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中編

 マリーアが俺達と関わる原因になったのは他でもないシャーロット様だった。


「シャーロット。その子は誰だ?」

「ハロルド殿下」


 ハロルド殿下は、学園のサロンに居るシャーロット様の元へ訪れた。

 俺もそれに付いていく。


 そこにはシャーロット様の他に彼女の親友のシーメル・クトゥン伯爵令嬢と、見知らぬ灰色の髪をした令嬢が居た。


 ハロルド殿下は、シャーロット様の事を疎ましいと感じていても表向きは、交流を深めている。

 殿下のお気持ちに彼女がどれだけ気付いているのか。


「彼女はマリーア・レントさん。レント男爵家のご息女よ」

「…………」


 マリーアと呼ばれた彼女は、ぼーっと殿下の顔を見つめた。

 まぁ、またか、とも思う。

 ハロルド殿下は、顔付きが整っているからな。


 婚約者がシャーロット様だと知っている者はあえて近付かないが、殿下の気を惹きたがっている令嬢は多数いる。

 シャーロット様に嫉妬している者もだ。


「うん。レント男爵令嬢か。よろしく。私はハロルド・レノックス。この国の第一王子だ」

「えっ!? お、王子様……なんですか!?」

「あ、ああ。そうだが」

「落ち着いて。マリーアさん。不敬でなければ殿下は怒ったりはされないわ。ハロルド殿下。彼女は、実は貴族になったばかりなのです」

「なったばかり?」

「ええ。マリーアさん。話しても良いかしら?」

「え? え、何を、でしょう?」

「貴方の生い立ちを」



 ……聞けば、彼女はレント男爵がかつて侍女だった者に手を付けて生ませた庶子らしい。

 まぁ、よくはある事だろう。


 ただ、今まで男爵家で暮らしていたワケではなく、一年ほど前まで彼女は平民として暮らしてきていたらしい。


「1年前かい? 今まで見掛けなかったが……会った事がないだけかな」

「年齢的には私達と同じです。ですが、この一年は家で勉強なさっていたそうですよ」


 マリーアが男爵家に改めて引き取られる事になった理由は、男爵夫人が病に倒れ、亡くなったからだそうだ。


 そこでレント男爵は、かつて孕ませた侍女を思い出し、マリーアと共に引き取って学園に通わせる事にしたと。


 ただ、流石に一切の知識なく学園に入学させるのは憚られた為、礼儀作法をある程度弁えさせてから、学園に中途入学させたのだそうだ。

 カリキュラムがあるから俺達、殿下やシャーロット様と同じ授業には出ない。


 ただし、ある程度……そう。

 同年代でも成績不振の者達が集められたクラスがあって、まずはそこで授業を受けるそうだ。


 王立学園は、貴族子女の学力の底上げこそが本来の目的だからな。

 落ちこぼれを拾い上げる方に力を尽くしているお陰か、そんな事情のマリーアでも頑張れば、しっかり卒業資格を取れるそうだ。


「へぇ。シャーロットはどうして、そんな彼女の面倒を見ていたんだ?」

「困っていらしたから」

「困っていた?」

「中途入学でしょう? ただでさえ、貴族子女の学園ですもの。派閥などの兼ね合いで友人を作るのも難しいでしょう。それでは勉学の遅れをどうにかするにも余計に苦労してしまいます。ですから私が彼女を誘ったの。分からないところがあれば、色々と教えて差し上げるわって」


「……そうか。それは随分と、余裕があるな?」

「はい?」

「いいや。何でもない」


 ウンザリしたような声を漏らしつつもすぐに隠したハロルド殿下。


 俺の知らない所で、今のやり取りにまた何か引っ掛かる事があったのかもしれない。

 王宮の中での話だから、王子・王子妃教育に関してか。

 或いは政務に関する何かかもな。


 ただ言いたい事は分からなくもない。

 困っている令嬢に手を差し伸べる程の気遣いがあるのなら殿下との関係性にも気を遣えばいいのに、と思うのだ。



 そうしてシャーロット様を縁にして出逢ったマリーアだったのだが。

 彼女は、どこか貴族らしからぬ立ち居振る舞いが目立ち、浮いた存在になっていた。


 なるほど。シャーロット様が声を掛けていなければ、友人を作るのは難しかった事だろう。

 令嬢達にとっては、あまり関わり合いになるメリットがないのだ。


 派閥に取り込むにも、ただの男爵令嬢だし。

 マナーの至らなさには辟易した顔を見せる令嬢も居る。


 シャーロット様の親友のクトゥン伯爵令嬢もその一人だろう。

 むしろ、シャーロット様がマリーアに手を差し伸べた事を疎ましく思っているのではないか、と俺は思った。


(次代の王妃の親友、という立場が欲しいのかもな。彼女は)


