27話 赦されざる
王子殿下、ソフィア様、ロセル卿が退室していく中。
「どうかされましたか? シェルベルク侯爵令息」
一人、側近の男性が残ってこちらに視線を向けていたわ。
「クロード?」
「……申し訳ございません。夫人についてなのですが」
「はい?」
私とリック様は立ち上がって、部屋からお送りしようとしてる。
そこで立ち去らずに用件でもあったのか、彼は私に近寄ろうとしたの。
ごく自然な仕草よ。そこに悪意や、何かしらの意図があったとは思えない。
或いは平民上がりの私を自然と見下していた可能性は否めないけれど。
とにかく一歩、迂闊に私に近寄ろうとしたのよ。
彼、シェルベルク侯爵令息が。
その瞬間。
バチッ。
「えっ」
「え?」
「!」
光が一瞬、パチリと。私と彼の間に発生したの。火花みたいなものよ。
それには見覚えがあった。
アジトで私を誘拐しようとした男を弾いた、あの光よ。
「シャリィ。下がって」
「え、ええ」
すぐにリック様が私を下がらせて前に出た。
「……今のは」
「すみません。つい。殿下を前にわざわざアピールするほどではないのですが。私の『魔法』です」
「魔法?」
「ええ。このように」
そうしてリック様は手を繋いだ私に癒しの魔法をかけました。
優しい光の粒が部屋に浮かび上がる。
「ご安心ください。人を傷つける魔法ではありませんから」
ニコリと微笑み、応対するリック様。
(……今、『私の』魔法が彼を弾いたわ)
こんな事が起こったのは2度目。
もちろんリック様の魔法ではないわ。
「意図があったわけではないのですが、突然、妻に近寄られたもので驚いてしまって」
「あ、ああ。いや。こちらが申し訳ない事をした。不注意でした」
「クロード。何をしているんだ、キミは」
「い、いえ。夫人が、何か……その。どうしても、気になってしまい……」
「私の妻なのですが? その点をご理解いただけての発言と行動なのですか?」
「は、はい……! 申し訳ありません!」
リック様が強めの口調で窘める。
まだ触れられるほどの距離には近寄らせてはいないけれど。
(随分と迂闊ね。王子殿下の側近なのに?)
でも、あの様子は元々の能力や性格というよりも、何か不安定のような。
茶髪の男もそうだったわよね。
記憶喪失の影響によって、思考に齟齬が生まれている……のかしら?
分からなくはない。
なにせ私も体験したことだから。
「どうぞ、お気を付けて、皆様。パトリック様が受け継いだ『聖女の祝福』が王都までの道のりを照らしますように」
結局、彼は私について何を言うことも出来ず帰っていったの。
「やっぱり『前の私』は、彼らに関係があったのかしら」
「そうらしいね。ハロルド殿下とは以前にも話した事はあった。明らかに動揺が隠せない様子だったよ。それに最後のシェルベルク令息の反応も」
「ええ。おかしなご様子でした」
どこまで影響しているのだろう?
前の私は、王都に居たのはどうも間違いないようだ。
「さっき、あの人を私の魔法が弾いたわ」
「うん。あれはシャリィが意識してした事じゃないよね」
「ええ」
「メイリィズ伯爵に聞いたキミの魔法は『記憶』を代償にして『事象』を引き起こす魔法だ。そしてキミは、既にその代償を払い終わっている……」
「うん」
だから。『前の私』が願ったことが、今の私の周りに起きている現象の理由。
だとするなら。
「『前の私』は、きっと彼らをまだ赦していないのね」
その記憶さえ忘れてしまったけれど。
今もなお、お母様から受け継いだ魔法は私のことを守っている。
「ふふ。なんだかおかしいわ。『私』は彼らをまだ赦していないのに。
『私』は彼らのことを、どうでもいいぐらいに綺麗に忘れてしまっているだなんて」
その上、彼らからの接触はきっちりと拒んでいる?
