21話 ルーツを辿って
メイリィズ伯爵家。
その家では【記憶魔法】なるものを受け継いできたと言う。
私は魔力持ちなだけでなく『魔法』を使えるのだと判明した。
メイリィズ家の魔法を聞いて、私が使った魔法を連想したのが決め手。
何よりも。
「シェリル・メイリィズ」
「うん。……貴方の母親の名前なんだろう?」
「はい。お母様の名前です」
条件は噛み合った。
ほぼ間違いなく、その家はお母様の生家……のはず。
でも、まだ分からない。
ディミルトン辺境伯家で時間を過ごしながら、私はリック様と何度も話す機会に恵まれたわ。
婚約を結ぶことについてどうするかを今も悩んでいるのは、とうとう私の出自が明らかになるかもしれないから。
そして、なのだけど。
「シャーロットを狙う者がいる可能性がある」
「……はい」
私を襲撃した男たちや、アジトにいた茶髪の男は尋問や調査中らしい。
まだ未確定だけれど、グレゴリー子爵家は場合によっては……。
個人・あの集団で勝手に動いたのではない。
『誰か』の意図があって動いたのは明白。
だからこそ調査は慎重に進められているみたい。
グレゴリー家が問題だった場合、かの家の土地の、本来の領主である伯爵家とも話をしなければいけないから。
……それに合わせて、リック様の過去の『婚約者候補』たち周りの動きを洗い直し始めたみたい。
何者かの意図・意志がある。
そしてその目的、狙いはディミルトン辺境伯なのもまた明白……。
きっと裏で何かの動きさえなければリック様の婚約者は、とっくに決まっていたんだろうな、って思う。
そうすればカルミラさんも夢を見なかったのか。
私がこうして彼の隣に居ることもできなかった。
そういう意味では、パトリック様の婚約を妨害? していた、その『誰か』に感謝しなくもないけれど、ね。
(ううん。でも、やっぱり良くないことだし)
何より、その目的が最終的にただの色恋の話で終わったのかは不明瞭。
リック様が傷つくような事がなくて良かったと思うわ。
……と、まぁ。
そういう理由もあって『まだ婚約は表沙汰にはしない』『婚約を正式に決めるタイミング』は見極める、という話らしいの。
ほぼ内々では確定、だけれど。
もしも婚約するなら、『実質、婚約状態』の『恋人』の期間を設けて。
そして『婚約の発表』から期間を空けずに『婚姻』……という話もしているみたい。
『横槍』を警戒して、電撃的に……なんだって。
(それって、つまり……実質、婚約の話……なんだけど)
私は、頬を染めて少し恥ずかしい気持ちを持て余した。
特に私を騙して夢を見させているだけ、ということもない。
どちらかと言えば私とリック様を置いてけぼりにして、周りが着々と婚姻までの計画を押し進めている、ような……?
(これが……貴族!)
なのかしら?
お義母様が仄めかしていた、商売人的なスタンスの発露。
周りが動く嵐の中心で、私とリック様の時間は穏やかに凪いでいるのよ。
そうして、とうとうメイリィズ伯爵家へ向かう日がやって来たの。
先触れは出し、手紙のやり取りによって面会の約束は取り付けてある。
私も改めてマナーを見直し、合格点をいただいて。
リック様のエスコートで同じ馬車に乗り、メイリィズ家へ出発する。
今回は、護衛騎士を集団で引き連れた移動になったわ。
辺境伯家の騎士団は、揃いの騎士服を着て馬に乗り、私達の乗る馬車についてくる。
「シャーロットを危ない目には遭わせないつもりだ」
「……ふふ。ありがとうございます。リック様。騎士様たちにもお礼を申し上げますわ」
「うん。伝えておくよ」
私は、金色の髪とエメラルドの瞳をした、彼の姿に見惚れる。
(この国の王子殿下の姿を『見た事はない』けれど……)
リック様の髪の色や瞳の色、そして振る舞いや、美しい表情は、それこそ王子様のようだと思ったわ。
「ふふふ」
「どうしました? シャーロット」
「いえ。リック様を見ていたら……『王子様』とは、きっとこのような方のことを言うのかしら? と。そう思いましたの。もちろん王家の、という意味ではなく。『物語の中の』という意味での、ですわ」
「……ああ」
辺境伯領では、隣国の人間も多く行き交う。
様々な人が居るけれど……金髪は珍しいワケではないのよ。
色合いに多少の違いはあるけれど、それなりに見掛けたと思うわ。
それでも……リック様の纏われる雰囲気は、どこか違って。
鍛えていらっしゃるのもあるのかしら?