 それにはマリーアは邪魔になるだろう。

 ……令嬢達に虐められなければ良いのだが。


 奔放にも見える振る舞いは、どこか新鮮なものに感じた。

 そう感じたのは俺だけではないようで、ハロルド殿下もいつしか彼女を目で追う事も多かったのだ。


 そうして、しばらくすると……ハロルド殿下とマリーアは急接近するようになった。


 マリーアの方は、出逢った頃からずっとあからさまにハロルド殿下に恋をする目を向けていた。

 そちらの方は不思議でもない。


 ただ殿下が彼女の相手をするのが意外でもあった。



「で、殿下。それでは……またお会いしてくださいますか?」

「ああ。マリーア。また明日、勉強を教えてあげよう。私がね」

「はい! ありがとうございます!」


 シャーロット様が面倒を見ていた筈が、いつの間にかその役目をハロルド殿下が担っている。


「殿下……?」

「ふ。見たか? ゼンク」

「はい?」

「シャーロットが悩まし気な目を私に向けていた」

「は?」

「ハッ……。可愛げがない自分の事を少しは反省するといいんだがな」


 もしかして。殿下はマリーアを当て馬にしただけなんだろうか。

 それは、あまりに可哀想に思う。

 思わずムッとした気持ちになる俺。


(……ん? 俺は今、誰の為に怒っているんだ?)


 シャーロット様か。マリーアの為か。


「それにマリーアは、なんとも可愛らしいじゃないか。シャーロットと違って」

「それは……そう、かもしれませんね」

「ああ。ゼンクもそう思うんだな」

「まぁ、はい」


 シャーロット様は、俺にはああいう目を向けない。

 ハロルド殿下の事も前は、もう少し情熱的に見ていた筈だが……最近はどうだろう。


 可愛いと思えない婚約者が相手だと息が詰まる事もあるだろうな、と思う。



 殿下の思惑は図りかねるが、とにかくハロルド殿下とマリーアの交流はどんどん深くなっていったんだ。


 さしものシャーロット様も苦言を呈する事があった。

 それは、学園での交流だけでなく、街へのデートの機会まであったからだ。


 もちろん俺やクロードが傍に付いているから二人きりになどさせていない。



「嫉妬しているのだろう。或いは、王子妃の立場が揺らぐと思っていて焦っているんだ」


 とは殿下の言い分だ。

 そうかもしれない。シャーロット様だって人間なのだから醜い感情ぐらいあるだろう。


 ……ふと。


 思う事があった。

 ハロルド殿下がこのようにマリーアを構い続ければ……いずれ、彼とシャーロット様の婚約が解消される未来もあるのではないか、と。


 そうなったら。

 もしも、そうなったら。


 今の自分には婚約者は居ない。シャーロット様は、婿入りを必要とする令嬢だ。

 代えの養子は既に入れているらしいが、いくらグウィンズ侯と言えど、実子に家を継がせた方が良いと思うに違いない。


「……シャーロット様」


 一度は冷めた恋だった。

 手に入れられる筈のない心。


 だが、もしも、という期待が目の前にぶら下げられた。


 しかし、いくら何でも、自ら王子の婚約を解消する方向に動くワケにはいかない。

 王子の側近として立場を諫めながら……王子自身に、シャーロット様ではなくマリーアに情熱を傾けて頂く。


 そうなれば……いい。

 そうとなれば。

 俺は、シャーロット様ではなくマリーアに近付く事にした。



「マリーア。分かっているだろう? お前の恋は報われないって」

「……ゼンク様。それは、その……。でも、私は」

「身分の差もある。能力の差だって。キミはシャーロット様には敵わない」

「……分かっています。シャーロット様は素敵な人ですもの。でも、それでも私は……ハロルド様の事が」

「他の男ではダメなのか? 例えば、俺……とか」

「えっ?」


 彼女とのやり取りを、ハロルド殿下には隠れて聞いて貰っていた。

 『自分はマリーアに好意を抱いている』と告げた上で、だ。


 この事については他にも証人が居る場で冷静に告げ、話し合った。

 どうしても確認が必要だったからだ。


 マリーアの側が、どういうつもりでハロルド殿下に近付いているのか?

