25話 披露宴──4日後。
ここから。
結婚式が終わったわ。
私は、もうシャーロット・ディミルトン。リック様の『妻』になったの。
ふふ。
この後は『披露宴』よ。
式場から移動して、ディミルトン家の用意した会場へ。
考えてみると王族まで招待した式に平民一家も混ぜていただいているのよね。
「メアリーやアンナたち、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫。家の者がついているから」
ディミルトン家の人間か彼らのそばに常に一緒について、時々アドバイスや誘導をしたりしてくれている。
彼女らには事前にマナーを少し覚えて貰ったわ。
もちろん彼女らに断る自由を認めた上での参加よ。
あくまで『出来れば来て欲しい』という要望だったの。
新婦である私の『知人』は少ないから。
それにメアリーとアンナには、どうしても参加して欲しくて。
ちょっと無理は言ったの。
『身分』が変わったとしても、こればかりは『友人』としてお願いした形。
2人には流石に私の正体が何者かとか、王子との関係があった『かも』の話はしていないの。
だから変に王子殿下に不敬を働こう、なんて考えはないはずよ。
結婚式は私自身とリック様のことに集中していたから頭の中から、王子殿下のことを追い出せていたけど。
さすがに披露宴で顔を合わせる事になるのはドキドキするわね。
辺境伯側の参加者は、西側一帯の貴族をメインで招待している。
ただ、基本的には領地を持つ伯爵家以上からの参加者ね。
子爵家以下は事前に開いた茶会で交流して、私の側の知人枠として参加していただいている。
色々と……忙しい日々だったわ。
「新郎新婦の入場です!」
披露宴の開宴。祝辞を受けることになる。
新郎側の『主賓』となる相手は……もちろん。
「……私は、ハロルド・レノックス。レノク王家の第一王子だ。……今日は、次代の辺境伯の結婚、……おめでとう」
王子殿下。
「あちらが」
「うん」
少し離れた場所に立っている男性。
それが、あの……ハロルド王子。
「…………」
「……どうだい? シャリィ」
私とリック様は小声で話し合う。
「ん。何も……?」
「何も?」
「あんまり引っ掛からない、わ?」
私は首を傾げたの。
本当に知り合いだったのかしら。
もしかして本当に盛大に間違った推測をしていたり?
「ふぅん」
何かしら『記憶』に引っ掛かるものがあるのでは? と思っていたの。
それはリック様を始め、事情を知る人達全員がそう考えていたわ。
でも、実際に顔を確認し、声を聞いた『ハロルド王子』についてなんだけど。
私の感想としては『ふぅん。あの人がそうなんだ』という他人事のような気持ち。
もちろん王族相手として敬意を持った態度でいるつもりよ?
でも。
(何にも思い出さないわね……)
何か思い違いをしていたのかしら。私たち。
或いは『記憶を失う前』から、私と彼の『思い出』なんて『なかった』……とか?
(元から交流を深めていなかったとか……)
そして、ふと気付いたの。
「リック様。私を見つめている方がいらっしゃるのだけど、あちらは?」
「ん……。ああ、ハロルド殿下の近衛騎士、ゼンク・ロセル卿だね」
「なぜ、あの人は殿下の挨拶よりも私たちに目を向けているのかしら?」
「さぁ……。いや、近衛だったのなら、つまり」
「もしかして知り合い?」
「だったのかも」
ふぅん。知り合い。『前の私』と?
記憶があるのかしら?
メイリィズ家のお2人のように見ただけで分かる要素があるとか。
王子殿下に思いの他、何も感じなかった私は、こちらを見つめてくる彼の方が気になったわね。
(と言っても私の方から彼の事は思い出せないのだけれど)
何か話したこととかあったのかしら?
私は、微笑を絶やさず、ゆるりと視線を動かしながら全体を確認し、時にリック様と話して様子を窺う。
やがて歓談の時間になり、軽い挨拶を繰り返して……。
それからお色直しのための退場よ。
滞りなく、問題なく、進んでいる。
今日、私が一人きりになることはないわ。
それはたとえ、王族が相手であってもそうなの。
常に侍女や護衛が控えている。
お揃いの色に合わせたドレスを着た私とリック様は再び会場に戻って。
粛々と、そして和やかに予定が進行していく。
そうして、とうとう王子殿下と話をする機会が訪れてしまったの。
緊張の瞬間だわ。
「改めて、はじめまして。ハロルド・レノックス王子殿下。ソフィア・レドモンド様。私がパトリック様の妻、シャーロット・ディミルトンでございます」
「……あ、ああ」
この披露宴の席では、そもそも王子殿下とソフィア様と他家の方たちが交流できるように取り計らっているの。
私たちよりも王子と交流をはかりたい方もいらっしゃるでしょうし。
それはお二人も一緒よ。
王族としての特別な席を用意しているから、むしろ私とリック様と会話する機会は他の方よりも少ない……という。
「君は、とても……幸せそう、だね? ディミルトン、……夫人」
「……はい? はい! とても! 愛しい人と結ばれたのです。こんなに幸せなことはありません」
そう言って私はリック様に少し身体を預けたの。
彼は優しく私の肩を支えてくれたわ。
「っ……そ、そうか。それは……よか、った!」
(あら? 様子がおかしいかしら? それに目元)
普通なら気遣う言葉を掛けるべきだけれど。
(……それを『私が』言う必要はないわね)
隣にいらっしゃる『婚約者』のソフィア様も気付いているご様子ですもの。
「素敵な結婚式でしたわ。シャーロット様。とても幸せそうで」
「はい。ありがとうございます。ソフィア様」
「お二人は、その。恋愛結婚、ということかしら?」
「ええ! そうなのです、ソフィア様」
リック様が強く肯定してくださったの。
嬉しくて恥ずかしいわ。
「ですがご安心ください。シャリィは、とても優秀で……。父と母も認めてくれています。もちろんエバンス家でもです」
「まぁ、そうなの?」
「はい。彼女とならば、この辺境を豊かにし、そして守っていけるものと私達は考えています」
「噂に聞く辺境伯夫妻の厳しい目で見てもなお、素晴らしいと認められているのなら……ええ、きっとそうなのでしょうね。ねぇ、ハロルド様」
「あ、ああ……。とても、優秀……なの、か」
やはり殿下は動揺していらっしゃる?
