許せない、とね。


 それに思惑があったとして、足が付きそうな者を使って人を襲わせるなんて短慮なことをなさる人。


 それこそ私を平民上がりと見下しているなら、娘のカルミラさんを信じればよかったはずよ?

 あの時点ではリック様の婚約者を決めるのが難航するような状況だった。


 カルミラさんがリック様の妻となる可能性は『あった』の。

 彼らの作戦は上手くいっていたのよ。


 それにも拘わらず私を襲わせた。

 浅はかで……短慮な、そういう方よ。


 だからこそ。



「ハッ! よくもまぁ、貴族を気取れるものだな。平民に過ぎない女が」


 ……ほら。


 その声は少し大きめだったわ。

 場の流れを変えたいのでしょう。

 単純に気に喰わないだけか。

 或いは『まだ諦めていない』か。


「ふふ。グレゴリー子爵。私は辺境伯家に嫁いだ『貴族』ですわ。ですので当然の振る舞いをするだけのことですよ」


 緩やかに受け流し、微笑みを浮かべる。

 態度は余裕をもって。


 内心で腹を立てている人は、これで余計に苛立ってしまうでしょう?

 だから余裕のある態度こそが一番の挑発になる。


「そ、」

「カルミラ嬢はお元気かしら? 今日は本当は彼女に来ていただきたかったのだけれど」


 彼の言葉に被せるように話し掛けた。

 マナー違反とも取れるし、たまたま話の主導権が被ってしまったとも言えるわね。

 だけど的確に相手を苛立たせる行為。


 ピリリとした空気を感じ取ったのか、少しだけ人が遠ざかり、様子を窺う流れが生まれたわ。


 私が弱気な態度を見せれば、優しい方が庇おうと動かれるかもしれないけれど……。

 私は終始、ニコニコと微笑みながら堂々と対応を続けるの。


 どうしても私を貶めたくて苛々する子爵と。

 微笑みながら受け流す私。


 この構図を人々に見せつけていく。



「カルミラ・グレゴリー嬢は本当に素敵な方なの。パトリック様も褒めていらしたのよ? 私と出逢わなければ、きっと彼女を選んだだろうと、そうおっしゃっていたわ。

 ええ、それだけで私、彼女が素敵な令嬢なんだと思えたの」


「……! お前が今、」


「ああ! でもね。私が彼女より優れているとか、そういう話ではないの。誤解なさらないでくださいね? ただ彼女には『足りないもの』があったのは事実だと思うわ。ええ」


「……なんだと?」


 常に穏やかに応対していた私の言葉に少なくない人が、ぎょっとした表情を浮かべる。


 私とカルミラさんという『女の戦い』と見立て、『所詮はあの女もそういうやつか』と、そう思ったことでしょう。



「娘に足りないものなどない! よくも、そんなことを言えたな!」


 『娘を想う父親』として正当に怒ろうとする子爵。

 でもね。


「ええ! その通りですわ! カルミラさん自身に足りないことなどありませんでした! ふふ、よくお分かりではありませんか! とても意外なことですわね?」


「なん……」


「カルミラさんがいくら素敵な女性で、いくら努力なさっていても。

 ええ、その『足を引っ張る方』がいらっしゃっては」


「は」


「私、今、驚いていますのよ?

 カルミラさんの『足りない』部分である事を、ご本人がご自覚なさっていたなんて!

 まぁ、とてもよろしい事ですわ。

 グレゴリー子爵に自覚がおありなら、きっと素敵なレディーである彼女は引く手あまたとなりますわね! ふふ」


 ほがらかに、微笑みながら、耳を傾けていた皆さんの耳にも私の言葉は届いたでしょう。


 私は、けしてカルミラさん本人を貶めないの。

 むしろ褒めて彼女の価値を高めるわ。


 この時点でどうも『女の戦い』とは少し違うのだという興味を皆さんが持ち始めた。



「私は、とても恵まれていると思いますの。

 エバンス子爵家に拾われたこと。

 それこそが、きっとこの素晴らしい縁に繋がったのだと思いますわ。

 ええ。カルミラさんと私の立場が逆だったなら……。

 きっと今、ここに立っていたのは彼女であったと、そう思っていますのよ」



 本当に。

 やはり、彼女がこの立場に立つ可能性は、あったと。

 そう思いながら笑って続ける。


 カルミラさんがそうならなかったのは『お前のせいだ』とね。



「貴様……私を愚弄する気か……?」


 苛々していた気持ちが一線を越えたかしら。

 露骨だったものね。

 私が誰に対して皮肉を言ってみせたのか。



「ふふ。愚弄だなんて。グレゴリー子爵? 謙虚に生きねばなりませんわ。

 とても素晴らしい貴方の娘のためにも。

 何が理由だったかなんて、貴方は既に分かっていらっしゃるでしょう?