ふふ。おかしい。
「そうだね。それに彼らはキミを忘れていても尚、悔いる気持ちが消せないようだ。
その正体を掴めないもどかしさを俺も知っている。だけど」
リック様が背中から私を優しく抱き寄せる。
「──二度とキミを取り戻せない」
「……ええ」
或いは、それが『私』が彼らに与えた『罰』なのかしら。
(ふふ。自分に関わらないことが罰だなんて。本当に傲慢……)
でも今日見た彼らの反応からして、それは意外と的外れでもないと思えたの。
彼らに『記憶』があったなら、きっと後悔していただろうって思えるぐらい。
だから、これは『前の私』からの罰で、贈り物。
貴方たちには後悔さえもさせないわ。
……なんて、ね?
「憂いはなくなったわ。今日からは辺境の人間として。国を守るために動きましょう、リック様」
「ああ」
私とリック様の婚姻は、ただの婚姻ではない。
それはもう明らかになったの。
一連の体験した事柄と、辺境伯家の『身内』になったことで教えて貰えるようになった様々な情報。
『パトリック・ディミルトンの婚約者』という立場になった事で動けたことがあったわ。
だって自然なことでしょう?
彼の元・婚約者や、縁談があった女性たちが『なぜ』辺境伯令息との婚約を断るに至ったのか、それを調べることは。
近隣の貴族令嬢との交流も兼ねて、私の存在をアピールもできたし。
そうして様々な情報を得たことで分かった事がある。
やっぱりリック様の婚約に干渉していた『誰か』は居たということ。
その何者かは以前はもっと周到な動きをして気取られないようにしていたみたい。
だけど、何らかの事情でボロを出し始めた。
これから私たちは『2つ』の問題を解決しなくてはならないわ。
その内の一つは、とても残酷なことになってしまう。
でも見過ごすことは出来ないの。
見ようによっては『私が』冷酷な女と見られてしまうでしょう……。
だけど、やる。
何故なら私は、辺境伯家の女になった。
貴族夫人になったのだ。
「招待状を出すわ、リック様。次期辺境伯夫人としての最初の仕事よ」
そして、これは私と『あの男』のリベンジマッチ。
レノク王国の、西側にいる貴族令嬢と、夫人たちを招きましょう。
もちろん招くのはそれだけじゃない。
結婚式と披露宴は『身内』の参加者が多く、また小規模のものだった。
今度は、次期辺境伯夫人としてのお茶会の開催をしなければならないわ。
その流れで社交も踏まえた夜会を開く。
夜会は何も王都だけで催すものじゃないの。
だって、この地から王都へは流石に遠いもの。
西側の貴族家門の結束を促すためにも交流の機会は設けねばならない。
中央での王都がその役割を担うように。
西側では辺境伯家が多くの貴族家を集めての交流の場を作る。
辺境伯家を西の王様のようにノーラさんが言っていたのはそういう事。
ただ夜会の会場となる場所は、お屋敷からは離れているのよ。
このお屋敷は前線基地、じゃなくて。
国境の近くに立つ砦? ともいうべき役割を担っているの。
辺境伯夫妻がまだ現役で働かれていらっしゃるから、私とリック様は細々とした政務をこなして家門をお支えしていくわ。
招待状の内容も滞りなく。
まだ直接にお会いしたことがない方もいらっしゃるけれど、それは辺境伯夫人、つまりリック様のお母様であり、今はもう私の義母である方と一緒に内容を考えて、お送りした。
王子殿下は遠からず立太子なさると言っていたわね。
第二王子と歳が離れており、今の彼に問題がなくなってきたと言うのなら順当でしょう。
その立太子までには1つ目の問題を片付けて見せる。
私の愛する人たちが住む、この地を守り抜くために。
憂いを断ち切っておきましょう。
そうして。
西側の貴族の多くを招いたお茶会が開かれる。
取り仕切るのは、私。
夫人と、そのパートナーまで交えたお茶会ならぬ『交流会』の規模。
ここに集まって方々と交流を深めた上で、辺境伯家主催の夜会を開くことを伝えるわ。
そして、その場には……グレゴリー子爵夫妻も来ていた。
「ようこそ。こうして、きちんとお会いするのは初めてですわね、グレゴリー子爵。
貴方のお顔を見たいと思っておりましたのよ。
ええ、どんな顔をしていらっしゃるのか。本当に期待しておりましたわ」
私は、にこやかに微笑んで、その男の前に立ったわ。
グレゴリー子爵は、あの日、私を襲った男たちを雇った黒幕。
そしてアジトにいた茶髪の男と通じていた男……。
この男は、この地を脅かす……『敵』よ。