でも『気付いた』という雰囲気ではない?
(気付かないように、何も反応しないのが一番、ね)
私たちは、ゆるやかにやり取りを続ける。
見ようによっては体調の悪そうな殿下だけれど、私から『心配』の言葉を掛けることは一切しない。
やがてソフィア様主導で彼らは移動されたのよ。
ハロルド殿下は『言いたいこと』は何かありそうだったけれど。
私は、そのキッカケとなるような優しい態度を彼には向けない。
「……何か思うところはあるご様子だ」
「そうみたい。でも、私たちから何かを言うことはない。そうですよね」
「ああ。何も言う必要なんかないさ。それに」
「それに?」
「……シャリィが彼に、何一つ囚われていない様子で……安心した」
「まぁ」
ちょっと心外。
「私がリック様以外の男性を気にするとでも? そんなこと、ありえません」
「……ふ。シャリィ。大好きだよ」
「ふふふ。はい。私も大好きです。リック様」
私たちは、すぐに二人きりの世界に入るの。ふふ。
そうして何人、何組もの挨拶を交わして。
最後の方になってから。
「シャーロット。本当におめでとう!」
「おめでとう、シャーロット! ……次からは『シャーロット様』って呼びますからね!」
「メアリー、アンナ、本当にありがとう。ええ。その、場によってはそうして呼んで欲しい、けれど。私は」
「うん。分かっているよ。貴方の幸せを、この街で祈っているから、ね?」
「……ありがとう。メアリー、アンナ」
貴族たちの挨拶が終わってから、誘導されてきた2人に祝福の言葉をかけてもらった。
……私は、未来の辺境伯夫人になる。
彼女たちとそう気安く話せる機会は……減っていくのだろう。
でも。私がこの友情を忘れる事はない。
「二人の結婚式の時は呼んでね?」
「それはぁ……どうでしょう?」
「お忍びででも行くわ」
「無理はしちゃダメですよ? ふふ」
こうして私たちの披露宴は、無事に……そう無事に終わったの。
特別な、特別な思い出。
そして、夜。
──私とリック様は、結ばれた。
結婚式があった日の翌日は、あまり外に出ず、ほとんど休んでいたわ。
常にリック様に気遣われ、侍女たちに気遣ってもらって。
起きている問題を教えていただいたのは、さらに3日も経った後なの。
つまり結婚式があった日から数えて4日後のこと。
「え!? まだ王子殿下が帰っていない!?」
この4日間。私は知ることも聞くこともなかったのだけれど。
とっくに王都へ帰っていかれたと思っていたハロルド王子が、まだ辺境に残っていらっしゃったらしいの。
「一体、なぜ?」
「しばらくは辺境の地を『視察』なさっていたそうだ。それは確かにそう動いていたらしい。だが」
「だが?」
「……会って話したいそうだよ」
『誰に』 そう聞くまでもない事だと察したわ。
ええ、それはだって。
「……リック様は、どのようにお考えで?」
「俺は、君を守る。シャリィが会いたくないと言えばそのようにする。
だが『あえて』貴方がきちんと彼と話したいと言うのなら。
隣に立って貴方を支えるよ。心配しなくていい。
彼と話したって、俺たちの関係は揺らがないと信じているから。
……今すぐに追い返して、と思っているなら言ってくれ。そのようにしよう」
「い、いえ、それは別に……。何か問題を起こしているわけではないのですよね?」
「ああ。領地の視察はきちんとしていらっしゃった。そして、それは彼らの権利だし、仕事でもある。せっかくこちらの地方にまで出向いたのだからね」
「そうですわね……」
王子と王子妃となられる方。
辺境領を視察したいとおっしゃるならば、お止めする理由はない。
ただ邪推してしまうのは……王子殿下の、この地に留まった目的が、もしや……という。
「……お会いしましょう」
「シャリィ。いいのかい?」
「はい。次期、辺境伯夫妻として。未来の国王夫妻に恥じない応対をするべきです。私たちは王家に叛意などないのですから。共に国を思い、国を守る貴族として。胸を張ってお会い致しますわ」
「……そうか。貴方は、そういう人だったね。少し過保護過ぎたかもしれない」
「いいえ。私のことを気遣ってくださってありがとうございます」
私たちは手を取り合って、見つめ合い、そして頷き合ったの。
そうして私たちは、ハロルド殿下とソフィア様と会談する事になったのよ。