 それとも認められないかしら?

 ……ふふ。私、グレゴリー子爵に『感謝』しておりますわ」


「感謝だと……?」


「ええ。だって私がこうして、ここに立っているのは貴方が、カルミラさんの足を……ねぇ? ふふ」


「貴様っ……!」


 散々に挑発をしたタイミングで。


「やぁ。盛り上がってくれているようですね」

「リック様!」


 彼が訪れた。

 グレゴリー子爵に気付かれないように近寄ってきていたのよ。


「っ……」

「シャリィ。今は何の話をしていたんだい?」


 辺境伯夫妻は、少し離れたところで挨拶を交わしながら。

 リック様は、まっすぐに私の元へ来てくださったわ。


「カルミラ嬢が素敵な女性だって褒めていたのよ。ふふ」

「パトリック卿! どうやら品のない女性を妻と迎えたようですな!」


 苛立ちを抑えられないまま、すぐさまリック様に私のことを話す子爵。


「……ほう。俺の愛しい妻を指して品がないとは。

 何故、そのようなことを子爵はおっしゃるのかな?」


「何故も何もあるものか! その小娘は私を愚弄したのだ! 品性を疑う性根だと、早くも露呈したようだな!」


「ふむ。愚弄、とは?」


「リック様。カルミラ嬢がとても素敵な令嬢だと話していたのよ。

 ええ、足を引っ張る方がいらっしゃらなければ、貴方の隣に立っていたのは私ではなく彼女だったかもしれないと。

 そうしましたら、グレゴリー子爵がこのように」


「……ああ。そういうことか。グレゴリー子爵」


 リック様は、穏やかな顔付きになり、子爵に向き直った。


「シャリィがそう言ってしまうのも無理のない事なんだ」

「なんだと?」


「実際、カルミラ嬢は素晴らしい女性であり、ディミルトン家も一度は彼女を婚約者に、と考えていた。ああ、勝手ながら素行を調べさせていただいたが……『彼女本人には問題なし』と、そう考えていたんだよ」


 実際の評価は、少し……だったらしいけれどね。

 そこは、まぁ、それ。


 少なくともあの後、リック様との話し合いの場を設け、意気消沈した彼女の態度は殊勝なものだったのよ。


 しばらくして元気になられたら分からないけれどね。



「な」


「だが……、うむ。シャリィから聞いたのだろう?

 かなり優しく言ったみたいだけどね。

 ディミルトン辺境伯家の者として、一度はパートナーとして考えた令嬢に対して。

 カルミラ嬢『には』問題がなかった、と明言しておこう」


「っ……!」


 苛立ちの原因の私の挑発に乗り、私だけを敵視した結果。

 リック様は自分の味方だと感じてしまった。

 そう期待してしまってからの、こちら。

 梯子を外される、というのかしら?



「……俺はね。グレゴリー子爵。最愛の人を傷付けた者。

 傷つけようとする者。傷つけようとした者。

 そういう者たちを赦す気はないんだ。

 お分かりかな? 口にしなければ分からない事だろうか?

