26話 ハロルドたちとの会談
「ハロルド殿下と、ソフィア様がいらっしゃいました」
「お通ししてくれ」
私とリック様は立ち上がり、殿下がたを迎えて礼をする。
ハロルド殿下とソフィア様の後ろには近衛騎士のロセル卿。
それから側近のシェルベルク侯爵令息が入ってきました。
私たちの側も侍女と護衛が控えています。
「……顔を、上げてくれ。2人共」
殿下の言葉で私たちは控え目に下げていた頭を上げる。
「……」
殿下の視線は、私に注がれていました。
リック様ではなく、私。
ですが、私から彼に話し掛けることはありません。
そこで気付いたのですが、ロセル卿とシェルベルク侯爵令息も私に注目しています。
(彼等も『知り合い』なのかしら? 何も覚えてないけど)
何かを思うこともない。
それはつまり客観的に彼らと接することが出来るということ。
なら今の私がすべきことは、リック様とディミルトン辺境伯家に利することね。
「ハロルド殿下。改めて式への参加、ありがとうございました。
そして今は視察の際中であると聞きます。
何か、このディミルトン辺境領についてお話することがあるのでしょうか」
リック様がお話を『視察』に絞られたわ。
そうよね。そう考えるのが『普通』だもの。
ただ私を見定める、という理由もなくはない。
だって国にとって重要な辺境伯家だ。
その夫人に将来なる女が、平民上がりでは不安が残るだろう。
「あ、ああ。そうだな。もちろん、その理由もある……が」
王子殿下だというのに、弱々しい態度だわ。
「……もしや、ご体調が優れませんか? 殿下。休む場所ならば、すぐにご用意致します」
リック様が殿下の様子を指摘する。
もちろん私は静かにしているのよ。
「い、いや。体調は問題ない。話を続けよう」
そこでようやく胸を張られるハロルド殿下。
ええ、王子殿下たるならば、そうでなくてはいけないわ。
「……シャーロットさん。いいかしら?」
「ソフィア様? はい。何でしょう」
話の切り出しは、殿下ではなくソフィア様だったわ。
「貴方が優秀である、という評価だけれど。皆さん、身内の方ばかりだもの。今はまだ具体的な実績もありませんわね?」
「ええ。政策に携わって、という事もなく。またご存知かと思いますが、私は王都にあるという学園も卒業しておりません」
「そうよね。もちろん教師をつけて学んだでしょうし、辺境伯夫妻も貴方の能力を調べたとは思う。この件について辺境伯夫妻にお伺いしても平気かしら?」
「もちろんでございます。ソフィア様。私に隠すことなどありません。むしろ評価していただけるならば、厳しい目で見ていただけるのを幸いと存じます」
「……そう。自信がおありですのね」
「自信と言って良いか分かりませんが。この立場に胸を張れないならば辺境伯家に嫁ごうなどと考えません」
ソフィア様は、私を責めるような声色ではなく、あくまで『確認』を取るような態度です。
私の答えに対して、静かに頷かれました。
「まだ辺境伯閣下は現役ですが、次代のこの地を担う貴方たちの責任は、とても重いもの。
そのことは……ご理解されていますね?」
「はい。ソフィア様」
「分かりました。今後のあなた達に期待しているわ」
「ありがとう存じます」
王子殿下の正式な婚約者であるソフィア様は『準王族』になるの。
また、辺境伯の爵位をリック様はまだ正式に継いだワケではない。
だから無位無冠。
とはいえ、親に除籍されない限りは貴族ではある立場よ。
ああ、リック様は騎士爵を有しているわね。
騎士爵は継承されず、個人で有する爵位。
無位無冠ではなかったわ。
なので私が、まだ伯爵令嬢のソフィア様を上に立てるのは当然の関係ね。
「シャーロット……、ディミルトン『夫人』。貴方は、その。平民だったようだが……」
「はい。王子殿下。その通りでございます」
私の手にリック様の手が優しく重ねられる。
彼と私は、手を取り合い、見つめ合って微笑み合ったわ。
「以前までの『記憶』がない、という噂を聞いた。それは本当の話なのか?」
「……ハロルド殿下」
リック様が厳しめに殿下の名前を呼びかける。
ソフィア様と合わせて私が問い詰められているように感じるものね。
「リック様。私は平気ですよ」
「……無理はしないでね」
「はい」
ふふ。気遣われているわね。
「確かに、私は記憶喪失でしたが、支障なく生活を送れております。
また教育を授けていただいた先生がたから、辺境領の貴族として相応しい作法を修めていると認めていただいておりますわ。
新しく覚えたことを容易に忘れる事などもありません。
ご心配にはおよびませんよ。王子殿下」
「っ……」
私が身分で彼を呼ぶ度に、殿下は何か苦虫を噛んだような表情を浮かべました。
「……そうか。その。以前の記憶は?」
「戻ってはおりません。ですが」
私は、そこでまっすぐ、王子殿下の目を見つめました。
「──私には『不要』の記憶でございます。
もう既に、私には大切な人がおり、大切な『本物の友人』もこの地に居ます。
私を大切に想ってくださる家族もこの地に居て。
私の愛する夫、パトリック様がそばにいる。
……『過去』に拘る理由が、私には何もないのです。
『前の私』と、失ってしまった関係に未練はまったくありません。
だって今の私は……幸せですから。
だからこそ、この辺境の地を、愛する夫と守っていきたい。
そう考えております」
「────」
堂々と、胸を張り、そう宣言した。
この言葉を悔いることなど、何一つとしてない。
「……、……そうか。シャーロット……夫人、は幸せか……」
「はい。王子殿下。良き縁に恵まれました。この出逢いに、真に感謝しております」
「……そうか」
沈黙と深呼吸。
王子殿下の表情は、困惑から諦観のように移ろう。
「──ならば、いい。
僕は、その言葉を聞きたかった。
……聞くべきのように感じていた。
どうしようもなく。
貴方の選んだ道に間違いなどないだろう。
シャーロット・ディミルトン夫人。
どうか、パトリック卿と共にこれからもレノク王国を支えてくれ。
…………僕は、ソフィアと結婚する。そして、次の王になれるよう、いっそう努めるつもりだ」
「……はい。王子殿下」
「…………辺境の地を、これからもよく守ってくれ。
改めて。貴方たちに祝福を送る。
パトリック卿。シャーロット夫人。
遠くない未来、王宮で夜会を開く事になるだろう。
それは……僕の『立太子』の祝いになるはずだ。
その時は……祝いに、来てくれる、だろうか。
僕の……、僕たちのことを。
認めて貰えるだろうか……?」
その言葉は、まるで『私に』認めて貰いたいかのように。
(立太子……)
私は、リック様と目を見合わせたの。
でも互いに柔らかく微笑み合って。
そして頷いて、私に言葉を預けてくれたわ。
「──はい。もちろんでございます。ハロルド殿下。
殿下が、立太子なさる時。
祝福の言葉を掛けさせていただきます」
「……ありがとう。ありがとう、シャーロット、夫人……」
「ハロルド様」
ソフィア様が、殿下の目元をハンカチで優しく拭われました。
そこには一筋の。
そうして。
私たちと、王子殿下たちの会談は、穏やかに終わりを迎えたのよ。