 それを確認する為に。


 俺は、王子付きの近衛騎士だし、次男とはいえ、侯爵家の息子だ。

 もしも簡単に俺になびくようであれば……そういう女だと見做せる。


 殿下に近付く女を試さないワケにはいかないから、という面と、俺の気持ちだけでも伝えたいから、という情で訴えた。


 そして、その光景と、答えの分かっているマリーアの姿をハロルド殿下に見せつける。



「ご、ごめんなさい! ゼンク様! わ、私は……」

「……フラれた、という事かな」


 元平民らしい。好きか、そうじゃないかの返答。

 やはりマリーアはそういう価値観で生きているんだろう。


 政略だとか家同士の繋がりだとか。

 婚約者の居る王子に侍るリスクを冒すよりも、侯爵家の息子と繋がり、縁を繋いだ方が分相応……いや、それでも破格だという打算はない。


 つまり、純粋に彼女は。



「そんなに、ハロルド殿下の事が好きなのかい、マリーアは」

「…………はい。私、ハロルド様の事を……お慕いしています」


 よし。言わせた。そして聞かせた。

 シャーロット様に向けられた事のない、純粋な好意。

 これを聞いたなら、殿下は。


「そうか。キミの気持は分かった。すまないな。俺の事は忘れてくれ」

「ゼンク様……、ごめんなさい」

「いいんだ」


 俺の思った通り、純粋なマリーアの気持ちに触れたハロルド殿下は、よりいっそう彼女に熱を上げていった。


 そして今度こそ、俺はシャーロット様の元へ向かい、彼女付きのグウィンズ家の侍女の居る場で、俺の告白とマリーアの返答について、その後のハロルド殿下について包み隠さず話した。



「シャーロット様。申し訳ありません。ハロルド殿下から彼女を引き離せば、目を覚まして下さるかと思ったのですが……」

「……ロセル様は、マリーアさんの事を好き、というワケではないと?」

「はい。……本音を言えば、自分が声を掛ければ、彼女はこちらに容易く靡き、殿下から離れるものと。自惚れでした。どころか、マリーアの愛の告白を聞いたハロルド殿下は、いっそう。……申し訳ありません」

「……いいえ。いいのよ。ロセル様は出来るだけの事をしてくださったのだから」


 そうだ。

 俺は、近衛として二人の婚約が上手くいくよう、表面上は立ち回った。

 マリーアの答えの予測は付いていて、それを聞いてハロルド殿下がどう感じるかも想定内だったが……。


 それでも行動の意図としては、ハロルド殿下からマリーアを遠ざけようと画策した、と。

 シャーロット様には伝わる。


 女心を弄ぶような行為が誠実か、不誠実かどう映るか分からない。

 だが、シャーロット様の為にした事だと、彼女の目に映ればそれでいい。



 ……消えていた筈の、彼女へ向けた情熱は俺の中で再び火が点いていた。

 『もしかしたら』という期待が、そうさせたんだ。



「殿下には困ったものね。それに他にも」

「他にも?」

「いえ。なんでもないのよ。それよりもロセル様は大丈夫?」

「はい? 何が」

「貴方の内心が、本当にどうかは分からないけれど。殿下にとっては意中の女性に恋慕していた騎士、という事になるでしょう? 立場が良くないのでは?」


「……それは仕方ありません。それに慣れっこですから」

「慣れっこ?」

「意中の女性の意識が、殿下に向いている。せめて騎士として『彼女』を守りたい。そういう感情を抱く事には慣れているのです」

「……! それは」


 決定的な台詞は言わない。

 だが、かつての時と違い、俺の想いは確かに彼女に意識された。

 マリーアには感謝したいぐらいだ。

 そのままハロルド殿下を射止めてくれればいいと思う。



 そんな事があって。事態は良くない方向へ転がり始めた。

 王族の婚約解消なんて話が簡単に通るワケがないとは分かっていた。


 だが、これはそういうのじゃない。



 ……シャーロット様の悪評が立ち始めたのだ。

 ハロルド殿下の寵愛が、たしかにマリーアにあると自他共に周知され始めた矢先。


 シャーロット様が嫉妬に狂い、マリーアを虐めているという噂が広まった。



「マリーア。キミは……何かされたのかい?」

「それは……、」


 マリーアに尋ねるが、彼女はこの件になるといつも無言を貫いた。

 それはつまり『噂の否定』を『しなかった』という事になる。


 俺だけでなくハロルド殿下に問い詰められた時も同じような態度で沈黙を貫いていた。


 マリーアに熱を上げ始めたハロルド殿下。

 マリーアを虐める噂が広まるシャーロット様。

 そして事件について沈黙を貫き、言外の肯定を示すマリーア。


 結果は──



「シャーロット・グウィンズ侯爵令嬢! 私は今日、お前との婚約を破棄する!!」


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