 子爵自身は、そろそろ理解できる程度の頭があると良いのだが……」


「…………若造が、何を言う?」


 ここでようやく警戒心を持った態度に変わる。

 遅いわね。

 油断というより傲慢、慢心。


 そして完全には切り替えられていない。


 どうしてこうなるのかと言えば、それはもう私が『平民上がりの女だから』に他ならない。


 気付かれていないだろう、怯えているだろう、脅せば何とかなるだろう……。

 そう侮る気持ちが、墓穴を掘る。



「グレゴリー子爵夫人。私はカルミラさんの事、好きですわ」

「え……」


 ここで私は子爵を無視して夫人に話し掛けた。

 まだ彼女に関してはどちらとも言えないけれど。


「いつか、何かお困りの事がございましたら。

 ぜひ、カルミラさんと一緒に私を訪ねて来てくださいね。

 ええ、辺境伯家の女として寛大に受け入れさせていただきますわ。

 これから、きっと……『お困り』になるでしょうから」


「……っ」


 私たちは夫人の顔色や動きを見て、彼女を推し量る。

 カルミラさんの態度から、襲撃事件とは思惑を同じくしていない事が分かった。


 子爵夫人は、はたしてどのような立場か。



「グレゴリー子爵。カルミラ嬢にお伝えください。

 残念ながら、令嬢自身の問題ではないところで、私との縁はありませんでしたが……。

 シャリィと出逢わず、他の問題がなければ、きっと貴方と縁付くこともあったでしょう、と」


「貴様らは一体、何を言っている? 何を言っているか分かっているのか?」


「ふふ。白を切るのはとてもお上手ですのねぇ」


「小娘が! 言い掛りをつけるのか? 結婚するまでに礼儀を学ばなかったか! 卑しい真似をしてその座を奪ったのだろう! そんなにその立場にしがみつきたいか!?」


「まぁ、怖い。ふふ。グレゴリー子爵?

 貴族たるもの、もっと優雅にお話をしなくてはなりませんわ。

 良ければ作法というものを教えて差し上げてもよろしくてよ。

 子爵にはまずは基本から、ですわね?

 ああ、他の皆さんも教えてくださるでしょう。

 『至らぬ者』に優しく教えるのもまた私たち貴族の務めですもの。ふふ」


「……ッ!」


 徹底的に挑発する私に、歯を喰いしばる子爵。

 リック様は、私の前に立つ事をあえてせず、私の横に並び立つ姿を崩さなかった。


 『強い男性の背に守られて調子に乗る女』にはせず。


 皮肉の応酬にあって、醜聞にさえなりかねない態度の私とも、常にそばにいる姿勢。


 武力行使に対する牽制で隣には立ってくれるけれど。

 私を、ただ守られるだけの女にはしない立ち位置よ。



 そして苛立ちを隠し切れない子爵と、微笑みを絶やさない私の構図が完成する。

 悪女のように映るか。

 それとも横暴な態度の相手にも引かぬ強かさがあると取るか。


 どちらにせよ『私たちが対立した』ということは印象付けた。


 どのように諍いが起きたのだとしてもリック様が私の側に立つという事も周知されたわ。



「──敵対する者には容赦せず。味方となった者たちを守る。

 辺境の守護を負う者として、そのように育てたのだ。

 パトリックの妻に彼女のように強き女性が来てくれて、本当に嬉しく思っているのだよ」


 そうして、さらに畳み掛けるようにディミルトン辺境伯夫妻がやってきたわ。


「……ディミルトン辺境伯」


「グレゴリー子爵。我々は少し驚いているのだ」


「な、何を……? 驚く?」


「ああ。確かにこちらから招待状を出しはした。だが本当にこのような場に子爵が顔を出すとはな」

「い、いや。一体、何の話を」

「子爵」


 ピシャリ、と。辺境伯、……お義父様が彼の言葉を遮った。

 そして、すっと辺境伯夫人……お義母様がグレゴリー子爵夫人に歩みよったの。


「さぁ、夫人。男性陣は込み入った話をなさるようだから。私たちは一緒にあちらでお話しましょうか」

「え、あの、え」

「カルミラさんについても聞かせていただける? もちろん、貴方自身の話も、ね?」


「お、おい……」


「グレゴリー子爵。どうも私の息子夫婦に対して意見があったようだ。

 夫人まで巻き込むことはあるまい。

 ぜひ、私の前で君の意見を聞かせていただけるか?

 安心したまえ。我が妻が夫人を丁重に扱うと約束しよう。

 ……ああ、もう一つ言っておくか。

 既にカント伯爵と話を付けている」


「…………は?」


 カント伯爵というのは、グレゴリー子爵家の屋敷がある領地を持つ貴族よ。


 カント伯爵領の中の一部を子爵が代理人として管理し、運用している関係ね。

 広い領地はどうしても、そういう管理形式にならざるをえない。

 そういう時は男爵・子爵家などが代官の役目を担うの。


 つまりカント伯爵とは、グレゴリー子爵の『後ろ盾』ね。

 何の瑕疵もなく、とはいかないけれど、睨まれてはやっていけない相手。



「あの時の男たちは全員、捕まえているのだよ。

 数か月も前のことは忘れてしまったかな?