特別な人のような雰囲気を感じるの。
まぁ、もちろん本当に特別なお方なのだけれどね。
「遠い縁ですが、実は王家の血も入っているのですよ」
「え!? そ、そうなのですか?」
「はい。と言っても、王位継承権は有していません。遠い縁で……聖女様の次の代辺りに王家の方が嫁いで来られたのです」
「まぁ」
知らない歴史だわ。
まだまだ勉強しなくちゃいけないわね。
「聖女様は、どうして辺境伯家に? その。護国の結界を張るほどのお方。王家に望まれてもおかしくなかったでしょう」
「……うーん。当時のレノクの状況によって、やはり変化したとは思いますが……」
「もしや、何か深い理由でも?」
「……はい。これはまぁ、当時の、昔の王家批判になりかねない話なのですが」
「王家の批判?」
「ええ。とはいえ、今の代の王家とは繋がりはない話。その昔、我が家の祖先の聖女様は……当時の王子殿下の婚約者であったそうです」
「まぁ!」
あれ? ということは。
「お察しの通り。当時の王家と聖女で……縁談がなくなりましてね。そして辺境伯家に流れてきた聖女様は、この地で暮らし、それでも国を守る為の結界を張り続け、また辺境伯の妻として国を守り続けたとか」
「まぁ、そのような歴史が……」
「はい。聖女様の元婚約者であった王族の方は……国王にはならず。次の代の王家とは辺境伯家も良好な関係を築いたとか」
「まぁ、まぁ」
そうすると少し政略の可能性もありますけれど。
当時の方達の真意は分かりませんものね。
「そうしてディミルトン家は、聖女の末裔であり、王家の血も入った一族になった、と」
「はい」
「もしかしてリック様や、ご家族の金の御髪は……」
「ええ。おそらく、その時の一族に混じった王家の金の髪が遺伝してきたのでしょうね」
「まぁ……」
という事は、あながち『王子様』だと感じたのも、そう見えるだけのお話じゃないのねぇ。
「ふふ。家には歴史があるのですね。リック様」
「ええ。俺は、シャーロットさんにも『貴方の歴史』を知って欲しいと思います。亡くなられたとはいえ、大事な母君から継いでこられた歴史ですから」
「……はい。ありがとうございます」
「……知る事は怖いですか? もしかしたら……悪い記憶が呼び起こされるかも」
リック様は、本当に心配そうに私の顔を覗く。
「いいえ。怖くなどありません。母のことを、その歴史を知れるかもしれない事を、私は嬉しく思います。仮に良くない記憶が呼び起こされたのだとしても……今の私には『根性』がありますので」
「根性が」
「はい。根性です。なので『へっちゃら』なのです。ふふ」
私は得意気にそう笑い、胸を張りました。
『平民』として生きた証のような言葉。
それは多くの優しい人達に支えられ、教えられてきた、誇り高い『矜持』だもの。
「ははっ……!」
「ふふ」
「シャーロットさんは、この短い間にも変わられましたね。貴方はとても不思議な人だ」
「不思議、ですか?」
「はい。時に侍女や騎士までもその身一つで守って見せる、誰よりも誇り高き貴人であり。
時に、平民としての粘り強さのようなものを感じさせる。……とても素敵な人です」
「……まぁ。少し恥ずかしいわ」
面と向かって褒められ、私は、その。
まんざらでもない。
そういう気持ちになったわ。
(……私は、彼と結ばれる、のかしら)
目の前にある問題をひとつひとつ解決していって。
その先には、彼の手を取る日が来る。
そういう期待を、胸に抱いていていいのかしら。
「もうすぐ着きますよ。シャーロットさん」
「……はい。リック様」
そして馬車は辿り着く。
メイリィズ伯爵家。
私の母の、生家。
私のルーツを辿って、着いた先。