 証言は取り、裏付けも十分にしている。

 ……どうやら君は、ずいぶんと我が息子の婚姻について興味があったようだな。

 令嬢からは純粋な気持ちだけであったと聞いているが……。

 実の娘を信用できず、浅はかな企てをしたらしい」


「…………何のことか分かりませんな」


「ふむ。往生際が悪いと言うべきか。それでこそと言うべきか。

 夫人が望む限り、無事に屋敷に帰すと約束するよ。

 ……ああ、君の家と違ってね? もう帰りたまえ、グレゴリー子爵。

 詳しい話は後日、カント伯爵と共にするとしよう。

 どういった話かは、この場で言わなくても分かっているだろう?

 そして、我々がわざわざ時間の猶予を与えた意味も。

 ……その上で子爵は、何の反省もなく、ディミルトン家が評価した息子の妻に敵意を向けた。

 証拠もそうだが、心象もすこぶる悪くなったとご理解いただけるかな?」



「……、……、何のことか、わかりません、な」


「そうか。分からないならそれでもいいが、顔色が悪いことだけは、たしかなようだ。

 その体調不良を理由にして良い。やはり帰りたまえ。

 尊き者達を集めた場なのだから、相応しくない者は立ち去るように」


 最後は辺境伯の凄みで圧する。

 子爵は指摘通りに蒼白な顔になっていらっしゃったわ。


 身分的にもそうだし、精神的にも辺境伯を相手には出来ない……そう感じたと思うの。

 私は、余すところなく相手を観察し続けた。


 辺境伯家の騎士が、彼を導き、外へと案内するのに力なく従うしかない。


(ここね)


「……ふふっ」


 思わせぶりに聞こえるように。

 私は『悪女の微笑み』を子爵に向けて見せたわ。


「……ッ!!」


 無言ながらも、一瞬で燃え上った怒りの表情で私を睨みつけてくる男。

 カザレス・グレゴリー子爵。


 私は『悪女の微笑み』を見せた後、すぐににこやかな微笑みに切り替えて、優雅に手を振って差し上げたの。


 それが余計に彼を苛立たせたみたいね。

 でも、この場で暴れるほどじゃない。


 ええ、十分に行き届いた。

 この交流会の一番の目的は成し遂げたと言ってもいい。


 十分に『私を』憎んでくれただろう。

 思惑のすべてを狂わせた原因がシャーロット・ディミルトンであると。

 彼の中ではそうなったはず。


 遠からず私を、と。浅はかな彼は考える。

 そうでないなら、あんなに杜撰な襲撃計画は考えまい。


 思い止まるなら、もっと焚き付ければいい。

 少しつつけば、このような場であっけなく腹を立てた姿を見せ、声を荒げる男だ。


 辺境伯家の『隙』と見せかけるのもまた私の役目。

 だって『何者か』は辺境伯家を警戒するからこそ、あまりにも迂遠な計画を練っていたのだから。


(この家をどうにかしたいと考えるならば狙い所は限られるもの)



「シャリィ」

「はい、リック様」

「一番大切なことは『今から』だよ」

「ん」


 ……そうよね。

 敵をやり込めることも大事なのだけれど。


 やはり交流することが一番大切なこと。

 どこまでいっても、やはり辺境伯家が想定する『相手』となるのは隣国なのだから。


 国内の貴族たちとは友好関係をしっかりと結ばないと、ね。


 私は気を取り直して、次代の辺境伯夫人としての交流を深めることにしたの。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  貴族的なやり口はあまり好まないけど今回のシャーロットの計算された煽りは良き。  まあ相手が権謀術数には程遠い小物なのが勿体ない所ですがw  でも得てして小物の方が杜撰で暴力的な手段をとり…
[一言] なるほど!わざと子爵を杜撰に動かすために、 シャー様があえて煽って囮になったってことですね。 何をしてくるんでしょうかね。。 でも、よくリック様が許しましたね。。 それとも作戦があるんでしょ…
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